第六十話 とんでもないことになるぞ。
ビルフォードに
「兄さん、俺、ユカリコ教の船に便乗させてもらったんです。それでその」
「あぁ」
「ここに到着するまでの間、時折淡々と説教されてたんです」
「何だそれ?」
「同乗していた、いえ、俺を乗せる許可を出してくれた人が一緒に乗っていて」
「誰だその方は?」
「はい。総司祭長のヴェルミナ様なんです。アーシェの坊主のこと、どれだけ大切に思っているのかを力説するんです。何度『あなたがついていながら』と言われたことか。常時笑顔だったけど、目が笑ってなかった。凄くおっかなかったんです……」
「ななな、何だって? ヴェルミナ様がここに来てるのか?」
「はい。もう神殿に入っていると思いますが」
「これはまずいことになったぞ。お前知らないのか? いや、師匠から教わらなかったのか?」
「何をですか? 兄さん」
「ヴェルミナ様はな、グランダーグ先王の娘。現国王の妹だぞ?」
「へ?」
「よくよく考えて見ろよ? アーシェリヲン君のあの立ち振る舞い、言葉使い。どう考えても庶民の家に生まれた子供とは思えないだろう?」
「あ、確かに言われてみればそうかもしれません」
「間違いなくどこかの貴族家の子だろうな。もしかしたら、ヴェルミナ司祭長の血縁も考えられる。ということはあれだ」
「え? ま、まさか、王家の血を引いていると?」
「あくまでも可能性だ。お前なぁ。少しはこの世界のことを勉強しろよ。だから金に上がれないんだよ」
「え?」
「ともかく、アーシェリヲンはそんなお人が可愛がっているんだ。下手なことをすれば、ユカリコ教は今すぐこの国に宣戦布告まであるぞ?」
「うわ、それはちょっと」
「そういや姉さんはどこいった? こんなことが起きてあの人が大人しくしてるわけないよな?」
「師匠は、アーシェの坊主が行方不明になってからすぐ、『旅に出るから』って……」
「やっぱりな、姉さんのことだからこっちにむ――」
「やっとついたわーっ。ビル、いる? あらら? ガルもいるじゃないの。何してるのここで?」
「「師匠(姉さん)」」
ビルフォードとガルドラン、アーシェリヲンの師匠で金の序列の最上位。ビルフォードの四倍ほど生きているとは思えない、美しいエルフの女性メリルージュ。
「アーシェ君は? あんたたちじゃなく彼に会いにきたのよ? あたし」
「いや、そんなこと言われてもな、姉さん」
「師匠、アーシェの坊主はほら、あっちと同じで神殿の宿舎にいるんだってば」
「あらそうなのね? なら仕方ないわ」
何やらドヤ顔をしながら、一番低い身長なのに上から見下ろす目をしている。何気に楽しそうでもあった。弟弟子が揃っていたからだろう。
「そういや姉さんはどうやってここに?」
ビルフォードはメリルージュにそう、問うが。
「これでも長い間探索者してるのよ? あちこち伝手があるから聞いてまわってそうね、あっちの大陸、こっちの大陸、調べて回ったわねー」
彼女がいうには、アーシェリヲンが死亡、または失踪したことはないと踏んでいた。慎重な性格のアーシェリヲンは自分が教えた以上、普通であれば獣に襲われる心配もないはず。そこで誘拐されたことを前提に調べようと思ったらしい。
彼女くらい長い間探索者を続けていると、各所に自然と恩義を借りを感じている者が沢山いる。
ある暗部に
数日張り付いてしっかりと調べたところ、その行き先の一つがこの大陸だという情報を掴む。大金を積んで、一番早い足の船でこの大陸にたどり着いたのが十と数日前。
あちこち
「あてはずれでもなかったんだけど、あたしが助けられなかったのは少しだけ悔しいわ」
「嘘だろう? 姉さんが自力でたどり着いたって……」
「師匠なら普通だろう? 俺だってあちこち調べたんだよ。匂いだって追ったんだ。でもあの街道で、追えなくなったんだよな……」
落ち込むガルドランの頭を撫でるメリルージュ。
「ガル。あなたとはね、人脈もなにも違うの。前に何度か話したと思うけど、あたしは本当にね、白金の序列を断ってるわ。もう六十年になるかしらね」
「姉さんそれ本当だったのか?」
撫でられながらガルドランはメリルージュを見、ビルフォードはまるで少年のように詰め寄った。
「金の序列になっても、それなりの仕事をしていたなら序列点は積まれていくわ。あたしみたいに長生きしていたなら、いずれそうなるわよ。でもね、他の人が納得しないことだってあるわ。だから面倒だから断ったのよ。あたしが
「姉さんすげぇ……。ガルドラン、これが俺たちの師匠だ」
「うん……」
「これ、って言わない」
「ごめんなさい」
そのあと、ビルフォードはメリルージュに、アーシェリヲンから聞いた経緯。これから乗り込むであろう宿場町の情報。この国の騎士団との打ち合わせなどを説明した。
ガルドランは幾度も頷き、ビルフォードの説明を頭に叩き込んでいった。ある程度説明を終えたあたりで、ビルフォードは壁にある時計を見る。そろそろ準備を始めないと駄目だろうと思った。
「そろそろ時間だ。ガル、アーシェリヲン君を迎えに行け」
「あぁ、行ってくるよ。兄さん、師匠」
「行ってらっしゃい」
ガルドランの背中を見送るビルフォードとメリルージュ。
「ところでビル」
「なんです? 姉さん」
「ガルは、足りないところわかっていた感じ?」
「あぁ、駄目ですね。それこそ、アーシェリヲン君を見習えばいいんですが」
「そうなのよ。いちばんいい子がいるのだから、しっかり学んでくれたらいいんだけどね」
そんな話をしていると、ドアがノックされる。
「入ってこい」
ドアが開いて、入ってきたのはアーシェリヲンだった。
「ビルフォードのおじ、いえ『お兄さん』、……あれ?」
「あら嫌だ。ビル、あなたアーシェ君に『お兄さん』って呼ばせてるの? 子供と親以上の年の差なのに?」
「ちょ、姉さん、別に俺は」
「あれれ? なんで師匠がここにいるんですか?」
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