第七十二話 探査の魔法。

 それなりの人数がいるホールから、ざわめきが消えて、しんとした静けさが漂っていた。


 ヘイルウッドは一つ大きく、深く、ゆっくりと深呼吸をする。何やら小さくぶつぶつと呟いている。おそらくは魔法を行使するために必要なものを唱えているのだろう。彼の手元が青白く光ったかと思うと、そのままその光は中空へと浮かんでいく。


 魔法の光は収束しながら形を変え、いつのまにか一本の青い矢の形になっていく。その大きさはガルドランの腕の長さはあるだろう。


「魔法は完成しました。今回は精度が求められます。そのため、手加減していません。集中が切れるとこの矢はなくなります。私は魔法にかかりきりになるので、ビルフォードさん、師匠、ガルドランさん、アーシェリヲン君の五人だけで現地へ向かいます。我々が潜入場所である建物へ入ったあと、他の方は周囲の警戒、異変への対応などをお願いします」

『了解』


 探索者たちはそう、応じる。


 ヘイルウッドが行使している探査の魔法は、触媒となる物から方向を割り出すと言われている。メリルージュが太鼓判を押すくらいだから、おそらくは距離まで把握できているのだろう。


 ということになると、此度の事件、誘拐犯の背後にいるはずの、魔法陣の中央にある『証拠』の持ち主がどこにいるか。その方角と距離で、この国の内部にいることがわかっていると思われるのだ。


「ビル、ヘイルウッドをお願い」

「はいっ」

「ガル、アーシェ君を頼んだわよ?」

「はい、師匠」


 ビルフォードが護衛するヘイルウッドを先頭に、アーシェリヲンを肩に乗せたガルドラン、横にメリルージュが続く。こうして彼らは支部の建物を後にする。


 馬車に乗り込むとそれほど経たずに馬車が停まる。この王都には、隣接する貴族の領都も存在する。その領都の一つへ渡ってすぐの場所だった。


 馬車から降りて、ヘイルウッドがどの方角へ身体を向けても、青白く光る魔法の矢は同じ方向を指している。再び馬車へ戻ると、馬を走らせる。アーシェリヲンたちの乗る馬車の後ろには、少し離れて探索者たちが乗る馬車も続いている。


 町の人々は、何事かとやや驚いている。これから大捕物が行われることなど、誰も予想していないだろう。


 ヘイルウッドの前に光る矢。その先が指し示す方角へ歩いて行く。それほど時間もかけず、彼は歩みをとめる。そこは閑静な屋敷が建ち並ぶ地区。その立派な建物から、少なくとも貴族か、それに準ずる者を主人とする家なのだろうと思われる。


 そこには、平服ではない、おそらくは制服姿のマグダウェイ騎士団副団長が待っていた。騎士の前身鎧を身につけてはいない、ということはおそらく、何か別の理由があり、それでも彼なりの立場でここにいるということなのかもしれない。


「マグダウェイ殿」


 ビルフォードが声をかける。彼はこの国の支部、筆頭探索者だからか、顔を知っていたのだろう。


「やはりここでしたか……」


 屋敷を見て、呆れるような表情をするマグダウェイ。


「あぁそうですな。ここで間違いはないと思われます」

「ビルフォードさん」


 アーシェリヲンが声をかける。


「何かな?」


 マグダウェイの前だからか、兄弟子、弟弟子の間柄とはいえ、砕けた呼び方をしていない。


「ここは、どなたのお屋敷なんでしょう?」

「マージベガンド、という伯爵の屋敷だな。確か、伯爵としては第二位だったと思う」

「よくお調べになりましたね?」

「それが仕事ですからな。さて、どうしますか? 無理なら我々が」


 強制的に立ち入ることも可能だという意味かもしれない。


「いえ。これも私の責務ですので。……ヘイルウッド殿。あの日、我々が取り逃がした、姿を消した者がここにいる。それは間違いはありませんね?」

「はい。間違いありません」


 マグダウェイは正門前まで足を進める。アーシェリヲンたちも彼の後ろをついていく。


 第三位というだけあって、屋敷の門は固く閉ざされている。マグダウェイは深く深呼吸をすると、覚悟を決めたような表情になった。


「私は王国騎士団副団長、シェイン・マグダウェイ。御開門、お願いしたいのだが? どなたかいらっしゃらぬものか?」


 重そうな音を立てて、重厚な門が両開きで開いていく。おそらくは、『魔石でんち』の魔力で動く機構なのだろう。誰もいないのに、これだけ重そうな門が開いていくのだから。


 開ききった門の先に、深々と会釈で出迎える初老の紳士。


「私は当駅の執事長を任されております――」


 全て言い切る前に絶句する執事。マグダウェイの後ろに、招かれざる客が数名いるのがわかったからだ。


「……当家に何用でございましょうか?」

「改めてご挨拶させていただく。私は王国騎士団副団長のシェイン・マグダウェイ。屋敷の中を改めさせていただきたく、思うのだが、いかがされますかな?」

「こちらはマージベガンド伯爵家の屋敷にございます。ご当主様は、ご家族と食事の最中でございます。いくら副団長殿とはいえ、面会のお約束もなしにお通しは出来かねます」


 ガルドランの鼻には感じられた。確かに屋敷の奥からは食事の匂いが漂っている。それ故に食事時という執事の話は間違いではないのだろう。


「師匠、本当みたいです」

「そう」

「で、どうするかな? マグダウェイ殿。こちらは証拠を握っている。別に強制的に押し入っても構いやしないんだが?」


 マグダウェイに並び立つ巨漢。この城下町では有名人の一人であるのは間違いはない。誰でも知っているその姿。


「あ、あなたは、探索者協会筆頭のビルフォード殿でございますね?」

「おう。知っていてくれたみたいですな。一応この国の、王陛下の顔を立ててやってるんだ。だから彼に初手は任せている。それで通じるかな? ヘイルウッド、どうだ?」


 ヘイルウッドは目の前に光る矢が指し示すのを信じる。


「はい。この屋敷にいるのは間違いないでしょう」

「ガル」

「はい。あのときの匂い。同じ鼻につく香の匂いが漂ってきます」

「そう。なら間違いはないわね」


 ガルドランにとって、あのときの香の匂いは好きなものではなかった。だからよく覚えていたのである。


「執事殿。この国の一大事にございます。手荒な真似をしたくはありません。ご協力をお願いしたいものです」


 この国の一大事、その意味は言わずともわかるだろう。この屋敷の当主と国王を秤にかけたらどちらが重たいのか? それを察するようにということだから。


 マグダウェイが右手をあげる。すると、どこからか待機していた騎士団の団員たちが現れ、執事を拘束しようとする。執事は諸手をあげて、抵抗の意思なしを示している。


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