第六十八話 ヴェルミナの正体。
アーシェリヲンの向かいにヴェルミナ。ガルドランの向かいに座るだろうと思っていたクレイディアは、まだ座ろうとしないでいる。
「クレイディアさん。人払をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
そう言って部屋を後にするクレイディア。残ったのはヴェルミナ、アーシェリヲン、ガルドランの三人だけ。
「そうなのね。ありがとう。……さて、どこから話したものかしらね?」
「あの、僕、心配おかけしてしまって、申し訳ありませんでしたっ」
「いいんですよ。あなたが無事であるなら、わたくしは何もいうことはありません」
「ですがその、僕のせいでユカリコ教が、探索者協会がこの国に……」
「そんなの当たり前じゃないの?」
「はい?」
アーシェリヲンが知るヴェルミナらしい穏やかな物腰ではなく、別人のような口調でさらっと言いのける。だから先ほどのガルドランに負けないほど、素っ頓狂な声を出してしまった。
「当たり前なんですよ。わたくしの命よりも大事な可愛らしい甥を、このような酷い目に遭わせた張本人が潜んでいるかもしれないの。それどころかその輩を、かくまっている者もいるかもしれないという情報まで手に入れたのよ? だからわたくしは、この国のお尻を叩いたに過ぎないの。これくらいならまだ優しいものだわ。なんなら兄にお願いして、ヴェンダドールとともにこの国を攻め落とさせても――」
ヴェルミナの暴走は止まらない。彼女の正体をある程度ビルフォードから知らされていたガルドランは寒気を感じる。自分が生まれ育った国の国王を動かすほどの権力を持つ女性が目の前にいたのだから、仕方のないことだろう。
「あの、甥御さんって、どなたのことですか?」
「アーシェリヲンちゃん、あなたのことよ」
「はい?」
近隣国家の情勢に疎いとされる、ガルドランであってもようやく、アーシェリヲンがとんでもない生まれだと気づいたはずだ。同時に、師匠であるメリルージュがなぜアーシェリヲンから学べと言ったのか? アーシェリヲンを命がけで守れと言ったのか? これでやっと辻褄があったというものだろう。
アーシェリヲンはちょっとしたパニック状態にあるのだろう。ヴェルミナの話についていけてないようだ。
「わたくしはね、あなたの母の伯母で、あなたのお爺さんの妹なの」
「え? ちょっと待ってください。お爺さんの妹さんということは、ウィンヘイム本家の、侯爵家の?」
「いいえ、ちょっとだけ違うのよ。……兄さんったら、アーシェリヲンちゃんに、きちんと名乗っていなかったのね? おそらく義姉さんもそうなんでしょうね」
「え?」
「兄さんの名前はね、レイデット・ルイ・グランダーグなの」
「え? それって国王陛下の、……あれ? ということはお母さんは?」
「そうよ。エリシアもね、第六王女だったの。どうしても『れすとらん』で『うぇいとれす』になりたいという我が儘を言うものだから……」
「はい?」
「元々ね、グランダーグにウィンヘイム侯爵家なんてなかったの」
「え?」
「ウィンヘイムはね、わたくしが公爵となったときにね、名乗るはずだった家名なのよ。でも、ユカリコ教に入っちゃったものだから、なくなってしまったのね。それで我が儘を言ったエリシアのためにね、ウィンヘイム侯爵家をでっちあげて、そこの生まれということになっただけなのよ」
「な、何ですかそれ?」
「公爵家だったら、王家の血筋だってバレてしまいますからね」
なんと、ウィンヘイム本家は存在しなかった。そうでありながら、祖父と祖母はウィンヘイムを『名乗っていただけ』ということになる。アーシェリヲンは混乱状態になってしまっていた。
「先日わたくしにね、あなたが無事だという知らせが入ってね、すぐにエリシアにもフィリップにも教えたわ。エリシアなんて、安心して泣いてしまっていたのよ」
「お母さんが……」
「ちょっと待ってください。アーシェの、いえ、アーシェリヲン、君の母君はもしや、あの、癒やしの王女様。ということはその、エリシア様の子、というなんですか? いや、アーシェリヲン君は、どうなっているんだ? ユカリコ教で育ったって、あれ?」
少なくとも、ガルドランの頭の中では、エリシアは有名だったらしい。それでもまだ頭の整理ができていないようだ。それでも、アーシェリヲンのことを『アーシェの坊主』から『アーシェリヲン君』と言い直すくらいになったのは、多少状況が変化したことに気づいたからなのだろう。
「ガルドランさん。あなたも師匠のお弟子さんなのですから、事情を知っておいていいでしょうね」
「は、はいっ」
「わたくしは、ヴェルミナ・ユカリコレストと名乗っていますが、本名はヴェルミナ・アム・グランダーグなのです」
「え? と、ということは、アーシェリヲン君も?」
「そうですね。アーシェリヲンちゃんは、公式には生まれていないことになっていますが、グランダーグ王国、ウィンヘイム伯爵家の長男なのです。第一位ではありませんが、王位継承権を持つはずでした。ですが、洗礼の際に、空間の加護を授かってしまい、今の情勢だと貴族の跡取りとしてお披露目をしたら、他の家々から不満の声が出てしまうという懸念が考えられたのです」
「……はい?」
「そのため、エリシアのときのように、わたくしが引き取ったという形になっているのですね」
ガルドランは生唾を飲み込んでしまう。
「聖女ユカリコ様がこの世を去ってからおおよそ四百年。比較的魔力の総量が多めの貴族たちの間には、それなりの加護を授かることが多かったのです」
「は、はい」
「そのため、アーシェリヲンちゃんが授かった空間の加護は、貴族たちの間ではあり得ないものになっていたのも情けない事実です。アーシェリヲンちゃんはその、馬鹿げた風習のため、家に戻ることができないでいるのです。聖女ユカリコ様がご存命でしたらきっと、嘆いたでしょうね……」
これが、メリルージュのいう『アーシェリヲンの真実』だったのだろう。
「正直驚きました。……でもどっちにしても僕は、家に帰れないんですけどね」
アーシェリヲンの言葉でガルドランは気づいた。
「……ちょっと待ってください。ヴェルミナ様」
「ヴェルミナさん、でいいわよ。わたくしの弟弟子なんですからね」
「はい、ありがとうございます。あの、アーシェリヲン君が
「もちろん入っているわ。兄さんは安堵していたけれど、義姉さんがね、……攻め滅ぼすべきだと言うのよ」
「うわ、それはなんとも」
「え? お婆さんが?」
確かに、アーシェリヲンの祖母、フランソワーゼは彼のことを溺愛していた。
「そうね。兄さんが抑えてはいるけど、この国の出方次第ではどうなるかわからないわね……」
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