第七十一話 初めて見る魔法。

 ユカリコ教の神殿を出て探索者協会へ向かう。これからは、調査の結果を待ち、首謀者をあぶり出す。最終的に責任を取らせることが必要だ。


 そうしないと、アーシェリヲンの祖母やヴェルミナが、とんでもないことをしでかす可能性まで出てきてしまう。


「それじゃ、先に戻ってるわ」

「はい、師匠」

「はい、メリルージュ師匠」

「あ、ガル」

「はい」

「これ、なくしたら駄目よ?」


 ガルドランに手渡されたのは、アーシェリヲンも持っているユカリコ教のカードだった。


「これ、……俺のですか?」

「そうよ。じゃ、後でね」


 メリルージュの背中を見送ったあと、神殿の出口でもある雑貨屋を出ると、ガルドランはアーシェリヲンを肩に乗せた。


「そうやな、アーシェの坊主」

「あ、いつもみたいに呼んでくれるんですね」

「こっち側にいるときはな。俺だって金を目指してる。でもな、役目は役目、アーシェの坊主がどう呼ばれたいかくらいは、察することくらいはできるんだ」


 おそらくヴェルミナからの話で頭が一杯一杯な状態を、ガルドランはリラックスさせようとしているのだろう。アーシェリヲンにとってこの気遣いは嬉しかったはずだ。


「でもまぁ、俺たちの兄弟子、姉弟子さんたちは、とんでもない人がいるもんだな」


 言葉を濁してガルドランは言う。


「そうですね。僕も色々と驚きましたから」


 ガルドラン、ビルフォードだけにとどまらず。ヴェルミナが姉弟子で、アーシェリヲンの父も祖父も兄弟子。それどころか、祖父レイデットはグランダーグの現国王だったり、母エリシアが第六王女だったり。


 ヴェンダドールにいるウェルミナがエリシアの姉だったり。正直、優秀なアーシェリヲンでも頭が追いつかないだろう。


 探索者協会のあるブロック手前で足を止めて、ガルドランは肩に乗るアーシェリヲンを見る。


「俺も正直わけわかんないわ。でもな、今度は失敗しない。じゃないと師匠から破門されちまうからな」

「そうなんですか?」

「あぁ。失敗する度に何度破門されそうになったことか……」

「結構厳しいんですね」

「そうだな。厳しいな」


 今回乗り切れたのは、マリナに貸してもらった『呪いの腕輪』と空間魔法だ。


「この魔法袋を貸してくれた、マリナさんにもありがとを言わなきゃいけませんね」

「そうだな。マリナの嬢ちゃんも心配してるだろうな」


 おそらくアーシェリヲンが無事だという話は探索者協会の間で届いているはず。それでも心配をかけてしまったのだから、謝らなければならないだろう。


「運が良かったんです。もし、眠らされたまま、どこか別の場所に売られてしまった後だったらと思うと……」

「そうだな。俺も今度はないと思ってる。次に何か起きたら、俺の首だけでは済まないだろうからなぁ……」

「そうですね」

「あぁ」


 それでも、アーシェリヲンがいなくなったことにより、沢山の人が心配してくれた。沢山の人が動いてくれた。それだけでも孤独ではないという証拠になる。


「優しくするだけじゃ駄目なんだって、初めて思いました」

「そうだな。正直アーシェの坊主は甘い。優しすぎる。そこを突かれたな」

「はい。もっと警戒するべきでした。もっと疑ってかかるべきでした。なんでも自分一人で解決しようと思うのも危険だったんですね」

「そうだな。だから俺たちがいるんだ。もっと頼ってくれていいんだからな」

「はい。そうさせていただきます」

「なんていうかさ、俺がこうで、アーシェの坊主がもの凄く丁寧な言葉使いだから、調子狂っちまうよな。本当に」

「そうですか?」

「そうだな」


 探索者協会エリクアラード支部の入り口は、ヴェンダドールのものと同じように、ガルドランやビルフォードでも余裕で入ることができるほどに高さがある。


「おや? アーシェリヲン君が戻ったようですね」


 ヴェンダドール本部のガーミンと違って、表に出ている支部長のヘイルウッド。最初はアーシェリヲンも、ここの職員かと勘違いしたくらいに受付で見かけていた。


 ヴェンダドール本部のように、ここのホールに併設された食堂にいるメリルージュが優雅にお茶を飲んでいた。


「あ、メリルージュ師匠」

「さきにくつろがせてもらってるわ」

「どもいってもこうなんだよな。師匠は」

「あら? それが金の序列の余裕ってものなのよ」

「はい。勉強になります」

「べ、勉強になります」

「ガルドラン、無理に真似する必要はないのよ?」


 そう言いながらも、笑顔のメリルージュ。


「楽しそうですね」


 気がつけば、ヘイルウッドもこちらへやってきていた。


 アーシェリヲンは食堂の注文受付で、人数分のお茶を買ってくる。


「ガル、これはあなたの仕事じゃないのかしら?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいんですよ。僕はほら、弟弟子なんですから」


 アーシェリヲンはお茶を配りながら、謙遜しまくっている。


 ヘイルウッドがテーブル前に腰掛ける。彼は腰にある手のひらより少し大きめの鞄から、何やら巻物に似た布状のものを取り出した。それはとても鞄に入るサイズではない。おそらく彼の鞄もまた、魔法袋なのだろう。


 テーブルに広げると、三十センチ四方の厚手の薄茶色に染めてある布地。そこに何やら魔法陣のような文様が刻まれている。


 更に鞄から白い巾着袋のような、手のひらに乗りそうな大きさの袋を取り出す。魔法陣の中央付近に置くと、メリルージュを見る。すると彼女は頷いた。


「師匠。これってもしかして?」

「そうよ。アーシェ君が手に入れたあのときの、手ががりよ」


 ヘイルウッドは両手をかざして苦笑する。


「さて、腕がび付いていなければいいのですが……」

「この子はアーシェ君みたいに謙遜するのよね」


 ヘイルウッドのことを、この子、と呼ぶメリルージュ。


「探査魔法に関してはね、あなた以上の使い手は、あたし知らないのよ」

「師匠、それは買いかぶりです」


 ヘイルウッドそう苦笑する。何よりヘイルウッドは、メリルージュのことを師匠と呼んでいた。


「あの、もしかしてヘイルウッドさんも?」

「はい。出来のよろしくない弟子、ですけどね」


 メリルージュは、白金の序列に上がるのを拒否しつつ、世界のあちこちを廻っていたようだ。そうしながら、いったいどれだけの弟子をとったのだろう?


「ガル兄さん」

「どうした?」

「メリルージュ師匠って、凄いんですね」

「あぁ、俺もここまでは予想できなかったよ……」


 メリルージュは腕組みをし、少しだけ自慢げな表情になる。


「師匠、そろそろ始めたいのですが、よろしいでしょうか?」


 ヘイルウッドは、壁に寄りかかってこちらを見ているビルフォードに、目で合図を送る。彼は手を振って応えた。


「いいわ」

「では、始めさせていただきます」



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