第三十二話 お昼ごはんとお買い物。

 探索者協会を出たアーシェリヲンは、『れすとらん』の入店待ちの列の最後尾へ並んでいる。店内の回転率が高いせいか、案外早く順番が回ってくる。


「いらっしゃいま――あら? アーシェくんじゃないの」

「あ、レイラお姉ちゃん」

「どうしたの? お昼はうちで食べられるでしょう?」


 レイラが言うのは『神殿の食堂で食べることができる』という意味である。


「うん。でもね、『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』食べたいなって思ったんだ」

「そう、ありがとう。じゃ、ちょっと待っててね?『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』ご注文でーす」


 レイラの『うぇいとれす』姿は綺麗だと思う。おそらくアーシェリヲンは、母エリシアもこうして働いていたんだろうなと、姿を重ねていたのかもしれない。


「ごちそうさまでした」


 『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』、これが銅貨六枚だというから信じられない。確かに銅貨六枚あれば、パンを六個買える。だが、パンを六個食べたところで、この満足感は得られないだろう。


 いつも変わらぬ美味しさ。お手頃な値段。これが四百年も続いているのは驚きだと思う。


「ありがとうございます。またどうぞお越しくださいませ」


 レイラの同僚女性。要はアーシェリヲンと同じユカリコ教の職員に見送られて退店。お腹いっぱい、満足感もいっぱい。自分で稼いだお金で食べる『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』は格別だったはずだ。


 アーシェリヲンは雑貨屋を覗いていた。腰に着けている鞄は協会からの借り物。やや大きめでたまにずれてくるから、身体に合ったものが欲しいと思って見に来ていた。


(うわ、高いな……)


 そこで本でも読んだことがある、見た目以上に沢山の荷物が入るという『魔法袋』を見かけてしまった。だが、値段が高い。なんと金貨五枚もするではないか? とてもではないが手が出るわけがない。


 だが、あの魔法袋を手に入れるために頑張ってみるのもいい目標になると思った。なにより、薬草などを採取するのにとても役に立つものであるのは間違いないのだから。


 魔法袋の周りみると、見覚えのあるものも棚に並んでいる。例えば、『はぶらし』や『はみがきこ』。これらはユカリコ教の宿舎で、設備品として支給されている。同じものが置いてある理由は出所が同じ。作っているのがユカリコ教だからだろう。


 鞄が多く並んでいる棚を見る。腰に下げる鞄、肩から背負う鞄、様々なものがある。だが、十歳の子供の身体に合わせて作られたものは見当たらない。


 話を聞いてみると『子供はすぐに身体が大きくなる。だからその都度買い換える人もいない。そのため子供用は作られていないのではないか?』とのことだった。


(うん。その理屈はわからなくもない、かな? 仕方ないからしばらくは借りておこう。そうしよ。さて、と。部屋に帰るにはまだ早いし、もう一度行ってくるかな?)


 アーシェリヲンは探索者協会へ戻ることにした。


「いらっしゃいま――あらら? お帰りなさい、アーシェリヲン君。どうしたんですか? 確か帰ったと思ったんですけど?」


 総合案内をしているコレットが声をかけるが、首を傾げて不思議そうな表情をしていた。


「はい、コレットさんただいまです。えっとですね、時間がまだ早いので、もう少し頑張ろうかな? と思ったんですね」

「んー、……頑張るのはいいのですが、頑張りすぎるのはあまりよくないかもしれませんよ?」


 コレットが言いたいのはおそらく、『無理をしても仕方がない』ということだとアーシェリヲンは思っただろう。


「わかりました。気をつけます」

「いい子ですねー」

「そんなことありませんよ」


 アーシェリヲンは照れながらも、受付に向かう。そこでマリナも同じような事を言われるわけだ。


「あら? アーシェリヲン君、また来たの?」

「はい。早く青銅の序列に上がりたいですし、ちょっと欲しいものができたんです」

「あらぁ? でも、目標があるというのはいいことよ」

「はい。ありがとうございます」

「ちなみに何が欲しいんですか? ものによってはこのマリナお姉さんがプレゼントしちゃいますけど?」

「えっと、金貨五枚するんですよね……」

「金貨五枚、ですか……」

「大丈夫です。僕、頑張って買うつもりですから」


 ぺこりと会釈して、回れ右をするとアーシェリヲンは買い取り受付で籠を借り、元気に歩いて出口を目指していた。


「ガルドランさん」

「どうしたんだ? 嬢ちゃん」


 ガルドランは相変わらず、マリナのことをそう呼んでいる。


「金貨五枚するものってなんだと思いますか?」

「そうだな、どこかで見た覚えがあるんだけどな……」

「はい。私もなんとなくどこかで……」


 マリナもガルドランも腕組みをし、小首を傾げて考え込んでしまう。


 ▼


 夕方、籠に沢山の薬草を入れて戻ってくるアーシェリヲン。今回は左の道を少し遠くへ行ったあたり。その奥を中心に探して採ってきた。


 おかげで左腕にある『魔力ちぇっかー』の魔石は黄色くなっている。それでも朝から目一杯採取をしてこれなら十分割にあうだろう。体力的にはただ、歩いた疲れが残っているだけなのだから。


 昨日は陽が落ちてから帰ってきたからだと思うが、今日は夕方に戻ってくることができた。そのため、探索者協会の受付前ホールに昨日よりも沢山の人がいる。手続き関係の受付も、買い取り関係の受付も、列ができるほどの賑わいを見せていた。


「うわぁ、すっごい」

「お帰りなさいませ。アーシェリヲン君」

「あ、コレットさん。ただいまです。こんなに沢山いるんですね」

「昨日もこの時間はこれくらいでしたよ?」

「そうなんですね。僕が遅かっただけなんだ」

「あ、アーシェリヲンです。よろしくお願いいたします。アーシェリヲンです――」


 アーシェリヲンに気づいた人が手を振ると、会釈をして応じる。そんなことをしていたら、買い取りの受付で順番が回ってくるころには、陽が落ちて暗くなってしまっていた。


 買い取り受付のカウンターには、『魔石でんち』をエネルギーとして『魔力えんじん』が動いている。その力で動く時計も置いてある。この世界は時間の概念がまちまちだったのだが、聖女ユカリコが『わかりにくい』と文句を言い、あれこれ調査、検証をしつつ、一日を二十四で割り、一時間を六十で無理矢理割ってしまったというエピソードが残されている。


 今の時間は十七時三十五分。冬場だから陽が落ちるのがやや早いので、外はもう暗くなっている。実はさきほどアーシェリヲンがここへ帰ってきたのが十七時十五分あたり。列に並んで五分ほどしか経っていないことから、彼は挨拶だけで半分くらい費やしていた計算になる。


 誰もが『何してるんだろうね?』と思いつつ、『可愛いからいいか』と見守ってしまっていた人も少なくはなかっただろう。


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