第四十二話 出世したい。

 ガルドランの、目指す頂は高い。彼の師匠である、金の序列であるメリルージュと肩を並べる。それが必要な壁を突破しなければならないのだという。


「金の序列になれたら、騎士爵と釣り合いが取れるはずなんだ。あの人も、それまで待っていてくれるって言ってくれたんだ。だから俺は、これでも死ぬ気で頑張ってはいる。釣り合ったときにはな、俺は持参金として全財産をたたき付けてやるんだ」

「それは、凄いですね……」

「でもな、どうやっても金の序列になれやしない。難しいことだって知ってはいるんだ」

「はい」

「だからな、坊主に飯をおごるくらいは、俺にとっちゃ大したことじゃないんだよ」

「そうなんですね」

「でもな坊主。俺の序列点はもう届いてるはずなんだ。でもな、あのパパさんは。俺にはまだ無理だって言うんだよ……」


 ガルドランは、金の序列になれるほどの実績をあげている。それでも上がれない高い頂、それが金の序列なのだろう。


「師匠はな、坊主に学べっていうんだよ」

「はい?」

「坊主はまだまだ駆け出しの探索者だ。でもな、金の序列になれるだけの資質を持ってるっていうんだよ」

「え?」

「坊主がな、『魔石でんち』でどれだけ協会に貢献しているのか、それは理解はしてる。でもな、師匠は教えてはくれないんだ。俺に何が足りないかは、自分で理解しろ。坊主を見て学べって……。ほんと、わけわかんねぇよ」

「僕にもよくわかんないです」

「そりゃそうだよな。坊主が、十歳の子供以上に大人びてるのはわかるよ。俺なんかよりも物事を知ってるかもしれない。そういうことだってなんとなくわかる」

「……僕には話せないこともありますけど、ガルドランさんの思ってることはわかります。きっと、同じ思いを抱えてると思うんです。僕だって、一日も早く銀の序列になりたいんです」

「そうか。坊主にも抱えてるものがあるんだな……」


 ▼


 協会ホールにある食堂でお茶を飲んでいたメリルージュを見かけた。アーシェリヲンはちょこんと前に座って素直に尋ねた。


「メリルージュさん、こんにちは」

「あら? アーシェリヲン君じゃないの。こんにちは。いつも礼儀正しいわね。いい子だわ」

「あの、教えてほしいんです」

「何でも聞いてくれていいわよ。教えるかどうかは別だけどね」

「あははは。あのですね。金の序列になるには、何が必要なんですか?」

「あー、……ガルね?」

「あ、内緒ですよ?」

「いいのよ。んー、それはね、アーシェリヲン君にも教えてあげられないの」

「そうなんですか……」

「でもね、手がかりになることだけは教えてあげるわ」

「本当ですか?」

「嘘は言わないわ。あのね、ガルにはないけれど、アーシェリヲン君は持っているわ。その違いがわかったら、少しはあたしに近づけるかもしれないわね」


 優雅にお茶を楽しむメリルージュだった。


「何でしょうね。『馬鹿魔力』じゃないし。僕の加護は関係ないし」

「はいはい。答え合わせをしても無駄よ。教えないものは教えないの」


 そういって顔を手のひらで隠す。


「やっぱりわかってしまいますよね」

「そういうところは貪欲で狡猾こうかつなのよね。とても十歳とは思えないわ」

「ありがとうございます」

「もちろん、今のは不正解よ。でもそういうところが普通の子供とは違うのよね……」


 メリルージュは呆れつつも、逆にアーシェリヲンを覗き見ようとしている。


「あははは」


 隙を見て顔色で判断しようとしたアーシェリヲンだった。


「どうしたの? 質問は終わったんじゃないのかしら?」

「あのですね。魔法袋なんですが、僕にも買えるようにしてもらえますか?」

「ほんと、貪欲ね。……あ、そうだわ。マリナちゃんちょっといらっしゃい」


 受付にいたマリナを呼びつける。さすがは金の序列と、アーシェリヲンは思ったかもしれない。


「はい、何ですか? メリルージュさん」

「そのね、あたしに押しつけようとした『例のあれ』」

「あー、はい」

「アーシェリヲン君に託してみない?」

「え?」

「ちょっと持ってきてくれる?」

「はい、いいですけど」

「何の話ですか?」

「いいものよ、きっとね」


 一度受け付けカウンター裏に戻ったマリナは、ややあって戻ってくる。彼女が手に持ってきたのは、ある宝飾品だった。


「ねぇ、アーシェリヲン君」

「はい?」

「ちょっとこれ、右腕に填めてみてくれる?」


 アーシェリヲンが左腕につけている『魔力ちぇっかー』の腕輪にそっくり。ただ、魔石の色が違う。漆黒の魔石であった。


「これ、なんですか?」

「アーシェリヲン君。それもね、魔法袋なの」

「え?」

「聖女ユカリコ様がね、残した数少ない本物よ」


 マリナはアーシェリヲンの右腕にそっとはめてあげた。


「そこのね、黒い魔石に『にゅるっと』魔力を流してくれるかしら?」

「はい。『にゅるっと』」


 アーシェリヲンは言われたとおりに魔力を流した。その様子を心配そうに見ているマリナ。興味本位な表情で見ているメリルージュ。


 すると魔石の色が赤くなり、同時にツタのような細い革紐が伸びて更にアーシェリヲンの腕へ絡みついた。けれど別に痛くはない。見回したのだがこれといっておかしなところもない。


「これでアーシェリヲン君以外使えなくなりました。解除をするには、アーシェリヲン君よりも強い魔力を持つ人が上書きをしないかぎり外せないのよね……。話には聞いていたんですけど、まさかこれまでのものとは……」

「え?」


 マリナに言われたとおり、疑うことなく魔力を流してしまった。確かに外すための隙間がなくなっている。細いツタのような革紐が余計にそうさせているのもあるだろう。


「あーらら。マリナちゃんったら酷いんだ」

「え?」

「えーっ?」

「それ、『呪いの腕輪』みたいなものなのよ。あたしたちにとってはね」

「え?」

「あのね、アーシェリヲン君」

「はい……?」

「この国を興した最初の王様がね、探索者だったのは聞いているでしょう?」

「はい」

「聖女ユカリコ様がね、王様に委ねたらしいのね。『将来、白金の序列に至るだろう者に渡しなさい』って」

「え?」

「代々、協会本部の家に伝わってるのね。メリルージュさんに渡そうとしたらね、断られたってうちの曾お爺ちゃんが言ってたらしいのよ」

「え?」

「序列点だけなら、メリルージュさん。白金の序列になっていてもおかしくないのよ?」

「え?」

「嫌よそんな呪いの腕輪。気味悪いもの。ガルだって怖がっていて駄目だったものね」

「えー?」

「それね、つけているだけで常に魔力を消費するの。普通の人だと、多分倒れちゃうかもしれないのよね。つけてもらったことないんだけど」

「酷いですよ……」

「大丈夫でしょ? だってアーシェリヲン君は、あたしが知る限り限りなく『馬鹿魔力』に近いんだもの」


 こうして、聖女ユカリコから託された『呪いの腕輪』をアーシェリヲンが引き継ぐことになってしまったのだった。


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