第六十三話 突撃開始。
エリクアラード王国騎士団の精鋭と、探索者協会の猛者は、陽が昇る前に宿場町近くへ移動した。辺りはまだ暗いが、遠くの空が薄明るくなってきていた。
アーシェリヲンには見覚えのある場所。間違いなくここから逃げ出したはずだからだ。薄暗ければ薄暗いなりに、彼の記憶にしっかりと残っている。
見た目は確かに、廃墟ばかりの荒廃した街跡に見える。だが、狩りの基本をメリルージュに教えられ、短いながらも研鑽を積んできたアーシェリヲンにも何かの気配を感じる。
「いるな。それもかなりの数だ」
獣人種であるガルドランには、匂いでわかってしまっていたのだろう。その確実性はかなり高いものなのだ。
「どこにいるかしら?」
「はい。屋根の上に、あそこと、あそこ。あの地下にも。それと――」
それはかなりの数だと思える。アーシェリヲンは運が良かっただけなのだろう。たまたまあの二人しかいなかったらしいからだ。
騎士たちは隊列を組み、探索者たちも準備を始めた。誰もが棒立ちになってはいない。どこから何が襲ってくるかわからない場所だから、討伐や狩りのとき以上に身構えている。それでも、誰一人気負ってはいない。もちろん油断もしてはいないだろう。
騎士たちの視線の先を見るアーシェリヲン。彼の背中を軽く叩くガルドラン。兄弟子の目を見るとそれは優しく、だが口元は獰猛な笑みを浮かべている。
きっと、緊張するな、という気遣いなのだろう。調査という建前ではあるが、アーシェリヲンにとって、これは初めての討伐でもあるのだから。兄弟子の気遣いに対して、アーシェリヲンは一つ頷いた。
全身鎧で固め、大きな盾と剣、槍を持つ騎士たちが隊列をなして進んでいく。町の開けた場所で隊列は止まった。そこから一人、騎士が前に一歩進む。一拍おいて声を発した。
「私はエリクアラード王国騎士団副団長、シェイル・マグダウェイ。この宿場町に巣くう者どもに告げる。直ちに武装を解除し、大人しく投降せよ。さすれば多少は配慮すると約束しよう」
これから行うのは、調査という名目だが討伐でもある。だが、騎士という立場上、大人しく投降するなら確かに、多少の配慮はあるのだろう。
「これから二十数える。その間に出てくる者のみ、受け入れよう。二十、十九――」
そのとき、マグダウェイ副団長の頭部あたりから、何かを弾いたような音が聞こえた。なぜなら彼がカウントする声以外はしんとしている状況だったから。
おそらくはマグダウェイ副団長を狙って射られた矢なのだろう。ただ、全身金属の鎧で包まれた彼の身体に、普通の矢など通るわけがない。続けざまに射られてきた複数の矢が着弾する、が、すべて弾かれ、また彼も手に持つ盾で避ける素振りすら見せない。
「
『了解っ』
騎士団が突撃していく背中を見守りながら、探索者たちも各々の仕事をし始める。
アーシェリヲンとメリルージュは魔法袋から弓と矢筒を取り出すと、気配のある同じ方向に矢を射った。すると、小さくうめき声が聞こえ、建物の屋上から何者かが落ちてくる。どさりと地面に落ちた男の両腕には、矢が一本ずつ刺さっていた。
「うわ、この師弟、えげつねぇ……」
ぼそっとガルドランが呟いた。
「あらぁ、まだ生きてるだけ優しいじゃないの。ね? アーシェ君」
「そうですね。せっかくの情報源ですから、勿体ないですし」
ビルフォードの指示で動いている探索者たちは、落ちてきた男を引きずって外へ連れてくる。手足を縛り、猿ぐつわを噛ませ、馬車へ連れて行かれる。おそらくこれから、情報を得るための尋問が行われるのだろう。
火災に遭って捨て置かれたこの宿場町。よく見ると、大きな建物一つだけは焼け落ちていたが、他はそうでもない。人が住む建物という状態ではないが、焼けてはいないように見えるのだ。
騎士たちはしらみつぶしに建物を捜索しているようだ。あちこちから叫び声が聞こえることから、おそらく討伐が行われているものと考えられえる。
ビルフォードたち探索者側が考えるに、騎士たちは盗賊を見つけ次第斬り捨てているのだろう。ユカリコ教と探索者協会に責任を追及され、崖っぷちに立たされた王国の立場と誘拐犯の命を
宿場町の中央を走る道の両側に建物が並んでいる。街道寄り側を探索者が、その奥を騎士団が受け持つことになっていた。なぜなら、アーシェリヲンたちが囚われていた建物が、街道側にあったからである。
探索者たちは騎士のように、全身鎧で包まれているわけではないから、先に屋根の上にいるであろう者たちを片付けなければならない。幸い、メリルージュもアーシェリヲンも、弓の腕前は予想以上だったこともあり、時間はかかるがそこまで難しくはないだろう。
探索者たちが潜入する建物の上で矢を射るものを、アーシェリヲンたちが片付けていく。二人の盾になるのはガルドランが受け持つ。彼の身体よりも大きな盾を持っており、それを強引に振り回し、動く巨大な盾になっている。
ガルドランが盾役を引き受けたのはもう一つ理由がある。それはこうだ。
「師匠、あの屋根の上に二人います」
狙撃手がアーシェリヲンたちであるなら、
「いい子ねガル。アーシェ君、いい?」
「はいっ」
矢を射るのに何も見ないでただばら撒くことはない。少なくとも、こちらを確認しないと無駄になってしまうからだ。
「あれだ」
「はいっ」
「それと、あれです」
「わかったわ」
アーシェリヲンとメリルージュが同時に矢を射る。ヘッドショットできるところをあえて肩口を狙っている。何も仕留める必要はない、肩にでも当たれば、矢を射ることができなくなるからだ。
「いいぞ。片付いた」
ガルドランの声で探索者たちが動く。
「なんつおっかない師弟だよ。まったく」
ビルフォードも呆れるくらいに、手際よく屋根の上にいる者を撃ち落としていくのだった。
「あら? これでも遠慮してるのよ? 無益な殺生は、可愛いアーシェ君に見せたくないんだもの」
「そうですね。僕もちゃんと狙っていますから」
末恐ろしい師弟の弓だと、ビルフォードは思っただろう。
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