第三十一話 魔法の復習。
部屋には簡易的なキッチンのようなシンクがある。蛇口から水を出して、山石榴を洗う。布で軽く拭き取って、机にある椅子に座って考えた。
そういえばこの部屋にはナイフがない。あのときは、協会で借りていたから持っていた。明日、途中で良さそうなものを買っておこう。アーシェリヲンはそう思った。
そこである方法を思いついた。山石榴を左手に持って、右手のひらに魔力を『にゅるっと』
(えっと、山石榴を半分?)
すると表面の固い山石榴が真っ二つに割れて、右手に半分持たされるように移動していた。だが、ちょっと失敗。実が削れていて赤い果汁が垂れて落ちそうになっている。
「あ、もったいない。うわ、あまずっぱ。美味しいなこれ」
左右にある山石榴の実から垂れる果汁を嘗めた。そのまま囓ると、口の中へじゅわっと甘酸っぱさが広がる。これはある意味快感のようなもの。
種はこの部屋に備え付けになっていた、小皿に出しておく。囓っては口の中で赤い果実の粒を押しつぶして、果汁を吸って、種を吐き出す。小さな山石榴だったからあっという間に食べ終わってしまう。それでも充実した時間だっただろう。
(美味しかった。取り過ぎないようにまた見つけたら持ってこよ。それにしてもこの『空間魔法』って、便利すぎるよね?)
アーシェリヲンが本で読んだよりも、かゆいところに手が届く感じだ。それだけ汎用性が高い魔法に思える。本で読んだ際は、とても大雑把で魔力消費の多すぎる使いどころが限定されてしまうものだと学んだのだが。
(そういえば、お母さんも言ってたな。『魔法は込める魔力の多さで効果が変わってくる』って。もしかしてそれなのかな?)
とにかく、明日も色々試してみよう。アーシェリヲンはそう思って床についた。
▼
朝起きて、服を着替えて歯を磨く。外出の準備をして食堂へ向かう。
「あー、アーシェくんやっぱりこっちにいたのね」
アーシェリヲンを後ろから抱きしめるのはレイラリース。そのまま抱き上げてくるりと回転させ、いわゆるお姫様だっこ状態にする。
「あ、レイラお姉ちゃん。おはよう」
「おはよう。アーシェくん。山石榴、美味しかったわ。あっちだと旅をする分だけ高価になるのよね」
レイラリースがいう『旅をする』というのは輸送のこと。海の向こう、グランダーグは海抜の高い地域が少ない。だから山石榴は採れない果物の一つ。海を越えて運ばれてくる分だけ、輸送費が上乗せされてしまうという意味なのだ。
朝食はパンとスープ、目玉焼きなどの軽いものだったが、味は文句なしだった。毎日こうして『れすとらん』で出るような美味しいものが食べられる。ユカリコ教は本で読んだ通り『美味しい』を広めるというのは本当だと改めて実感する。
「ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさま」
「じゃ、僕、行ってくるね」
「えぇ、気をつけてね。『怪しいお姉さん』には気をつけるのよ?」
(どういうこと?)
少しだけ頭をひねるアーシェリヲン。
昨日は昼過ぎからだったので、今日は時間に余裕がある。探索者協会の受付で、昨日と同じ薬草の採取依頼を受けて出てきた。
「お、アーシェリヲン君。おはよう」
「はい、ドランダルクさん、おはようございます」
「あれ? 俺は名乗った覚えがないんだがな?」
「いえ、その名札が」
「あぁ、名前を呼ばれることが滅多にないものだから、少々驚いてしまってな。うん、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「気をつけるように。何かあったらすぐに逃げてくるように。いいね?」
「わかりました。では、いってきます」
「あぁ、いってくるといい」
昨日は外門を左に向かったから今日は右に行ってみることにした。歩きながら、林の奥を見ながら、ふと、色々考えていた。
アーシェリヲンが授かった『空間』の加護とその魔法。自分も含め、本来貴族の間に現れることがなかったものだと知った。
これは庶民階級の間でしか授からない加護であり、貴族の間では『劣悪』なものとして忌避されているとのことだ。それはきっと、労働者が使っている魔法だからというものもあるだろう。
アーシェリヲンが本で読んだ知識があったから、空間魔法をすぐに使うことができた。確かに可視範囲内のものを『引き寄せ』たり、『置いた』りするだけの単純な魔法効果だ。その上、魔力の消費が激しくて、連続して使用できないものだと書いてあった。
ただ連続使用に関してだけいえば、アーシェリヲンは姉テレジアから『馬鹿魔力なんだから』と言われるほど魔力の総量が多かったせいもあり、良い意味で覆してしまったのだ。そういう細かい面で、本から得た知識とは若干の差異があったのは事実である。
(僕からしたらとても便利で、使いにくい魔法だと思わないんだけどね)
「あ、あれって確か」
アーシェリヲンは腰にぶら下げている腰鞄から薬草の本を取り出す。するとそこに書いてある、『ひとつの茎に複数の小さな葉、赤みを帯びていて葉脈の青いもの』と説明のあるページを見つけた。
左腕につけている『魔力ちぇっかー』の色は青。寝て起きて、魔力は回復しているようだ。魔法の使用に問題はないだろう。
「うん『青薬草』だね。手のひらに魔力を『にゅるっと』、あの『青薬草』、あの葉の下一センチくらいのところ、……っと」
すると十メートルほど道より奥に入ったところに自生していた、草の株部分が右手に乗せられた。本にある図解と葉の形も同じ。間違いなく青薬草である。
(あれ? でもなんかおかしくない?)
そのときとある違和感を感じてしまった。だが偶然その隣にも、青薬草が見えてしまったから続けて採ることが優先されてしまう。
その日のお昼までに、昨日と同じくらいの青薬草と白薬草の束。ついでに山石榴を五個手に入れることができてしまった。
(あまり取り過ぎても乱獲になっちゃうから、これくらいで今日はやめておこうね)
そう思ってアーシェリヲンは外門へ戻ることにした。
「アーシェリヲン君、また採ってきたわね……」
買い取りの受付で、マリナに苦笑される。
「はい、頑張りました」
「一応、他の同世代の探索者の子たちからは苦情が出ていないから、アーシェリヲンが気をつかってくれているのがよくわかるんだけどね」
「いえ、どういたしまして」
「でもね、連日銀貨二枚稼ぐ子もいないのよ、実際は……」
「なんていうか、すみません」
「いえいえ、うちとしては助かるのよ? 出入りの薬屋さんにも感謝されるし」
「それはよかったです」
アーシェリヲンが羽織っている外套は、ユカリコ教で支給されている神官たちが身につけているものと同じ。目立つ反面、狩りをするには少々派手。だが採取をしている今はまだ不便ではないだろう。
そのおかげもあって、探索者だけでなく町の人も見守ってくれやすくなる。それは良いことだろうと、マリナは思ったはずだ。
(あの後ろ姿、可愛らしいのよ……。それよりあの人、暇よねぇ)
アーシェリヲンの後ろをついて歩く、巨体の狼男を見ながら呆れるマリナだった。
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