第七十三話 地味な捕り物。
マグダウェイとビルフォード。ヘイルウッド、ガルドラン、アーシェリヲン、メリルージュ。この六人で屋敷の中へ入っていく。
一階の通路を奥まで進む。一番奥の一つ手前。比較的大きな両開きの扉。ここがおそらく食堂なのだろう。
「ここで間違いありません」
ヘイルウッドの光る矢は扉の向こうを指し示している。
ビルフォードはマグダウェイを見て、一つ頷いた。
「私は王国騎士団副団長、シェイン・マグダウェイ。非常事態により、改めさせていただく」
両手で扉を開き、マグダウェイが中に入っていく。扉の外には待機しているヘイルウッドの矢が見える状態。
中にいたのは五人。女性の給仕が二人。テーブルの上座に着く初老の男性。その右に年配の女性。二人の向い、こちらから見て左側いに三十歳くらいの男性。匂いの通り、食事中だったのは間違いなかった。
皆こちらを見て驚いているように見えるが、左側の男性は俯くように目を伏せている。もちろん、ヘイルウッドの魔法の矢はその三十歳くらいの男性を指し示していた。
そのせいもあり、ビルフォードたちは誰が誘拐事件の背後にいる首謀者かがわかってしまっている。
「……どういうつもりかね? 君は確かに、副団長のマグダウェイ君だとは思うが」
低く落ち着いた声。だが、怪訝そうな眼差しとその表情。
「はい。オズエルド伯爵閣下。私は陛下よりご指示をいただき、
マグダウェイは委任状のようなものを掲げる。そこには『王国騎士団副団長に対し、此度の捜査に対する権限を与える』と書いてあった。もちろん、サインは国王のものである。複製することが不可能な、魔法による押印もされており、貴族ならばそれを見ただけで王家から出されたものだとわかるのだろう。
「それで、どのような捜査なのだ? ここに来たということは、私たち貴族の中に嫌疑がかかっているのであろう?」
「はい。金銭目的のために誘拐を行う組織。資金を与え、裏から操ると思われた者を取り逃がしました。その男の捜査を行いに来たということになります」
オズエルドは『そうか』と一言だけ漏らすとそのまま押し黙る。
「お久しぶりにございます、ラーズリエル様。……残念でなりません。まさか貴方が裏で手引きをされていただなんて、思ってもいませんでした」
オズエルドは驚く。ラーズリエルを見ると静かに問いただし始める。
「どういうことだ?」
「いえ、身に覚えがありません。何を根拠に私へ容疑を向けるのでしょう?」
ラーズリエルは左手をテーブルの下へ潜らせていた。
しれっととぼける表情。だが、ラーズリエルの目はこちらを見ていない。
「息子はこのように言っている。何かの間違いではないのか?」
「そうです。ラーズリエルがそのようなことをするはずがありません」
ラーズリエルを庇おうとしている女性はおそらく伯爵夫人なのだろう。
「ヘイルウッド殿、中へお願いします」
「はい」
「これはヘイルウッド殿、久しいな」
「はい、お久しぶりにございます、閣下」
一人入ってきたヘイルウッドの手元にある、今は小さくなりつつある矢の先はラーズリエルを指し示している。そのことから、マグダウェイは引き下がることができない。
「ヘイルウッド殿。
「はい。私の探査魔法でございます」
「……なぜそれは、ラーズリエルを指しているのだ? 何を証拠にしているというのだ?」
ヘイルウッドは魔法を解く。両手のひらに乗せていた布の上にある袋を見せる。
「こちらの物的証拠を元にし、魔法を行使しておりました」
「それは何だ?」
するとヘイルウッドの代わりにマグダウェイが答える。
「こちらは、ラーズリエル様がテーブルの下へ潜らせている、左手に本来あったものにございます」
「……それはどういうことだ? ラーズリエル、狩りで怪我をしたという話ではなかったのか?」
なるほど。ラーズリエルはそう言い訳をしていたということなのだろう。
「お渡しすることはできませんが、こちら、ご確認いただけますか?」
ヘイルウッドはオズエルドの傍へ行くと、袋の中を見せる。驚くオズエルド。
ヘイルウッドはマグダウェイの後ろへ戻っていくと、説明を始める。
「こちらは先日、ここより馬車で一日ほど離れたある放棄された宿場町跡で、誘拐犯らを一部討伐、一部捕縛を行った際に持ち帰ったものでございます」
その瞬間、ラーズリエルの表情は曇っていくのがわかる。
「なぜこれが息子のものだと言い切れるのだ?」
「あてがってみましょうか? ですが、閣下。貴方も貴族であれば、探査魔法の正確性をご存じですよね? それがご子息を指し示していた。それだけで十分かと思いますが?」
ラーズリエルは席を立ち、その瞬間、何らかの方法で、一瞬のうちに姿を消す。
「ラ、ラーズリエルっ?」
オズエルドはラーズリエルの姿を見失うが、ガルドランの声が響く。
「兄弟子。その角にいまず」
「おうっ!」
飛び込むようにしてビルフォードが入ってくる。何もない空間を両腕で掴みかかる。すると、『離せっ』というラーズリエルの声が聞こえてきたではないか?
徐々に姿が戻っていく。ビルフォードはラーズリエルを捕らえたまま、彼の左腕をテーブルの上に乗せた。包帯のように細く巻かれた布をほどくと、そこには第一関節より先を失った親指が確認できる。
「ヘイルウッド殿」
「はい」
ヘイルウッドは、袋から取り出した証拠を、ラーズリエルの指にあてがう。治癒魔法で血を止めてはある。だが、治癒魔法は欠損部分を再生することはできない。だからしっかりと合致したのであった。
「これが証拠になる。どうだろうか? オズエルド閣下」
「…………」
絶句してしまうオズエルド。
「……ラーズリエル。何故そのような」
「いえ、父上。私は何も」
何もしていない、そう言い切れるわけではない。だから言葉に詰まってしまったのだろう。
「では、ラーズリエル様。ご同行いただきます」
「俺は何もしていない。えん罪だ、罠にかけられたんだ」
「これがえん罪とおっしゃるであれば、しかるべき場所で伺いましょう」
外で待機していた騎士たちが入ってくると、ラーズリエルを捕らえて連れて行く。
アーシェリヲンたちは先に屋敷の外へ出ていた。
ビルフォードがアーシェリヲンたちの前に戻ってくる。彼の手にはある指輪が握られていた。
「師匠。この指輪がおそらく、今回使われた魔道具だと思われます」
「なるほどね。魔力を注ぎ続けると、周囲の色に擬態する指輪。久しく見ていないからすっかり忘れていたわ」
「そんな魔道具があるんですね?」
「確かこうして」
その瞬間、メリルージュの姿が消えたように見える。だがよく見ると、目の前がやや歪んで見えるわけだ。
「これ、魔力かなり使うのよ。疲れちゃうからもうやめるわ」
すぐにメリルージュの姿が戻った。透明になるわけではなく、色を擬態する。要は魔法で再現する、光学迷彩のようなものなのだろう。誰が考案したのかは、考えなくともわかるはずだ。
こうして、淡々としたかたちで、首謀者と思われるラーズリエルの捕り物が終わったのだった。
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