第七十九話 久しぶりの王都。

 ガルドランの憧れの女性ひと、イレイナアリーアを乗せて、馬車を走らせる。


「それでもガル。これから大変よ」

「そうですね、師匠」

「王都に行ったら屋敷を探さないと駄目でしょう?」

「誰のをですか?」

「あら? あたし、王都の探索者協会で筆頭をするのよ?」

「え?」

「ビルがヴェンダドールの本部筆頭になるのに、あたしがいても仕方ないでしょう?」


 確かについ先日、エリクアラードでメリルージュはそう言っていた。ビルフォードも引き継ぎが終わり次第、ヴェンダドールへ戻る手はずになっている。


「それはそうかもですけど」

「あ、なるほどそういうことなんですね? でも、寂しくなりますね……」

「何を言ってるの? アーシェ君もこっちの王都勤めになるのよ?」

「はい?」

「ヴェルミナが魔力の制御方法を直接指導をするからって言ってたわ。だから探索者協会もこっちに行くことになるわね」

「えぇっ?」

「だからガルも必然的に王都住まいになるの。今度は妻帯者になるんだから、独身寮に住めなくなるわ。家を買うくらいの蓄えはあるはず。それくらいの甲斐性は持っているわよね?」

「お、おう。勿論ですよ、師匠」

「とにかく、王都の神殿についたら、お屋敷を探していらっしゃい。みつかるまで、戻ってきたら駄目よ? まさか、イレイナちゃんを、宿屋住まいさせるなんて、ないわよね? ガルドラン」


 ガル、ではなくガルドランと呼ぶ。こんなとき選択を間違うと、かなり怒られることを覚えていた。


「は、はいっ。絶対にあり得ません、師匠」

「よかったわね、イレイナちゃん。今晩から新居ですって」

「はい、その、嬉しいです……」


 ▼


 グランダーグ王国の王都が見えてきた。以前見えていた海は、今回は逆になっている。


「この馬車、速いですよね」


 アーシェリヲンが生まれ育ったウィンヘイムより遠い場所から王都を目指したはずなのに、半日かかっていないからだろう。


「そうね。ユカリコ教の馬車だもの。小さな家一軒くらい建ってしまうくらい、お金もかかっているでしょうからね」

「凄いなー」

「うはー」


 アーシェリヲンとガルドランの驚きようを見て、イレイナアリーアはクスクスと笑う。


「種族は違いますが、ガル君とアーシェリヲン君は少し似ていますね」

「そうね。こういう素直で子供っぽいところは少し似ているかもしれないわ」


 馬車が王都へ入る。なんとなく見覚えのある町並み。『れすとらん』に並ぶ人の列。ヴェンダドールやエリクアラードと同じ感じの店構えを見ながら裏側へまわる。


 搬入口を兼ねている裏門がゆっくりと開いていく。そこは二重の門になっていて、あちら側は見えないようになっていた。馬車が入ると背中側の門が閉まり、ゆっくりと二枚目の門が開いていく。


 王都の神殿も、中庭は同じようなつくりだった。忙しそうに職員たちが動いていたが、ぴたりと動きが止まり、一人が神殿内へ駆け足で入っていく。


 ややあって戻ってくると、周りの職員たちも両側へ整列していく。


「あれ? 何かあったのかな?」

「お、おう?」

「アーシェ君が着いたからじゃないの?」

「まさかそんな」

「まさかなぁ」


 ガルドランが客車のドアを開ける。アーシェリヲンが先に出てくる。メリルージュの手を取って、降りるのを手伝う。


「ありがとう、アーシェ君」

「いいえ、どういたしまして」


 それを見て、ガルドランも慌てて同じようにイレイナアリーアを迎える。彼女が降りた瞬間、ガルドランは後ろを向いた。


「あ」


 何の『あ』だったのか。何かあったのかと、アーシェリヲンは振り向いた。するとそこにいたのは、いや、ここにいるはずのない人がいたのだった。


 その女性は、アーシェリヲンを強く抱きしめる。褒めてもらったり、元気づけてもらったり、こうして何度抱きしめてもらったか、回数など忘れてしまうほどだった。


「アーシェくん。生きてた」


 忘れもしないこの声。この感触、温かさ、優しさ。


「レイラ、お姉ちゃん、……なぜここに?」

「ヴェルミナ叔母様に教えてもらったの。アーシェくんがこっちに来るから、戻っていらっしゃい、って……」

「そっか。うん。心配かけてごめんなさい」


 二人の再会を見て、メリルージュは気をつかったのかもしれない。


 ガルドランに近寄る男性がいた。


「あの、ヴェルミナ様から言づてがありまして」

「はい?」


 イレイナアリーアから、何気にたしなめられるガルドラン。


「はい? じゃないでしょ? ガル君」

「あ、はい。ありがとう、姉さん。すみません、どういうことですか?」

「はい。総司祭長様より、物件持っている商会を教えるようにと」

「あ、助かります」

「ガル」

「はい」

「王都はわかるわよね?」

「はい、大丈夫です」

「帰りにね、買い物をしながら、イレイナちゃんを王都案内してあげなさい」

「その、護衛いいんですか?」

「大丈夫よ。あたしがいるから」

「では師匠。お言葉に甘えさせていただきます」

「明日は、九時にここね」

「わかりました。では、お先に失礼します。姉さん、行こうか?」

「はい。では、私も失礼致します。メリルージュ様」

「メリルージュさん、で、いいわ」

「はい。メリルージュさん」


 ▼


 食堂でお茶を飲みながら、これまであったことをレイラリースに説明する。同時に、自分がフィリップとエリシアの子だということも。


「うん、知ってた」

「え?」

「だって、アーシェくんが生まれたあと、お母様と一緒に、何度か会いにいったんですもの。うちの家族で、やっと男の子が生まれたって、お母様泣くほど喜んでたのよね」


 ヴェルミナから受けた説明からすると、レイラリースは間違いなく従姉弟ということになる。


「そっか、ある意味本当のお姉ちゃんだったんですね」

「ある意味ってどういうこと? でも、テレジアちゃんとはちょっと違うのよね」

「どこが違うんですか?」

「それはまたあとで。それでね、最初に会ったのは、アーシェくんが一歳のときだったと思うの」

「そうなんですね」

「それでね、三歳になるくらいまで、毎年会いに行ってたわ――」


 色々な話をした。これまで離れていた分、積もる話を一気に、絡んだ糸をほどくかのように。


 きゅるる、とアーシェリヲンのお腹が鳴る。伝染うつるかのように、レイラリースのお腹も鳴る。ここで水入りとなり、食堂へ向かうことになった。


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