第七十話 『馬鹿魔力』の意味。
「あー、あの子たちはそうなるわね。特にフランソワーゼは、アーシェ君を?」
「はい。特に可愛がっていましたので」
「お婆さんとお爺さんが?」
「えぇ。本来ならね、アーシェリヲンちゃんのことを師匠からも報告を受けていたの。立派な子に育つのは間違いないってね」
「そうなのよ。ヴェルミナちゃんからね、どうしても目をかけてほしい子がいるからって、お願いされていたの。でもね、それはあたしが見て判断するって。それでもいいならということになったわ。それがどうかしら? あのフィリップの息子とは思えないほど素直でいい子じゃないの?」
「えぇ。そうなんです」
メリルージュは、アーシェリヲンと初めて出会ったときから、彼の素性を知っていたということになる。
「ガルのことを怖がらなかったのも助かったわ。もし駄目だったら、どうしようかと思ったのよね……」
ガルドランは子供は大好きだが、逆に子供から怖がられることが多いのも事実。
「ガルがね、金の序列になっていたなら、グランダーグに戻すつもりだったの。あっちの筆頭にと思っていたんだけど、この子ったらおバカだから……」
「なんていうか、本当にすみません……」
「とにかくね、アーシェ君がどういう子だかわかったでしょう?」
「はい、師匠。それはもう」
「だから言ったのよ。アーシェ君について、見て学びなさいって。ガルったら、可愛がるだけで一向に学ぼうとしないんだものね」
「あらら。それは困ったものですね」
ヴェルミナも、やや呆れ顔をしている。
「アーシェ君がね、『馬鹿魔力』と言われて、あれこれやらかすようになってから実感したわ」
「それはそうですね。おそらく一番色濃く血が出たのでしょう」
「血、ですか?」
「えぇ。アーシェリヲンちゃん。わたくしたちは、ユカリコ様の子孫ですもの」
「え?」
「聖女ユカリコ様はね、元は王妃様だったんですよ」
「えぇっ?」
『魔石でんち』、『れすとらん』、はてはアーシェリヲンの大好きな『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』の生みの親。
加護を見つけ出し、授けることを始めた、それこそ始まりの聖女。その聖女ユカリコがまさか、アーシェリヲン自身の先祖だとは思わなかった。
「それで、アーシェ君のことをどうするってレイデットは言ってたの?」
「はい。貴族たちの間である少数の加護を蔑む習慣を、すぐに無くすことは難しいです。それならもし、アーシェリヲンちゃんをお披露目したときに、何か物言いをしてきた者を極刑にしてしまえばいいではありませんかと、フランソワーゼ義姉さんは言ってました。わたくしも確かに、それが一番早いと思っていたのですが……」
「確かにそれはやり過ぎかもしれないわね」
アーシェリヲンとガルドランは、とんでもない話を耳にしたことに驚きを感じていた。何せ、グランダーグだけでなくヴェンダドールにすら影響を与えてしまうかもしれない。そんな二人が目の前にいるのだ。
「兄さんもさすがにそれはやり過ぎだと、なるべく早く『どのような加護でも蔑んではならない』ための法の整備をし直すと約束はしてくれたんです」
「でもそれこそすぐには無理でしょう? 人々の心の中まで抑えつけるのは無理だもの」
「そうですね。アーシェリヲンちゃんが成人するまでに、そうなってくれたらと思っています」
「大丈夫ですよ。だって僕には弟が、フィールズがいますから」
「あら? フィールズちゃんはフィリップの後を継いで『騎士団長』になりたい。と言ってませんでしたっけ?」
ヴェルミナはそう言う。それは困ったと一瞬思ったアーシェリヲン。
「あ、それならあれです。お爺さんがお姉ちゃんを女王にするって」
「それもね、困るのです。テレジアはいずれ、ユカリコ教の総司祭長になることが決まっているのですから」
「えー……」
「兄さんが引退する前に、国で一番民から愛された王女、まぁ矢面に立たされるから生け贄みたいなものなんでしょうけど。そのエリシアが一時的に女王となる案もありはするんです」
「確かにそれが一番かもしれないわ。その間に、アーシェ君の問題をなんとかしてしまえばいいんでしょうね」
「えぇ、そうですね」
それからヴェルミナは聖女ユカリコのことを話してくれた。グランダーグの国へ呼ばれた違う世界からの少女の話。彼女がこちらの世界へ来る際に、授かったとされる力で、この世界を支えようとしたことなど。
「そんなことがあったんですね」
「えぇ。わたくしや、ウェルミナのように。治癒の加護を授かった王女は、結婚せずにユカリコ教で皆の幸せになるため、巫女となる。ユカリコ様の義理の妹になった王女様がね、約束したそうなのね」
「でもそれなら、うちのお姉ちゃんじゃなくて、年上のレイラお姉ちゃんが第一王女ということになりませんか?」
「治癒の力が強く出たのは、テレジアのほうなんです。それにね、テレジアはアーシェリヲンちゃんの本当のお姉さんでしょう?」
「はい。そうですけど」
「アーシェ君」
「はい?」
「テレジアちゃんとアーシェ君。結婚できないでしょう?」
「え?」
「わたくしや、義姉さん、師匠はね、アーシェリヲンちゃんが国王になるべきだって思ってるの」
「えーっ? 僕、探索者でいたいんですけど……」
「あら? それは大丈夫よ。ヴェンダドールの先王様はね、わたくしのお父様、グランダーグ先王の弟。伯父様だったのよね」
「なんですかそれ?」
「元々ね、探索者協会もユカリコ様が作ったの。ユカリコ教でお手伝いできない人々の困りごとを解決するための互助組織としてね」
アーシェリヲンにとって、驚き以外の何ものでもない事実を知ってしまう。ガルドランにとっては、何かの冗談にも思えただろう。
ちなみにこの神殿の司祭長、クレイディアは王家に関係のない、現場たたき上げの巫女が出世した司祭長である。頑張れば誰でも出世できる、それがユカリコ教だったりするのであった。
「そういえば、リルメイヤーさんはどうなるんですか?」
「あの子はね、自分の国にユカリコ教を、『れすとらん』を作るんだって、しばらくの間ここで修行することになったわ」
「そうなんですね」
「えぇ、そのためにも、今回の首謀者をあぶり出して、天罰を喰らわさなければならないの」
「はい。それは僕も思っています」
「それではアーシェリヲンちゃん」
ヴェルミナはアーシェリヲンを優しく抱きしめた。そのまま髪を撫で、名残惜しそうにしている。
「そろそろわたくしは、グランダーグに帰りますね。明日の朝にでも発とうと思っているのですよ」
「もう、帰ってしまうんですか?」
「兄さんと義姉さん、エリシアとテレジアちゃん、フィールズちゃんに、アーシェリヲンちゃんの無事を知らせてあげなければならないでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
アーシェリヲンを手放すと、ヴェルミナはメリルージュと握手を交わす。
「それでは師匠。あちらでお待ちしていますね」
「えぇ。アーシェ君のことは任せてちょうだい」
「はい。師匠が一緒なら安心ですね」
アーシェリヲン、ガルドランはメリルージュと一緒に司祭長室を出る。クレイディアに見送られ、神殿を後にすることとなった。
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