第六十二話 そりゃないよ。
アーシェリヲンは、金の序列に上がるための要因として、それ相応の知識が必要であることを教えてもらったと思っただろう。だが、ガルドランは理解するためのとっかかりがつかめないでいる。
そんなガルドランに師匠であるメリルージュは助け船を出そうと思った。
「あのね、ガル」
「はい、……師匠」
尻尾は揺れておらず、声にはいつもの元気が感じられない。
「まだ二十四なんだから仕方ないわ。アーシェ君を守っていたならね、そのうちわかる日がくるわ。それに誰だったかしらね? 金に上がれなくてあたしに泣きついて――」
「ちょ、姉さん、勘弁してくださいよ」
突然自分への風当たりが強くなって焦るビルフォード。
「あ、あれ? 兄さんにもそんなことがあったんだ? あれだけ俺には偉そうにしてたのに」
「うるさいっ!」
身体の大きな、遙か年上の兄弟子たち。そんな二人を、アーシェリヲンは目を細めながら楽しそうに見ていた。
「可愛いでしょう? あれだけ身体が大きくてもね、あたしにとってアーシェ君と同じ子供なのよ」
「子供かどうかは置いておいて、仲がすっごくいいですよね」
「そうね。あ、……アーシェ君」
「はい?」
「心配してくれた人に会ったらね、ごめんなさいしなきゃいけないわ」
「はい。心配かけてしまったのは事実です。僕にできることならなんでもしたいと思います」
「いい子ね。ほら、ビルもガルも、アーシェ君を見習いなさい。この謙虚な姿勢。この丁寧な言葉使い。これだけでも十分、金の序列の価値はあるわ」
「え? もしかしてそれって」
「あらいけない、言っちゃったわ。……そうね、あながち間違いではないわ」
「ちょっと待って師匠。俺、知識が足りなくてあと、言葉使いがなってなくて、金に上がれなかったとかそんなこと……」
「あー、うん。そうとも言えるわね。だから言ったでしょう? アーシェ君から学びなさいって。教えるのは簡単なのよ。でも教えたからと言って、ガルはアーシェ君のような言葉使いで、お貴族様を相手にできる?」
「……できないです」
「ガル」
「兄さん」
ビルフォードはガルドランの肩を叩く。目一杯の笑顔で慰めようとする。
「気にすんな。俺だって姉さんに教えてもらって、五年かかったんだ。まぁ、がさつなお前だと、いつまでかかるかわからないけどな」
「そりゃないよ、兄さん……」
こんなにも優しさに溢れた師弟関係に加えてもらったアーシェリヲンは嬉しく思った。種族も年も、生まれも違う。それなのに支え合って成長し、その成長を見守ってくれる。
探索者にならなかったら、彼女らに出会うこともなかった。自分が進んだ道は間違ってはいなかったと、アーシェリヲンは思っただろう。
休憩が終わり、馬車列は
馬車は街道から少しだけ外れたところに入ると停まった。ここから宿場町は見えないが、それほど遠くはないのだろう。
冬場だから日の出も遅い時間になる。おそらくは六時近いのだろう。現在は四時になろうとしている。
「日の出まで二時間足らず、という感じかしら?」
メリルージュは携帯用の時計を見て言う。予定では日の出とともに行動開始になっている。ここで野営をしつつ体制を整える。いつでも行動できるように準備をするわけだ。
明かりは最小限。待機している間に獣が出ても、この面子なら難なく処理できるはずだ。後退で仮眠をとりつつ、待機することになった。
「アーシェの坊主」
「はい。ガル兄さん」
「それ、いいなぁ……」
ビルフォードとメリルージュは、ニヤニヤと生暖かい目で二人を見ていた。
「ガル兄さん、どうしたんです?」
目がとても優しい。尻尾が揺れていない。アーシェリヲンはなんとなく察しただろう。
「今回の依頼は調査という名目だがな、夜が明けると同時に、戦闘が始まるだろう」
「はい」
「
「ガル兄さん、僕があの日対峙した賊は、もしかしたら生きていないかもしれません。僕はあのとき『そう』なってもいいと覚悟していました。だから大丈夫です」
アーシェリヲンはあの日どのようなことがあったか、ガルドランに話す。方法はぼかすが、結果はこと細かに。その話を知っていたのはビルフォードだけ。それでも息を飲んだだろう。
十歳の子供が生き残るためとはいえ、人を殺めたかもしれない。探索者は序列が上がると、盗賊などの討伐も依頼としてこなすことがある。だからといって、このような目に、こんなに早く遭う必要もなかったはずだ。
メリルージュは、もっと傍にいるべきだったと後悔する。ガルドランは、匂いだけ追っていたら大丈夫と自分の甘さを呪う。ビルフォードは、主犯格の予想ができているから、その相手を生かしておいてはいけないと思ったはずだ。
「大丈夫です。それらは、人ではない理性を失った獣だったんです。亡くなった僕の父も、生前言ってくれました。自分の大切な領域を侵す輩は、ただの飢えた獣でしかない。駆除されても仕方のないこと、だと。だから僕、なんとも思っていませんよ」
十歳の弟子の、弟弟子の言葉はとても重かった。アーシェリヲンは何か大変なものを抱えている。ガルドランもそう思えただろう。
力説を終えたアーシェリヲンは、メリルージュの膝を枕にして仮眠をとっている。ガルドランがビルフォードに呟くように漏らす。
「俺の生い立ちなんて、大したことなかったんだ。自分のことしか考えてなかったから、金に上がれなかったんだね」
「そうかもしれないし、それだけじゃないかもしれない。どちらにしても、お前はまだ未熟だ。ただな、少なくとも金の序列になれば、俺のように筆頭として派遣されることになる。そうすると、王家や貴族と付き合いをしなければならない。依頼を受けるだけでなくな、調整役にもならなきゃいけないんだ。今のお前にそれはできないだろう」
「うん。無理だと思う。でもいずれ、金の序列にならなきゃいけない。アーシェの坊主みたいな子を作っちゃいけないから」
「そうだな。俺もこの国に長く居すぎた。ここにも金に上がるやつがいる。だからあっちに戻るかなと思うよ。それに俺はまだ、師匠に教えてもらわなければならないこともあるからな」
「あたしは嫌よ。暑苦しい。この可愛らしい愛弟子だけで手一杯だからね?」
「……そんなこと言わなくても、なぁ?」
「そうですよ師匠」
「あたしはアーシェ君を見守ることにしたの。あなたたちはこの子の兄弟子なんだから、笑われないようにしっかりしなさいね?」
見放すわけではないが、教えられることは教えたのだから、少しは自分で考えなさい。そう言っているメリルージュだった。そうして突入に備え、順番に仮眠をとることにするのだった。
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