第四十五話 アーシェリヲンの弟子入り。
晴れてメリルージュの弟子となったアーシェリヲン。ガルドランは何も言わずに彼を肩に抱える。
「さぁ、いくわよ。それじゃマリナちゃん。またね」
「……え? どこに行くんですか?」
「え?」
アーシェリヲンもマリナもきょとんとしている。こちらへ来たときと同じように、メリルージュが先頭に歩いている。一階に上がり、ホールを抜けて探索者協会の建物の外へ。
このヴェンダドールという国は、メリルージュが育った国でもある。だから色々と行きつけの店があるわけだ。到着したのは武具の店。そこでアーシェリヲンの身体に合った弓を
メリルージュの遊び心で引かせてみた大人用の弓。その弦をあっさりと引き絞ってしまったから驚いた。結果、子供用としては強度の高いものを選んだ。弓だけではなく矢も必要以上に購入。
アーシェリヲンは『
合わせて金貨一枚ほどになったが、それ以上に稼いでいることもメリルージュは知っていた。本来なら師匠である彼女が買い与えても良かったのだが、自分で買った武具のほうが大事にするだろうという親心でもあったわけだ。
武具店を出たあたりでお昼になる。三人はそのまま『れすとらん』で昼食。アーシェリヲンとガルドランは『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』。メリルージュは『ちーずそーすめん』。それは、湯がいた麦粉麺に『ちーずそーす』を絡めたもの。
メリルージュは肉を食べられなくはないのだが、あまり好きではない。だが、『ちーずそーす』の味は好きなので、これを注文したというわけだ。支払いはもちろんメリルージュだった。
「ごちそうさまでした、メリルージュ師匠」
「師匠。ごちそうさまです」
「どういたしまして」
お昼を終えてまた、探索者協会へ戻ってくる。そのまま地下へ行くかと思ったら、そうではなかった。
「ガル。少し休んだら地下へ。いいわね?」
「はい。師匠」
するとガルドランはメリルージュへアーシェリヲンを手渡す。彼女は軽々とアーシェリヲンを抱き上げたまま、階段を上っていった。
「どうぞ。師匠」
ある部屋のドアをガルドランが開ける。
「ありがとう」
メリルージュはアーシェリヲンを抱いたまま部屋へ入っていく。
「あとで迎えに来ます」
「ごくろうさん」
ベッドにアーシェリヲンを寝かせる。
「あの、ここって?」
「あたしの部屋よ。少し休みなさい。このあと鍛錬が待っているんだから、いいわね?」
「はい。ありがとうございます」
素直に従うアーシェリヲン。メリルージュはベッドに座ると、アーシェリヲンの頭を撫でる。気がつけばアーシェリヲンは眠っていた。
(この子がそうだったのね。すぐにわかったわ。あの子にそっくりだものね……)
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「……あれ?」
「坊主、起きたな?」
「眠れたかしら?」
「はい。目覚めすっきりです」
「それはよかったわ」
気がつけばもう地下にいた。アーシェリヲンを、ガルドランが肩で抱えていたようで、ゆっくりと足下に下ろしてくれる。
「さて、よく見てなさいね」
「はいっ」
普通、初心者に教える場合は、素引きといって弓を引くだけの、型だけの練習をする。だがアーシェリヲンの場合、他の子供よりも下地ができていると思ったからか、実射訓練から始めさせることになった。
まずは、師匠であるメリルージュが最初に見せたよりも、もっとゆっくりした動作で弓を射る。まるでそれは、いつ止まってもおかしくないほど、身体の動きを見せるために遅く遅く動かしてくれたようだ。
「こう構えて、そう。こう、矢をつがえて。そのまま我慢。……はい、右手を離す」
初射出は地面だった。それでも弓から矢への勢いはしっかり出ている。
「はい。取りに行って。矢は壊れない限り無駄にしちゃ駄目」
「はいっ、メリルージュ師匠」
「うんうん、懐かしい響きだわ」
「いや俺、師匠って呼んでるじゃないか……」
アーシェリヲンは、矢を取って戻ってくる。また、メリルージュ前で矢をつがえて、細かく教わっている。
「もう少し、そう、そんな感じ。距離によって角度が違うから、それをしっかり覚えるの。いいわね?」
「はいっ」
一度射らせて、回収させる。それをしばらく繰り返させていた。二十回ほど繰り返すと、希に的へ当たるようになってくる。
「あ、あたた」
「おめでとう、アーシェ君。今の感覚を忘れないように。いいわね?」
「はい、メリルージュ師匠」
ややあって、三回に一度は当たるようになっていた。
「それくらいにしましょうか。あとは明日。あたしがいなくてもここを使えるようにしてあるから。でも、ガルは見ていなさい。何かがないように、いいわね?」
「はい、メリルージュ師匠」
「お、おう」
メリルージュは先に帰った。一階に上がると、ガルドランと別れ、アーシェリヲンは日課をこなしにカウンター裏へ。
倉庫に入ると、壁際の机の隣り。そこには、アーシェリヲン用にと、別積みになっている『魔石でんち』の入った箱。一つ机の上に乗せては染め上げていく。
左腕の『魔力ちぇっかー』にある魔石が橙色になったら終了。今日は魔力をほぼ消費していないからか、十五箱を完了。カウンターにいるマリナへ告げて確認する。
「いつもありがとうございます。アーシェリヲン君」
「いえ、どういたしまして。では失礼致します」
ぺこりと会釈。マリナはアーシェリヲンの頭を撫でたくなるのを抑えて、笑顔で送り出す。
「お疲れ様でした。アーシェリヲン君」
「はい。また明日です」
振り向いて受付を後にしようとすると、アーシェリヲンは持ち上げられた。そのまま型に乗せたのは、兄弟子となったガルドランだった。
「よし、送っていくぞ、坊主」
「あ、ありがとうございます。ガルドラン、お兄さん」
「え? 何でそうなるんだ?」
「だって僕の兄弟子でしょう? 僕は弟弟子だからほら」
「あー、何ていうかその。やたらとくすぐったいな……」
アーシェリヲンはガルドランの背中から下を見ると、兄弟子の尻尾が忙しく揺れているのがわかった。
「……ずるいです」
「え?」
「え?」
「いえ、何でもありません。お疲れ様でした」
探索者協会からユカリコ教の神殿までは、それほど遠いわけではない。なぜガルドランがアーシェリヲンを肩に乗せて歩いているか。おそらくそれは、自分の関係者だと知らしめる意味合いもあったのだろう。
「坊主、寒くないか?」
「大丈夫です」
「そうか」
「あの、ガルドランお兄さん」
「うぁ、それ、慣れるまできっついな」
「あははは。あ、それでですね」
「おう」
「僕のこと、坊主、は」
「あぁそうだな。んー、アーシェの坊主。これでとりあえず勘弁してくれ」
「わかりました」
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