第七十四話 アーシェリヲンの魔法。

 オズエルド伯爵邸での捕り物が終わった。このエリクアラードで、オズエルドの息子ラーズリエルがどうなろうと、別にアーシェリヲンたちにはそれほど影響はない。


 エリクアラード王国側が、ユカリコ教に、探索者協会側にどう詫びを入れるか? それだけが残されているだけであった。


 アーシェリヲンたちはヘイルウッドとともに探索者協会へ戻ってくる。建物の二階に上がると、一番奥の部屋へアーシェリヲンたちはヘイルウッドに案内される。


 この部屋に入ってきたのはメリルージュ他は、ヘイルウッド、ビルフォード、ガルドラン、アーシェリヲン。彼女の弟子たちだけであった。


「ヘイルウッド、人払いは大丈夫かしら?」

「師匠、この部屋は私の私室で、防音効果のある魔道具も使用しています。ご安心ください」

「それならいいわね」


 人払いどころか、部屋の主であるヘイルウッド自らお茶をいれてくるほどの徹底ぶり。探査魔法を持つ彼は、ある意味外からの侵入が怖い。今回はビルフォードたちが同行していたからあのようなことができただけなのだろう。


 アーシェリヲンがユカリコ教の神殿で、ヘイルウッドと始めて出会ったときは、こんな繋がりがあるとは感じさせなかった。おそらくは、ヘイルウッドのような幹部になると、神殿に出入りするためにユカリコ教の身分証明カードを持っているのかもしれない。


 ユカリコ教と探索者協会を作り上げたのが同じ聖女ユカリコだと知っている者がいたとして、現在もこうして密接な関係を続けていると知っているのは上層部だけなのだろう。もしかしたら、メリルージュの弟子だけが繋がっていて、弟子ではないものは上層部であっても知らされていない可能性もないとは言えない。


「さて、アーシェ君」

「はいっ」

「落ち着いて、そんなに緊張しなくてもいいわ」

「はいっ」


 きっとこれがアーシェリヲンの素の状態なのだろう。


「ヘイルウッド、ビルフォード」

「はい、師匠」

「はい、姉さん」

「あなたたちは、証拠の出所に気づいていたかしら?」

「いえ、私は師匠から渡されましたので……」

「俺もそうです。姉さんが出所としか」

「ガルはどうかしら?」

「はい。俺はあの現場にいたから、師匠もアーシェの坊主も、あいつに近づいていないことだけは覚えています」

「そうね。あれは、アーシェ君の『空間魔法』で手に入れたものなのよ」

「……空間魔法って、『置く』と『取る』だけだったはずだけど?」


 ガルドランがそう言うと、ヘイルウッドもビルフォードも同意するように頷く。


「えぇ、正解よ。ただ、アーシェ君はね『馬鹿魔力』を持ってるわ」

「……師匠。もしや、アーシェリヲン君は、何らかの方法で魔力耐性を超えたのでしょうか?」


 ヘイルウッドが推論を言う。するとメリルージュは笑顔になった。


「はい、それも正解よ」

「なんと……」


 ビルフォードは理解したのか、驚愕の表情を浮かべる。だが、ガルドランはいまいちピンときていないように思える。


「俺、わかんないです」

「あのね、ガルにもわかるように説明するとね。例えば治癒を受ける際に、『治癒を受け入れる』、治癒魔法を使ってくれる人の『魔力を受け入れる』必要があるのはわかるわよね?」

「はい。それはなんとなく」


 治癒を受ける際に、『治してほしい』、または、『ありがとうございます』など、そう思うことで自然と相手の魔力を受け入れているということになるわけだ。


「アーシェ君」

「はい」

「ガルを取り寄せてごらんなさい?」

「え? 俺?」

「壊しちゃだめよ?」

「え? んー、えっと」


 初めて試すことだからか、アーシェリヲンは左腕の『魔力ちぇっかー』を確認する。現在は魔石が青くなっていた。


 アーシェリヲンは、皆が注目する中。両腕を前に出し、手のひらをかざして魔力を流す。


「『ガル兄さん』」


 それは一瞬だった。二メートルは離れていたはずのガルドランが、アーシェリヲンの目の前に、抱きつくような格好となって現れた。


 ガルドランは自分の身に何が起きたのかわかってない。ビルフォードとヘイルウッドは口を半分開けたまま唖然としている。


「ガル、どこも痛いところはない?」

「え? な、ないですけど」

「よかったわ。一応、怪我はないみたいね」

「き、緊張しました……」


 そう言いつつ、アーシェリヲンは『魔力ちぇっかー』を見る。魔石がなんと、緑色になっていたではないか?


「させたあたしも初めての試みだったけど、これが本当の『空間魔法』よ。一度に注げる魔力の大きさによって、無限の可能性が出てくるわ。もしかしたら、他の魔法もそうかもしれない。けれど、アーシェ君のように『馬鹿魔力』である必要があるから、試すことも難しいでしょうね」

「確かに、師匠のおっしゃるとおり、私たちでは試しようがありません」

「ガルをこうして移動させることができたということはね、どの部分でも引き寄せることができるんでしょう。でもアーシェ君は優しいから、そこまではしないと思うわけ」

「なるほどです」

「あ、あぁ。これはかなり……」

「俺、どうなったんだ?」


 狩りだけにとどまらず、争い毎が起きたとして、状況をひっくり返すことも可能になってしまう。そんな恐ろしい魔法だと思えただろう。ただガルドランだけはまだ何が起きたのか、信じられないようだ。


「アーシェ君ならきっと、さっきの逆もできるでしょうね」


 逆というのは、ガルドランを置くという意味。


「んー、『ガル兄さん』をあそこに。……あ、できた」

「あれ? 俺? どうなったんだ?」

「うわっ、急に現れるなよ」


 ビルフォードの目の前に出現したガルドラン。やはり自分の身に何が起きているか、今一理解し切れていないようだ。


「アーシェ君」

「はい?」

「あなた自身を置きに行っちゃ駄目よ? 失敗したら死んじゃうかもしれない危険なことなのですからね?」

「は、はい」


 アーシェリヲンの表情は、いたずらをした子供のそれだった。おそらく、やろうと思っていたのをメリルージュに見抜かれてしまったのだろう。


「見たでしょう? 『空間魔法』の文字通りね、可視範囲内の『空間を支配する魔法』になり得るわけ。アーシェ君が『馬鹿魔力』だったから可能なんだけど、それってほら? あたしたちが知る『加護』の中で、どの位置にあると思うかしら?」


 ヘイルウッドとビルフォードは無言で頷く。ガルドランもなんとなくわかってきたようで、大きく大げさに思えるほど頷いていた。


「ガルドラン」

「はい」


 メリルージュが『ガル』と呼ばず、『ガルドラン』と呼ぶ。


「アーシェ君の、本当の姿を知ってしまったわね?」

「はい。教えてもらいました」

「それならあなたは、護衛騎士として命をかけなさい。いいわね?」

「はいっ」

「ビルフォード」

「はい」

「あなたは引き継ぎが終わり次第、あたしに代わってヴェンダドールの筆頭になりなさい」

「わかりました」

「ヘイルウッド」

「はい」

「あなたも移動よ。ここにはもったいないわ。近いうちに辞令が届くと思うから、いいわね?」

「準備しておきます」

「さぁ、忙しくなるわよ」


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