第四十四話 メリルージュとアーシェリヲン。

 メリルージュは精霊種を祖とするフォルレイドという国の王族に生まれた。だが、王位継承権は九位。上の姉や兄が八人死なない限り、王位は回ってこない。実に気楽なものだった。


 おまけにメリルージュは正室の子ではない。父は王であり風精霊が守護を持っていたが、側室で水精霊が守護する第二王妃との間に生まれた。そのため、風の加護を得られなかった。


 フォルレイドのエルフは長寿で、何年待っても王位は回ってくるわけでもない。おまけに成人してから何年も先、ただ王女であるという変化のない生活が待っていることもわかってしまっていた。


 成人して次の年、メリルージュは『旅に出ます。探さないでください』と書き残し、家出をしてしまったわけだ。


 成人といっても、外の世界と同じ十九歳。海を渡り、実に一月以上かけてたどり着いたヴェンダドール王国。


 母親からこっそりもらっていた小遣いもすぐに尽きることがわかっている。だから生きていくために選んだのは、探索者になることだった。


 最初はメリルージュも銅の序列から始まった。彼女にできたことは薬草の採取。幸い、彼女は草木に囲まれて育ったこともあり、知識は豊富だった。


 序列が上がるにつれて、依頼も難しい薬草になった。自生している場所もそれなりに危険である。だから身を守る術が必要になった。


 弓の扱いは基礎的なことなら取得していた。だがメリルージュは風の加護を得ていない。それ故に魔法で弓や矢への支援ができない。


 だから純粋に鍛錬により技術を上げるしかなかったわけだ。それはもう、ただひたすら根性で、積み重ねによって実用レベルにまで腕前を引き上げていったのであった。


 そうして採取できる薬草も増えていき、長い年月をかけて気がつけば、金の序列にまで到達していた。そのとおり、アーシェリヲンが知る『役僧の採取だけで金の序列へ上がった探索者』とは、メリルージュのことだったのである。


 彼女は長寿種族だったこともあり、変化に乏しい生活が嫌だった。そこで単調な生活に変化を求めるため、様々な種族の少年少女のうち、『面白そうな子』を選んで弟子にとったのである。ガルドランもそのうちの一人だった。


 → ↓ ↘


 アーシェリヲンは思ったよりも時間が空いてしまったから、外で色々試してみようと思っていた。ついでに、可能かどうかは置いておいて、羽耳兎を受けるだけ受けておく。


 この依頼は、『見つけることができたら』という条件付きで、期限が設けられていない。だからとりあえず、が、可能なのである。


 ドランダルクに見送られて外門を抜けて、左の林の奥へ歩いて行く。途中、山石榴やまざくろの木を見つける。


 アーシェリヲンは小さな石を拾うと、手の中に握り混む。『にゅるっと』魔力を流し、山石榴のなる茎にじっと狙いを定めた。そこに『置く』ようにイメージしたのである。


 アーシェリヲンの手から山石榴までおおよそ二メートル。何度も空間魔法を使ってきたからわかるこの魔法が発動した感覚。目の前にあるはずの山石榴が小さな石と一緒に落ちてきた。


 僅かな落下だったから、今度は『引き寄せる』ために魔法を発動。ちゃんと手に握られた山石榴を見ると、茎との切断面がいびつになっていた。おそらくは石を無理矢理ねじ込んで、切り離したようになったからだと思われる。


「『格納』。うん。できた」


 魔石を覗き込むと、そこにはカードと山石榴があった。


(なるほどね。生きてないから格納できたのかな?)


 アーシェリヲンは山石榴の木を触ってみた。


「『格納』。うん、無理だった。なるほどね」


 木を見上げるとまだ十個以上残っている。アーシェリヲンは五個ほど魔法で『引き寄せる』。一つ取っては格納していった。左腕にある『魔力ちぇっかー』の魔石に色の変化はない。この程度では減ったうちに入らなくなっているのかもしれない。


 あれこれ試しつつ、羽耳兎の姿を探していた。日が傾いても見当たらない。当てずっぽうで探そうとしても見つかるわけがない。あのときはおそらく偶然で、生息する場所を知らないと駄目なのだろう。


 暗くなる前に外門へ戻ってくる。ドランダルクには『羽耳兎は見つかりませんでした』と説明すると、頷いて『今度頑張りなさい』と言われる。


 そのまま探索者協会へ戻ってきた。マリナに『見つかりませんでした』と伝えて、神殿の自室へ戻っていった。


 ▼


 翌朝、探索者協会へ到着。そのまま地下へ行くと、メリルージュ、ガルドラン。なぜかマリナも見に来ていた。


「早いな、坊主」

「おはよう、アーシェ君」

「アーシェリヲン君。おはようございます」

「はい、皆さんおはようございます」


 いつものように、アーシェリヲンはぺこりと会釈。


「じゃ、アーシェ君。こっち来て」

「はいっ」

「ちょっといいかしらね?」

「はい?」


 そういうとメリルージュはしゃがみ込み、アーシェリヲンのお尻あたりをさわり始める。


「く、くすぐったいですよ」


 アーシェリヲンは言葉の通り、身体をもじもじさせる。


「あー、俺もやられたな。あれ」


 思い出すようにガルドランが言う。おそらく彼も少年のころあのような経験があったのだろう。


「う、羨ましい……」


 ぼそっとマリナが呟く。


「え?」

「え?」

「え?」


 アーシェリヲン、ガルドラン、メリルージュが振り向く。


「いえ、なんでもありません」


 マリナは、どうぞ続きを、という感じに手を差し出す。するとメリルージュは、アーシェリヲンの太もも、ふくらはぎと触って確かめていた。


「あの、くすぐったいんですけど」

「じっとしてるの」

「はいっ」


 その場でメリルージュは立ち上がる。腰あたりから肩甲骨、肩から二の腕あたりを触って感触を確かめていた。


「はい。アーシェ君、ありがとう。同じ世代の子より、身体は出来上がってるみたい。鍛えていたのは本当みたいね」

「はい」

「このまま弓を教えても大丈夫だと思うわ。アーシェ君」

「はい、メリルージュさん」

「それよそれ。あたしのことは『師匠』と呼びなさい。いいわね?」

「……はい、メリルージュ師匠」

「はい。よくできました」

「ガル」

「はい」

「あなたは兄弟子になったんだから、アーシェ君をしっかりと面倒みるのよ?」

「はい。師匠」


 こうしてアーシェリヲンは、ガルドランの弟弟子となったわけだ。


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