第四十六話 残念なことだけれど。
アーシェリヲンがメリルージュに弟子入りした翌日の朝。朝食をとりながらそのことをレイラリースにも告げた。すると彼女は驚いていた。
「え? 前に一緒に食べに来ていたあのエルフのお姉さん?」
「うん。昨日、弟子入りしたんだ」
「あの人確か、金の序列でしょ?」
「うん。弓を教わってるんだよね」
「金の序列なら筆頭探索者のはずなのよ」
「多分そうだと思う」
「それならね、しっかり教わるのよ? 滅多にないことでしょうからね」
「うん。それでね、これ」
「お手紙ね、ちゃんと届けてもらうようにお願いしておくわ」
「うん。ありがと」
一緒に食堂を出て、レイラリースは『れすとらん』のほうへ、アーシェリヲンは外へ。
「アーシェくん。いってらっしゃい」
「うん。レイラお姉ちゃんもお仕事がんばってね」
するとレイラリースはアーシェリヲンをぎゅっと抱きしめた。
「これだけで一日頑張れるわ。ありがとう、アーシェくん」
「うん。僕も頑張るね」
通路を抜けて、雑貨屋に出て、店番のふりをしているユカリコ教の職員さんにぺこりと会釈。さすがに『いってらっしゃい』は言えないだろうから、手を振って見送ってくれる。
探索者協会へ到着。ホールを抜けていくと、食堂にガルドランがいた。
「おはようございます。ガルドランお兄さん」
「お、おう。早いな。アーシェの坊主」
「あれ? メリルージュ師匠は?」
「なんでも用事があるとかでな、夕方に来るそうだ。ちゃんと練習を見ておくように言われてるよ」
「そうですか。じゃ、地下行ってますね」
「ちょっと待ってくれ。そんなに慌てなくてもいいだろう? お茶くらい付き合えって」
「わかりました。一杯だけですよ?」
「まるで酒に付き合うみたいだな」
「そうですか?」
「あぁ」
約束通りお茶を一杯だけ付き合ったアーシェリヲン。地下へ降りて行く際、マリナに挨拶。
「マリナさん、おはようございます。夕方『魔石でんち』しますんで、寄らせてもらいますね」
「ガルドランさんがお兄さんな――お、おはようございます。アーシェリヲン君。夕方待ってます。練習頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「マリナの嬢ちゃん、俺がどうしたって?」
「何でもありませんっ」
アーシェリヲンは、射っては回収をひたすら続けた。おかげでお昼前には的から外さなくなっていた。
ガルドランと一緒に食堂でお昼を食べて、しっかりと
「ガルドランお兄さん、ごちそうさまでした」
「お、おう」
言葉に詰まってはいるが、尻尾から嬉しさが伝わってくる。もちろんアーシェリヲンも、その変化には気づいていた。
「いいんですか?」
「あぁ、汚くてすまないな」
「いえ、僕の部屋と同じくらいですよ」
アーシェリヲンはガルドランの部屋のベッドを借りて昼寝をさせられた。集中して鍛錬にあたるだろうから、必ず昼寝をさせるように指示をされていた。
「アーシェの坊主、時間だ」
「……おはようございます」
きっちり一時間寝かされて、しっかり起こされる。二人はまた地下へ行き、ガルドランは椅子に座ってじっと見守る。アーシェリヲンはひたすら反復練習。
夕方近くなるとメリルージュが姿を見せる。
「ガル、ちゃんと見てたわね?」
「ちゃんとやってるって」
「ならいいけど。どう? アーシェ君」
「はい。なんとなくですが、わかってきました」
メリルージュの前で射ってみせる。的の大きさはアーシェリヲンの身体くらいの大きさがある。それでも三十メートル離れていると大きくはみえない。
「えいっ」
「そんなに力まなくても、……あら。ちゃんと当たるじゃないの?」
中央から外れてはいるが、良いところに当たっていた。
「取りに行かなくてもいいわ。もう一本いいかしら?」
「はいっ」
アーシェリヲンは右手に矢を取り出した。そのままつがえると、二本目を射る。今度は中央より少しだけ離れた場所に当たった。
「なるほどね。ガル」
「はい、師匠」
「朝からずっと?」
「昼ご飯と昼寝以外はですよ」
「なるほどね」
アーシェリヲンは、的から矢を回収して戻ってきた。
「アーシェ君」
「はい」
「明日はね、森へ行くわ」
「え?」
「これだけ出来たら、あとは実践でいいでしょ」
「本当ですか?」
「残念なことだけれど、基礎はもう、教えることがなくなったわ」
「そうなんですか?」
「えぇそうよ。それじゃ今日はここまでにしましょう」
「はいっ。お疲れ様でした。メリルージュ師匠」
アーシェリヲンは一階に行くと、手を振って二人を見送る。そのまま受付の裏へ入ると、倉庫へ向かう。腕の『魔力ちぇっかー』を確認しつつ、いつものように『魔石でんち』を染めていく。
十五箱染め上げたあたりで、昨日と同じように橙色になった。マリナの元へ行くと染め上げたことを告げる。
「マリナさん。終わりました。今日も十五箱ですね」
「アーシェリヲン君、無理してない?」
「大丈夫です。ほら、赤くなっていませんから」
「それ、赤くなったらまずいんじゃないの?」
「あ、そうでした」
神殿へ戻るため探索者協会を出ようとしたとき、ガルドランに捕まって肩に乗せられる。
「俺はな、子供が好きなんだけど、この顔だろう? 怖がられたり泣かれたりするんだよ」
獣人種は表情がわかりにくいから、子供が怖がることが多いと嘆いている。
「そんなことないですよ。僕、ガルドランお兄さんのことわかりますから」
「そうか? 師匠もわかりやすいっていうんだけどな」
おそらくアーシェリヲンとメリルージュは尻尾をみて判断しているのだろう。
そんな他愛ない会話していたら、あっという間に到着する。
「ここでいいのか?」
「はい。ありがとうございます、ガルドランお兄さん」
「あぁ、ゆっくり休めよ。アーシェの坊主」
レイラリースと一緒の夕食どき、あまりにも楽しみで興奮気味のアーシェリヲン。
「そう。明日は森に行くのね? それでもあのガルドランさんも一緒なら、心配しなくていいわぁ……」
「もしかして、ずっと心配してたの?」
「それはそうよ。わたしはお姉ちゃんなんだから」
隣に座っていたレイラリースは、アーシェリヲンをぎゅっと強めに抱きしめた。温かくて、柔らかくて、とてもいい匂いがする。部屋ではなく食堂だったから『あらあら』などと声が聞こえてきて、少しだけ恥ずかしくなってしまった。
「うん。ありがと……」
部屋に戻ったアーシェリヲン。明日の実戦訓練が楽しみのような、ちょっと不安な感じも。なかなか眠れなかった。
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