第六十七話 司祭長室で待っていたのは。
半日過ぎて、エリクアラードに到着。探索者協会支部に戻ってその場で解散。メリルージュに頭を下げて、支部長ヘイルウッドの元へ急ぐビルフォード。おそらくこの事件の裏側で糸を引いている者の証拠を届けるのだろう。
「アーシェ君、神殿でゆっくり休みなさい。明日、また会いましょう」
「はい、メリルージュ師匠」
「ガル、あなたついて行きなさい」
「え? あ、そうですね」
「おそらくだけど、アーシェ君の真実に触れることもあるかもしれないわ。覚悟していきなさいね」
「師匠、それってどういう?」
「いいからいいから。あと、忘れちゃ駄目よ? 『メリルージュの弟子であり、アーシェリヲンの兄弟子で、護衛を任されている』としっかり伝えるの。そうすればあなたも神殿へ入れてもらえるわ」
「そうなんですか?」
ガルドランはアーシェリヲンを見るが、『どうなんでしょうね?』と首を傾げられる。
「ほら。いってらっしゃい」
「はい、メリルージュ師匠。ではまた明日です」
「えぇ。いい子ね。また明日」
「師匠、では、いってまいります」
「しっかりね、ガル」
「はい。今度は必ず」
ガルドランはいつものように、アーシェリヲンを肩に乗せて探索者協会を出る。
「あ、こっちです。そこを曲がってすぐありますから」
隣り合わせのブロックにある、ユカリコ教の神殿と『れすとらん』。
「そうなのか? ってほんとに近いんだな、……あ、そういや」
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
さっきまで揺れていたガルドランの尻尾が、今は大人しくなっている。おそらくは、このエリクアラードに到着するまで、船の上でひたすら小言を言われたことを思い出したのかもしれない。
ガルドランは『れすとらん』を利用したことはあるが、神殿に入ったことは一度だけ。十四年前に洗礼を受けたときだけである。彼の場合は礼拝堂だったから、神殿内部へ入る方法を知らない。
「あ、ここです」
「お、おう」
アーシェリヲンを肩から降ろしたガルドラン。左右を見るが、神殿入り口が見当たらない。
「こんにちは。この人は、僕の護衛で、兄弟子のガルドランさんです」
「そ、そうなのね。どうぞ、入ってください」
雑貨屋で店番のようにみえるユカリコ教の職員女性。獣人を見るのは初めてではないにしても、ガルドランの大きさに少々驚いたのかもしれない。
「アーシェの坊主、ここ、雑貨屋じゃないのか?」
「あ、忘れてました。ここから入るんです」
アーシェリヲンが奥のドアを開けると、そこにはガルドランには予想していない光景。部屋ではなく、ユカリコ教神殿内部へ繋がる通路があったからだ。
「え?」
「はい、こっちです」
慣れない状況に恐縮しながら、アーシェリヲンの後をついていく。通路側へ抜けると、先ほどの女性がドアを閉めたようだ。
ガルドランは思い出す。メリルージュから言われた、これから待っている真実とは、どのようなことだろうか? と。
ビルフォードから説明を受けた、ユカリコ教の総司祭長ヴェルミナのこと。彼女がアーシェリヲンを大事にしているらしいということ。情報が足りなすぎて、ガルドランには予想がつかない。
それでもメリルージュが覚悟をしなさい、そういうのだから、そうするべきだろう。何を知らされても、受け止められる覚悟だけはしなければならない。ガルドランはそう思っていたはずだ。
中庭に抜けた。そこにいた女性の職員がアーシェリヲンに気づいた。
「あ、アーシェリヲン様がお着きになりましたっ」
誰かに伝えるかのように、やや大きな声でそう言うと、どこかへ走っていってしまう、女性職員。すると早足でぞろぞろと出迎える巫女姿、職員姿の女性がずらり。『れすとらん』で働く以外の人が集まってしまったかのようだ。
ぽかーんと立ち尽くすアーシェリヲン。ガルドランもやや困惑気味。
「い。いつも、こんな感じ、なのか?」
「いえ、初めてです。何が起きてるんでしょうか?」
整列が終わったかと思うと、皆一斉に会釈をする。
『お帰りなさいませ、アーシェリヲン様』
「へ?」
「いや、絶対なにか、……あ」
「何か思い当たる節があるんですか?」
「いや、うん。いけばわかると思うぞ」
思い当たるどころか、船でひたすら小言をくらったガルドラン。彼ならこの先にいる女性が誰かわかってしまっただろう。
何はともあれ、ここの司祭長であるクレイディアに報告をしなければならない。彼女にいってらっしゃいと送り出された関係上、戻ったという報告をするのが義務だと思ったからだろう。
「俺、気味悪いんだけど……」
「僕も何が起きてるのかわかりませんって……」
兄弟子と弟弟子は、びくびくしながら司祭長室へ向かっていく。突き当たりまでたどり着き、ドアをノックする。
「あの、アーシェリヲンです」
『入ってもらって構いませんよ』
「あれ?」
「うん」
司祭長のクレディアではない。だが、アーシェリヲンもガルドランも、聞き覚えがある。
アーシェリヲンにとって、ここにはいないはずの女性の声がする。ガルドランだけは、『やっぱりそうか』と思っただろう。もちろん、何か言われる可能性を考えて、身構えたのは仕方のないことだ。
ドアを開けて司祭長室へ入ると、そこにいたのはクレイディアだけでなく、なんとグランダーグにいるはずの司祭長ヴェルミナだった。驚くアーシェリヲン、『やっぱりな』と頭を抱えそうになるガルドラン。
ヴェルミナは立ち上がってアーシェリヲンに歩み寄る。するとそのまま抱きしめたのだった。
「無事でよかったわ。もう二度と会えないかもと思っていましたよ」
「ご無沙汰しています、ヴェルミナさん」
「あら? そちらの方はどなたです?」
アーシェリヲンの肩越しに、微笑むヴェルミナ。その表情はとてもわざとらしい。
(なるほど、これはあれだ。師匠が言ってたあれだ)
ガルドランは
「おれ――、いえ、私はメリルージュ師匠の弟子で、アーシェリヲン君の兄弟子でもあります。師匠からアーシェリヲン君の護衛の任を任されている、名をガルドランと申します」
名乗りを終えると、深々と腰を折り、会釈をする。アーシェリヲンは驚いた。これまでにないほど、しっかりとした受け答えをガルドランがしていたから。
「あらまぁ。師匠のお弟子さんなのですね?」
「……はい?」
せっかく気合いを入れ直して、きちんとした挨拶ができたと思っていたガルドラン。それが意外な答えが返ってきたものだから、思わず力の抜けた声を上げてしまった。
「わたくしはですね、メリルージュ師匠の弟子なのです。あなたたちの姉弟子でもあるんですよ」
「え? そうなんですか?」
アーシェリヲンも流石に驚きを隠せないでいる。
「ほら、こちらへおかけなさいな」
「は、はい」
アーシェリヲンは低めのソファーに腰掛ける。ガルドランは彼のやや斜め後ろに立ったまま。
「ほら、ガルドラン君も座ってください」
「いいのですか?」
「えぇ。同じ師を持つ者同士なのですからね」
「では、失礼いたします」
ガルドランはアーシェリヲンの隣りに座って、深く息を吐いた。おそらく、失敗しないで受け答えができていたことに対する、一息つけた状態だったのだろう。
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