第三十話 ユカリコ教のごはん。
アーシェリヲンとレイラリースは、売店の向かいにある厨房のカウンターへ行く。ここでは、好きなものを好きなだけ注文できる。
さすがに『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』はないが、麦粉のもちもち麺があるからそれを注文。肉を細かくナイフで叩いたものが沢山入ったソースがかかっている。ちなみに『れすとらん』では『ぱすた』という商品名になっているようだ。
酸味が利いた良い香りで、食欲をそそったのか『ぐぅっ』っとアーシェリヲンのお腹が鳴いた。
「あ」
「うふふ。さぁ、食べましょう」
レイラリースの頼んだ料理も、アーシェリヲンと同じもの。
「いただきます」
「はい、いただきます」
アーシェリヲンは、フォークを使ってくるくると麺を巻き取って頬張る。
「うわ、これも美味しいっ」
「それはそうよ。『れすとらん』と同じ人たちが作ってるんだから――ってあら、ほんとうに美味しいわ」
「でしょ?」
メニューは違えど、材料も調理方法も同じ。それは美味しくないはずが、ないのであった。
副菜として付け合わせになっている温野菜のサラダ。冬場には温かく、それでいて歯ごたえが残っている。香辛料と植物性の油、塩で作ってあるドレッシングがかかっていて、その酸味も食欲増進に繋がっている。
スープも黄金色に透き通っていて、根野菜が具材として入っているだけなのに、他の具材の味も感じられる。
料理もスープも大量に作っているとはいえ、とても手間がかかっているように見える。毎日このグレードのごはんを食べられるのであれば、食事が楽しみになってくるだろう。
「ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさまでした」
両手を顔の前に合わせて、軽く会釈をするこの仕草と、『いただきます』や『ごちそうさま』もまた、聖女ユカリコが伝えたとされている。
「さて、アーシェくん」
「はい」
「お風呂入ろっか?」
「はい」
一度部屋に戻って、支給品の寝間着を取りに戻ってから再度風呂場へ。
アーシェリヲンはお風呂が好きだ。食堂を出て、元の廊下を戻り、お風呂の引き戸を開けると左右に分かれている。
「一緒に入る?」
「遠慮しておきます」
アーシェリヲンはそっぽを向いてそう答えた。風呂場に入ると狭いホールがあり、その壁際に『れいぞうこ』が置いてある。そこから先にまた男女の入り口に分かれており、手前には椅子や鏡が置いてある。
「ちゃんと温まるのよ? 終わったらここで待ってること、いいわね?」
「はいっ」
男性用の風呂場へ入ると脱衣所がある。右側に木製の棚。そこには大きなバスタオルや浴室に持ち込む手ぬぐい。身体を洗うせっけんや、髪を洗う小さな筒に入った『しゃんぷー』、脱衣に使用する
籠に脱いだものを入れて、棚に置いておくと書いてある。手ぬぐいと石けん、しゃんぷーを持って浴室へ。浴槽にはてぬぐいを浸けないこととも書いてあった。
浴室に入ると、右側に木製の椅子のようなものと桶が積まれている。左の壁にはシャワーが等間隔で並んでいる。
桶と椅子を一つずつ持って、シャワーの下へ行くようにと書いてあった。シャワーにいくと、頭と身体を洗ってから浴槽にはいるようにと注意書き。
アーシェリヲンはそれに従う。シャワーを頭から浴びると、石けんで身体を洗い、しゃんぷーで髪を洗う。前に本で読んだ『せんとう』という公衆浴場の作法だとすぐに理解できた。それも、聖女ユカリコが残したものだと書いてあったことも。
「ふぅ、さっぱりした。さてと」
手ぬぐいを絞って、髪を軽く拭う。更に手ぬぐいを絞る。そのまま浴槽へ。
左側が広くて浅い。おそらくアーシェリヲンの肩くらいの深さ。右側は、狭くて深い。おそらく彼が立ってぎりぎりの深さはあるだろう。
お湯に手をつけてみると左は温かい。右はちょっと熱い。アーシェリヲンは迷わず左に入ることにした。右には『我慢して長く入らないこと』と書いてあるからだ。
『手ぬぐいは頭に乗せるなりして濡らさないこと』と書いてある。アーシェリヲンはそれに従って頭に乗せてから浴槽へ。
「……うわぁ。これは気持ちがいいですよ」
力が抜ける。背中を浴槽の壁にもたれて肩まで浸かる。一日の疲れが抜けていく感覚があった。よく見ると、出入り口の壁にも『浴槽で長湯をしないように』と書いてある。とても親切な書き方だなと思っただろう。
風呂から上がり、寝間着に着替える。脱いだ服を、寝間着を入れてきた布の袋に入れて肩にかける。風呂場のホールに出ると、レイラリースが待っていた。
「アーシェくんお帰りなさい」
「ただいま、でいいのかな?」
「いいわ。ほら、ここに座って」
「はい」
レイラリースの隣に座る。すると冷たい筒が手渡された。
「『こーひーぎゅーにゅー』よ。美味しいの、飲んで飲んで」
「はい、いただきます。……んくんく、うわ、甘い、美味しい」
「でしょ? これね、ユカリコ教でしか飲めないのよ。『れすとらん』にもないのよね」
「そうなんですか?」
「このお風呂のホールとね、食堂で飲めるわ」
「ふーん。それならいいかも」
「ね?」
「はいっ」
隣に座るレイラリースから、自分と同じせっけんとしゃんぷーの匂いがする。
「今日は一日、色々なことがあったでしょう?」
「はい。とても面白くて色々なことが学べました」
「ほんと、アーシェくんは丁寧な子よね」
「そうですか?」
「十歳とは思えない落ち着いた子だし」
「んー、そうですかねー」
「えぇ。いいことだと思うわよ」
「だったら嬉しいです」
アーシェリヲンの左腕につけてある『魔力ちぇっかー』。色は黄色のまま。これについてはレイラリースも聞いている。
「あら? ほどほどに魔力を使えたのね?」
「はい。これが青黒くなっているときは、熱が出てしまうので。気をつけるように教えられました」
これなら大丈夫だろう。そうレイラリースは思った。
「あ、レイラお姉ちゃん」
「どうしたの?」
「山石榴、好き?」
「えぇ。大好きよ。今の時期、よく熟れていて甘酸っぱいのよね……」
中空をぼうっと見上げるようにして、思い出しているのだろう。
「部屋にあるからひとつあげるね。二つとってきたんだ」
「そうなの? よくみつけたわね?」
「うん。たまたまね、山石榴の木をみつけて、とったんだよね」
二人はこーひーぎゅーにゅーを飲み終わると、部屋へ戻ることにした。
「ちょっと待っててね?」
「えぇ」
アーシェリヲンは部屋に入ると、バッグに入っていた山石榴を一つ持ってくる。
「はい。レイラお姉ちゃん」
「あら、本当に山石榴。いい匂いよね……」
嗅いでうっとりする表情。これを割ると、中に小さな粒の赤い実があって、それには種があるが、実の酸っぱさと甘さは身震いするほどに美味しい。前にアーシェリヲンも食べたことがあった。
「ありがとう、アーシェくん。それじゃ、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい。レイラお姉ちゃん」
レイラも隣の部屋へ入っていく。
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