第六十一話 夜を越えて。

 メリルージュはアーシェリヲンが入ってくるなり、ぎゅっと強く抱きしめる。そのまま横抱きにし、ベッドの上に座った。


「生きててよかったわ、……アーシェ君」

「ごめんなさい、……メリルージュ師匠」

「とにかくね、ビル、ガル」

「は、はいっ」

「はいっ、師匠」

「あたしの可愛い弟子をこんな目に遭わせたんだ。裏で糸引いてるのが誰だか、わかってるんだろうね?」

「はいっ、ある程度ですが」


 ビルフォードのいう、ある程度は、ほぼ特定が終わっている。そういうことだ。


「わざわざヴェンダドールまでこの子を攫いにきたんだから、欲しがってた阿呆がいるってこと。そいつをとっ捕まえなきゃ、終わらないからね?」

「「はいっ」」


 ▼


 現在の時間は夜の九時前。腹ごしらえを終えて茶を飲み、馬車へ乗り込む準備までは終えている。


 探索者協会エリクアラード支部の建物前に並んだ馬車の数は十台。馬車に乗り込もうとしている全身鎧を着込んだ、この国の騎士たちが三十名。建物内のホールに集まる、この支部に所属している銀の序列以上の探索者、筆頭のビルフォード、合わせて二十名。


 アーシェリヲン、ガルドランは数に含まれていないが同行が許されている。そこに探索者協会筆頭ともいえるメリルージュが調査という名の戦列に参加すると知り、皆は大いに湧いた。


 食堂のテーブルについていたアーシェリヲン、ガルドラン、メリルージュ、ビルフォード。そこでこの支部の筆頭であるビルフォードが立ち上がる。


「いいか? この少年、アーシェリヲンの右手にある『呪いの腕輪』の噂はお前たちもその意味を知っているだろう?」


 皆、無言で頷く。


「俺たち探索者の希望、アーシェリヲンにあいつらは手をヤツらがいる。俺たちの家族に手を出したヤツらがいる」


 しんと静まりかえるホールの中。狩りを覚えたアーシェリヲンには、辺りに集まる殺気が肌でわかるだろう。


 「ヤツらの調査は終わっている。もし逃げようっていうならな、生かしてこの国からださん。そうだよな?」

『おうっ!』


 探索者協会支部長のヘイルウッドも厳しい表情でげきを飛ばす。


「我々は、この国の騎士と協力関係にあります。今回はあくまでも調査なのですが、あちらの騎士たちがどのような行動に出るかわかりません」

『…………』


 皆静かにヘイルウッドの話を聞いている。


「皆さんは、敵の裏側で手引きする者に繋がる情報および、その証拠となるものを手に入れることに尽力してください。皆さんの武運を祈ります」

『おうっ!』


 皆が別れて馬車に乗り込む。筆頭のビルフォードは先導する馬車に乗り込んだが、アーシェリヲンとメリルージュ、ガルドランは同行を許された立場。だから最後から二番目の馬車に乗り込んだ。もちろん、探索者たちが気を遣ってくれたのだろう。三人だけだった。


 揺れる馬車の中、ガルドランが口をゆっくりと開いた。


「……師匠」

「どうしたの? ガル」

「坊主も聞いたよな? ここの支部長が言ったこと」

「はい。確か、『あちらの騎士たちがどのような行動に出ようとも』と言ってましたね」

「あぁ。あれはもしかしたら、『調査という建前で証拠隠滅に動く可能性』を示唆していたんじゃないか? って思うんだよ」


 ガルドランの表情は少し重たい。なにせ、この国の誰かが、誘拐犯の支援をしている疑いがあるからだ。本来であるなら、これから向かう宿場町が廃村のような状態であるわけがない。どこかの貴族の持ち物だとしたら、既に更地になっているか、再建されていてもおかしくないからだ。


 宿場町というのは本来であれば、商人や旅人が宿泊することで、利益が上がる場所にあったからやっていけたはず。収益のあがる地を、放っておくのはおかしいからだ。


「ガル、いいところに気づいたわ。確かにそうかもしれない。注意してみていないと、いけないでしょうね……」


 ガルドランはメリルージュに褒められた。だが、素直に喜べないのも事実だっただろう。


 アーシェリヲンたちが逃げ出して、徒歩で三日かかった宿場町。馬車での移動であれば、その三割程度でたどり着いてしまう。途中休憩を入れても、夜明け前には到着するだろうと予測していた。


 馬車で七時間はかかるという距離だから、距離的に中間地点と思われる場所で、休憩することになった。エリクアラードを出たのが九時を過ぎたあたり。


 現在は零時を越えたところ。そう、メリルージュたちが持つ、携帯用の時計が示していた。アーシェリヲンも持つといいからと、彼女に言われる。


 三人の元にビルフォードがやってきた。


「あらビル。あっちはいいの?」

「大丈夫です、姉さん。ところでアーシェリヲン君。ガルもだな」

「はい」

「なんですか? 兄さん」

「姉さんは知ってると思うけど、これから向かう宿場町は、国境の外にあるんだ」

「え? そうなんですか?」

「どういうこと? 兄さん」

「アーシェリヲン君はなんとなく察したと思う。ガルドラン、お前はまだまだだな……」

「はいっ」

「いや、その」


 メリルージュは二人の反応に苦笑していた。


「この大陸だけではないがな。国に属さないが、人が住む土地があちこちにあるんだ。一番多いのは宿場町だな。国と国を渡る交易を行う商人は、国同士が安全を保証しているわけではない。知っているかな?」

「はいっ」

「いや、その……。あははは」


 ビルフォードをまっすぐに見て頷くアーシェリヲンと、後ろ頭を掻いて愛想笑いをするガルドラン。実に対照的な反応だった。


「国同士で決められた距離だけ、街道を整備する。国がするのはそこまでなんだ。あの宿場町はエリクアラードから遠いわけではない。だから国としても、なんとかしかったはずなんだがな」

「…………」


 ガルドランは黙ってしまった。下手に何かを言うと、兄弟子としてのの立場が悪くなるとでも思ったのだろう。


「……そうなるとですね、商人が野営の拠点としていた場所が発展したのが宿場町で、国境の外にあるからといって、隣国との兼ね合いもあって飛び地扱いにならずに独立した町になった。だから今の状態になっても国がどうにかするための関与できなかった。そういうわけなんですね?」

「あぁ、よく勉強しているな。ガルドラン、わかったか?」

「……すみません。さっぱりです」

「そういうところもあるから、お前はまだ、金の序列に上がれないんだ」

「あ、もしかして」


 アーシェリヲンはメリルージュを見る。すると彼女は一つ頷いた。


「そうよ。それも『手がかり』の一つね」

「ガルドランお兄さん」

「駄目だ、さっぱりわかんないわ」

「僕が今度、わかりやすく教えますから」

「あぁ、すまないな」

「なんだかねぇ……」

「まったくです」


 十歳の弟弟子に心配される兄弟子。これから大変な任務があるのだが、ちょっとだけ気が紛れる。そんなやりとりだっただろう。


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