第四十三話 呪いの腕輪。
「でもこれ、どうやって使うんですか?」
『呪いの腕輪』こと、オリジナルの魔法袋を指さして、アーシェリヲンは尋ねる。
「そうそう。忘れてたわ。これね、指か手で触って『格納』って言えばいいみたい。慣れてくると頭の中でそうしようと思うだけでもできるようになるって話。あとね、生きている物は『格納』できないって、そんな話をお爺ちゃんがしてくれたわ」
そう、マリナは補足的な説明をしてくれた。
「なるほどです。えっと、カードを触って『格納』っと――すごっ。なくなってる」
「あと、出すときはね、入っているものを明確に思い浮かべて、出したいものを思い浮かべるの。最初は口に出すといいらしいわ」
「えっと『カード』、わっ。本当に出た」
「本当。確かにここまでは魔法袋ね」
「あ、でも。何が入ってるかどうやって確認するんですか?」
「それはこうするのよ」
メリルージュが自分の腰にあった魔法袋を手のひらに乗せる。側面にはアーシェリヲンの右腕にあるものと同じように、赤い魔石が見える。それを覗き込むようにしてみせてくれた。
「こうして中を覗くとね、入ってるものがわかるわけ」
メリルージュの真似をして、魔石を覗き込んだアーシェリヲン。
「そうな――あれ? これ、何の袋なのかな?」
「どうしたの?」
「これ、中身を全部出す場合、……あ」
アーシェリヲンの足下にどさっと積まれた袋。縛ってあるひとつの口元から、金貨がころりとこぼれ落ちた。
「なるほど。『全部』で出ちゃうわけなんですね」
「あらら。しーらないっと」
「……パパっ! ちょっと来て」
呼ばれたマリナの父ガーミンがゆっくりと出てくる。アーシェリヲンの顔を見ると笑顔になるが、メリルージュを確認したら苦虫をかみつぶしたような表情になってしまう。
「あらガーミン。いたの?」
「メリルージュ、さん。それはないんじゃないですか? アーシェリヲン君の前ですから」
「あらガーミン、ちゃん。あなたも、あたしから見たら、アーシェリヲン君と同列。子供よこ・ど・も」
「そんないいかたしなくても、……げっ、なっ」
アーシェリヲンの足下を見て絶句するガーミン。ざっとみたところ、金貨だけで千枚以上はありそうだ。中には見たことがない大きな金貨もある。
「あれ? メリルージュさん、あれって」
「あー、大金貨ね。金貨百枚分の」
「うわ、誰が入れたんでしょう?」
「それはもちろん、初代の王様だと思うわ」
「ですよねぇ……」
このちょっとした事件の後始末。あとで聞いた話。金貨をあの魔法袋に入れたという記録は王家にもなく、かといってネコババする度胸はガーミンにはなく、素直に全額王家へ戻したところ、一部を報償として協会が受け取ったとのこと。これでまた財政面で潤ってしまうのと同時に、アーシェリヲンがなぜか感謝されてしまった。
▼
「いいこと、ガル?」
「師匠、いいのはいいんですけど」
アーシェリヲンを前にして、何やら軽いお説教のような雰囲気を醸し出していた。
「アーシェリヲン君はね、薬草の葉脈の違いを見分けるために、あらかじめ予習する子なのよ。採ってきてから受付で呆れられることは、ないのよ?」
「いや、それは小さいころの俺であって、……は、はい」
アーシェリヲンは自分のことを言われているからか、少しくすぐったく感じていた。
「探索者はね、安全な職業じゃないの。中には命を落とす者もいるわ。もちろんガル、あなただって無敵じゃないの」
「そりゃわかってますって」
「あたしはね、弟子に死んで欲しくない。死んでいいのは寿命だけ」
「は、はいっ」
「アーシェリヲン君。ううん、アーシェ君もそう」
「はいっ」
いきなり自分に振られるとは思っていなかった。矛先が自分から移動したことに安堵するガルドラン。アーシェリヲンを見て口元を緩ませていたからか、少しメリルージュに睨まれた。
「鉄の序列になったらね、薬草の採取だとしても安全な近場というわけにはいかない。どうしても獣が出る場所へ行かなきゃならないの」
「はい」
「先日捕まえた羽耳兎が生息する場所はもちろん、危険な獣が出るわけ」
「あ、そうなんですね」
「そうよ。……ところでアーシェ君、武器を習ったことはあるのかしら?」
「えっと、僕は亡くなった父に教わったことはあります」
ガルドランの尻尾が動かなく、しまいには垂れてしまっていた。きっとアーシェリヲンの生い立ちを考えてしまったのだろう。
「……そうなのね」
「ですが僕には剣も槍も才能がありませんでした」
「あらまぁ」
「でもですね、避けるのはうまいと褒められたことがあります。なので、簡単な体術は教わりました」
ガルドランも不思議に思ったはずだ。十歳になったばかりのアーシェリヲンが、普通、武器や体術を習うだろうか? そう思い悩んでいると、メリルージュに背中を痛いほど叩かれる。
「ガルもそこまで気を回さないの。アーシェ君が気にしてないんだから」
「はい、師匠」
「アーシェ君。これ、試してみる?」
メリルージュは左手を前に出した。すると何も握っていなかったそこに、弓が現れた。メリルージュは魔法袋から出す際、弓と口にしなかった。おそらくアーシェリヲンがつけている魔法袋と同じ仕組みが使われているのだろう。
「あ、弓矢ですね」
「そう。これは試したことはあるかしら?」
「いいえ。うちにはなかったので、試したことはありません」
「それじゃ、ちょっと地下へ行きましょうか」
「地下、ですか?」
ガルドランはやや戸惑い気味なアーシェリヲンを肩に載せてしまう。先頭を歩くメリルージュは受付にいるマリナへ手を振り、ガルドランは後ろをついていく。
一階ホールの天井は高かった。同じようにアーシェリヲンを肩に載せたまま降りられるくらいに、階段の天井も高い。
「ここって?」
細かい土の踏み固められた場所と、細長い通路のような場所がある。メリルージュは後者のほうへ歩いて行く。
腰上くらいの低いカウンターがあって、この先へ行けないようになっていた。そこからおおよそ三十メートルくらいの場所に、円の重なった記号のようなものが書いてある板のようなものがある。
メリルージュは再び左手に弓を取り出し握る。右手には矢を取り出す。弓に矢をつがえ、軽く引いて放った。的の中央に矢は刺さる。実に見事な腕前に思えた。
「おー」
「素直な感想だな。坊主」
「うん。すっごいなーって」
「ありがとう、アーシェ君。でもこれは初心者の距離だから、あたしならあれくらい普通なのよ」
こう見えて、メリルージュは弓の名手である。彼女エルフでありながら、風の加護を持っていない。だから根性だけで弓の腕前を上げていったのだ。
「アーシェ君」
「はい」
「明日から朝食をとったらここへいらっしゃい。あたしが弓を教えてあげるから」
「は、はい。よろしくお願いしますっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます