第三十三話 青髪の女性。
アーシェリヲンが薬草の採取を始めて三日目になる。今日も元気に受付に並ぶ。
「おはようございます。また籠を借りたいのですが、よろしいですか?」
周りからは『例の、将来有望な子だね』のような声が上がっている。するとその声にまざるようにのっそりと大きな身体が現れる。アーシェリヲンの頭を優しく包み込むように撫でる大きな手があった。
「よう、坊主。早いな」
「あ、おはようございます。ガルドランさん」
「お、おう」
相変わらずの丁寧な受け答え。おまけにこのガルドランを怖がらない笑顔。拍子抜けをしつつも、頭を撫でるのをやめない。
「おはようございます。アーシェリヲン君。ほら、邪魔をしないでください。ガルドランさん」
「お、嬢ちゃんも早いな」
「嬢ちゃんはやめてください。私もう、十八なんですから」
(マリナさんってレイラお姉ちゃんと同じだったんだ)
「そうか、もうそんなになるんだな。ちょっと前は俺の足の間を抜けてはしゃぎ回ってた記憶があるんだが?」
「いつの話ですかっ。そもそも年もあまり変わらないじゃないですか?」
「獣人種と人種はな、成長の度合いが違うじゃないか? 俺は十年前にはもう、このサイズだったんだからな」
言い争いながらも仲が良いように見える。マリナはアーシェリヲンより大きいとはいえ、ガルドランと比べたら大人と子供。
「ガル、あんたも偉そうにしないの。マリナちゃんをあまりからかっているとね、本部長のパパさんが怒鳴り込んでくるわよ?」
ガルドランのことを『ガル』と呼び捨てにするこの声の主。アーシェリヲンが振り向くとそこには、青みがかった長い髪を持ち、耳が細長く、色白の肌を持つ綺麗な女性だった。
「そいつぁいけねぇな。うるさいヤツが来ちまう」
「パパは関係ないでしょ?」
今度は後ろを振り向くアーシェリヲン。マリナ、ガルドラン、長い髪の女性。三人に囲まれて忙しくくるくると回っている。
「本部長さん? パパさん、ですか?」
「ほら、アーシェリヲン君にもバレちゃったじゃないの」
「いや、俺じゃなく師匠がバラしたんだけど……」
青髪の女性がガルドランをガルと呼び。ガルドランがマリナを嬢ちゃんと呼び。マリナがおそらくここの責任者と思われる人をパパと呼び。ガルドランが青髪の女性を師匠と呼んだ。
アーシェリヲンは腕組みをして考え込んでしまう。
「あのねアーシェリヲン君」
「はい?」
「私のパパがね、ここ、探索者協会ヴェンダドール本部の本部長をしてるわけなの。本当はここで働くつもりはなかったんだけど、パパがどうしてもっていうから仕方なくね。でも、アーシェリヲン君と出会えたから、悪いことばかりじゃないのかなって思うようになったわ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
アーシェリヲンはお辞儀をしようとしたのだが、ガルドランの手に阻まれてうまくできないでいる。
「ガルドランさん駄目でしょ、アーシェリヲン君の頭押さえちゃ」
「そんなに強くしてないんだけどな。苦しいか? 坊主」
「いえ、大丈夫です」
「ほら、大丈夫だって坊主も言ってるじゃないか?」
「だからってずるいですよ。私だって我慢してるのに……」
微妙にマリナの手が届かないところで、アーシェリヲンの頭を撫でてみせるガルドラン。
「なるほどね、この子がガルの言ってたあの子なのね」
「はい? あ、僕ですか? アーシェリヲンと申します。先日よりこの探索者協会でお世話になっています。どうぞ、よろしくお願いいたします」
青髪の女性にお辞儀をしようとするのだが、ガルドランの手が邪魔をしてちょっと間抜けな表情になってしまう。
「うふふふ。可愛らしい子だこと」
『そういえばアーシェリヲン君は、どんな加護を持っているのかな?』
そう、ある探索者が尋ねると、マリナは慌ててしまう。
「ちょっと、それは聞かないのがルールだって――」
「はい、『空間』の加護で、空間魔法を持っています」
すると周りから『あぁ、そうなんだね』とか『聞いて悪かったね』と、残念そうな空気を漂わせる結果となってしまった。
探索者の間でも、空間魔法は残念な部類に入るようだ。だがすかさずガルドランとマリナがフォローを入れる。
「あのなぁ。登録初日で銀貨二枚分稼いだんだぞ? 坊主は。他にそんな真似が出来たヤツはいるのか?」
ガルドランは口元の牙をむいて、力説する。
「そうよ。加護なんて関係ないわ。アーシェリヲン君はね、とても勉強熱心で、何も教えていないのに採取の試験に合格したんだから」
ガルドランの手をぱしっと叩いてどかし、青髪の女性は改めてアーシェリヲンの紙を撫でる。
「なるほどね。そんなに優秀な子なら、加護は関係ないと思うわ。ところでそんな知識をどこで覚えたんだだろうね?」
「はいっ。この本を読んで勉強しました」
アーシェリヲンが腰鞄から取り出したのは、探索者なら一度は見たことがあるもの。ただ、買ってまで読むかといえば、それはほんの一握りの者だけかもしれない。
「あぁ、懐かしいわね。これはその昔、あたしが書いた手引き書じゃないの?」
「……え? 貴女が書いたんですか?」
「そうだねぇ。どれくらい前だったかな?」
青髪の女性を尊敬の眼差しで見るアーシェリヲン。薬草を採っている彼にとって、この本はバイブルみたいなものだから。
「確か、五十年、いや、六十年ほど前だったと思うのよね……」
「え?」
ガルドランがアーシェリヲンを取り返して、くしゃりと頭を撫でる。ガルドランは頭を撫でるのが好きらしい。
「よし坊主、俺が昼飯をおごってやる。なんでも好きなものでいいぞ? 何がいい?」
「いいんですか?」
「あぁ。こう見えてもな、俺は銀の序列なんだ。金なんて腐るほど稼いでるから気にするな」
「……ぎ、銀の序列なんですね? 凄いなぁ、凄いなぁ……」
「お、おう。もっと褒めてくれてもいいんだぞ? 来年には金の序列に上がる予定だからなっ」
アーシェリヲンは今度はガルドランを見上げて驚いている。その目は、先ほど青髪の女性を見たときと同じだった。
「ガルが上がるわけないじゃない? 今のあなたがあたしと同じに? 寝言は寝て言いなさいね?」
「同じって、え?」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか……。それに師匠はもう二百年以上生きてるんだ。当たり前じゃないか?」
「ガル。あたしはまだ『百九十八歳』よ。それに女性の年をバラすだなんて、なってないわ」
「え? ひゃくきゅ――」
青髪の女性はアーシェリヲンの頭を左手で撫で、彼の唇に右手の人差し指を添えた。
「アーシェリヲン君。あたしはメリルージュ。金の序列でエルフなの。だから長寿なのよ」
「金の序列っ?」
「このガルなんてね。こーんな小さなころから知ってるの」
メリルージュは、親指と人差し指で一センチくらいの幅を作ってみせる。
「そんなに小さいわけ――」
メリルージュがガルドランを見上げて、見下ろすような目を見せる。すると、大人しくなってしまった。
「あたしからみたらね、二十四歳のガルなんて、アーシェリヲン君と同じ子供なのよ? わ・か・る・か・し・ら?」
「はい、ごめんなさい」
「改めてよろしくね。可愛らしい探索者のアーシェリヲン君」
「はい、よろしくお願いします」
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