第八十話 エピローグ 訪問。

 アーシェリヲンとレイラリースは、ガルドランの購入した屋敷を見てきた帰りに、ユカリコ教の馬車で送ってもらっている最中。


 今後、レイラリースは彼女の実家。メリルージュは彼女が所有する屋敷。アーシェリヲンは、ヴェルミナの屋敷に寝泊まりすることになる。


 ガルドランの購入した屋敷は、ユカリコ教の神殿や探索者協会の建物にほど近い、居住区にあった。比較的新しめのこぢんまりとした屋敷だったが、それでも入り口や天井は高く、部屋数も一階二階合わせて六つほどあった。


 イレイナアリーアは屋敷に残って、色々と整理整頓をしている。騎士爵令嬢とはいえ、小さな領地だったこともあり、家人任せにせず、なんでも一人でできてしまうそうなのだ。


「ガルドランさん、先ほどの女性はもしかして?」

「そうなんです。ガル兄さんのお嫁さんなんですよ」


 ガルドランではなく先にアーシェリヲンが答えてしまう。


「ところでガルドランさん、いつご結婚されたんですか?」

「そうなのよ。お昼くらいだったかしらね?」


 今度もガルドランではなく、メリルージュが先に答えてしまった。


「今日じゃないですかっ」


 それでもガルドランに直接ツッコミを入れるレイラリース。


「それよりも俺は、ヴェルミナ様に聞いたとき、レイラリースさんが王女様だってことに驚いたんだけど」

「それはそれです。私も色々あったものですから……」


 含み笑いをするメリルージュと、聞いていいのか悪いのか、判断に困っているアーシェリヲン。


 ガルドランの屋敷のある区域の奥は、貴族の家々も多い。そんな中にレイラリースの実家もある。


「それじゃまた、今度は明後日ね」

「はい、レイラお姉ちゃん」


 レイラリースは明後日からまた、『れすとらん』で働きつつ、治癒魔法の修行ということになっているそうだ。


 アーシェリヲンは座席に座ると、メリルージュに寄りかかってあくびをした。


「……ふぁっ」

「アーシェ君、あたしの屋敷に忘れ物があるから先に寄るからね、ヴェルミナの屋敷に着いたら起こしてあげるから少し寝なさい」

「はい。ありがとうございます。メリルージュ師匠」


 今日はとにかく、色々なことがありすぎた。さすがにアーシェリヲンも眠くなってしまったのだろう。


 レイラリースの実家よりさらに奥へ進み、王城にほどなく近い場所にある古風な屋敷。


「ここ、ですか?」

「そうよ。場所は覚えたわね?」

「はい。匂いでなんとか」

「それなら、明日、昼前あたりに迎えにきなさいね?」

「そんなにゆっくりでいいんですか?」

「えぇ。イレイナちゃんとゆったり過ごしなさい」

「あ、ありがとうございます」


 メリルージュはアーシェリヲンを抱き上げる。


「まだ、こんなに軽いのに。……濃密で、とても大変な時間を過ごしたわね」


 アーシェリヲンがこのグランダーグを出て、まだ四ヶ月経っていない。季節も冬の終わりあたり。外套を着込んでいないと、寒いと思うくらい。


 メリルージュが正面玄関前に立つと、内開きで扉が開く。そこには、執事と思われる初老の男性が深く会釈をしていた。


「ご苦労様。ヴェルミナは戻ってる?」

「はい。お戻りになられています。お客様のお相手をなさっていますが?」

「いいわ。案内してちょうだい」

「かしこまりました」


 執事と思われる男性は、メリルージュを知っているようだ。アーシェリヲンを抱いたまま、客間に通される。そこに待っていたのは、ヴェルミナともう一人の女性。


「それじゃ、お願いね。あたしは寝るわ。隣り、借りるわね」

「はい」

「はい、お疲れ様でした。師匠」


 ▼


「――アーシェ。起きなさい。アーシェ。もう朝ですよ」

「……ん、あ」


 聞き覚えのある声。とても懐かしい匂いがする。額にあてられた柔らかな手のひらの感触。そこから放たれる治癒の魔法の温かさ。


 それに、アーシェリヲンのことを、アーシェとだけ呼ぶのはごく一部の人しかいない。それにこの声、間違えるはずもないのだ。


「……ん? お母さん? あれれ?」

「んもう、まだまだ子供なんだから。ほーら、アーシェ、起きなさい」


 がばっと身体を起こす。夢を見ていたかと周りを見回す。すると目の前に母エリシアがいるではないか?


「あ、僕、まだ夢みてる?」

「馬鹿ね、現実よ。おはよう、アーシェ」

「お、お母さんっ。ななな、……なんでここに?」


 すると、扉を開けてそっとこちらを見る目が二つ。一つはヴェルミナ、もう一つはメリルージュだった。


「ヴェルミナ叔母様と、メリルージュ師匠?」

「よくわかったわね。おはよう、アーシェ君」

「師匠の教え方なんでしょうか? おはよう、アーシェリヲンちゃん」


 苦笑しながら入ってくる二人。


「いいかしら? エリシア、アーシェリヲンちゃん」

「おはよう、アーシェ君。エリシア、……あなたはずっと起きてたのよね?」

「そんな、バラさなくてもいいではありませんか? 師匠」

「え? 師匠?」

「あら? 教えていなかったのですか? 師匠」

「えっと、どうだったかしら? フィリップより出来の良い弟子だと、アーシェ君を褒めたことはあったような気がしたのだけど。沢山いるから、言うの忘れてたのかもしれないわね」

「……ということは、お母さんも?」

「そうよ。魔法を教わってたの」

「そんなに沢山いるんですか?」

「フィリップは何度か不許可を出したわ。一度で許可したのガルドランはたまたまよ。あたしから弟子にしたいと言ったのは、アーシェ君だけよ」

「確かに珍しいですよね、私も聞いたことがありませんから」


 ヴェルミナも頷いている。


「とーにーかーく、エリシアはあたしがヴェルミナに呼んでもらったんだけど、たまたまよ」

「そうですよ。ウィンヘイムの港から直接エリシアを連れてきたなんて、たまたまですよ」

「あたしの真似しない」

「はい、師匠」


 ヴェルミナを窘めるメリルージュ。怒った、怒られたわけではなく、二人とも笑っていた。


「とにかくアーシェ君」

「はい、メリルージュ師匠」

「明日、探索者協会に行ったら、序列が上がると思うわ」


 鉄の序列から、鋼鉄の序列あたりに上がるということなのだろう。


 明日から銀の序列、その上の序列に向けて、頑張らなければならない。それでも、エリシアたちと同じグランダーグにいられる。それだけでも、やる気が出てくるだろう。


「え?」

「だって、この間のあの事件。解決したきっかけを作ったのは、アーシェ君だもの」

「あ、あぁ、あれ、ですね」

「アーシェリヲンちゃん」

「はい、ヴェルミナ叔母様」

「あなたの部屋はここ。ここから探索者協会へ通ってもらうことになります」

「……いいんですか? 神殿じゃなくて」

「いいのですよ。わたくしの家には部屋が余っているのです。わたくしと家人しかいないから、賑やかになって嬉しいのよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「アーシェ君」

「はいっ」

「今日はあたしに付き合ってちょうだい」

「いいですけど」

「ついさっき話に出てきた、出来の悪い弟子の家を訪問するの。男の子のくせに、ちょっとばかりだらしない感じだったって聞いてしまったから、気合いを入れ直さないと駄目なのよね」


 出来の善し悪しという例えで出てきたのはフィリップのことだけ。なんとなく察したアーシェリヲンは返事をする。


「……わかりました。お供させていただきます」

「ありがとう、それならほら、アーシェ君。何か忘れてないかしら?」


 メリルージュの視線の先にはエリシアがいる。


「あ、うん。その、お母さん」

「どうしたの?」

「ただいま」

「……お帰りなさい。アーシェ」


おしまい

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劣悪な加護を授かった貴族の少年は家を出る選択をする。~それでも僕はあきらめない~ はらくろ @kuro_mob

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