第六十六話 調査結果。
「これをアーシェの坊主が?」
「はい」
「なるほど。これがあの『加護』の本質というやつなんですね。姉さん」
「ビルは聡いわね。でもあたしの口からは何も言えないわ」
「そうです。僕の加護はこういうこともできるようになったんです」
じっとビルフォードは見る。ガルドランがあることに気づいた。
「これ、姿を消したヤツの匂いがします」
「あたしたちにはわからないんだけどね」
「そうですね姉さん。ガルドランの鼻じゃないと駄目でしょう」
「あー、嗅覚に優れている獣人さんだからなんですね?」
「お、おう……」
ガルドランの尻尾はぱたりぱたりと左右に振れていた。
「ということはあれですね、姉さん」
「そうね。支部長のヘイルウッド君に任せたらすぐだと思う」
「確か、探査魔法を持っていると聞きましたけど?」
「そうね。ある意味恐ろしい加護を持ってるわ」
探査の加護、探査魔法は調査に特化したものである。探索者協会にも数人属しており、支部長のヘイルウッドが熟練者として名を馳せている。
本来探査魔法は、獣などの駆除に使用されることが多い。近距離であればガルドランのような獣人の嗅覚にも匹敵するとされている。
ただ、獣人の嗅覚と違うのは、探す元が匂いではないことと、探すべき元となるものが必要になることだ。同じ大陸であれば、方角を導き出すことが可能である。熟練の域に達すると、方角だけでなく距離まで把握できるらしい。
ただ、探査魔法は万能ではない。魔力の消耗が激しいので、長時間作用させることが困難であること。海を越えることが不可能なこと。地上にしか反応しないことなどが上げられる。アーシェリヲンのような攫われた人たちを地下に隠していたのはきっと、探査魔法を逃れるためだと思われていた。
▼
探索者側が捕縛した盗賊と思わしき者は三十一名。馬車の隊列、その中央を進んでエリクアラード王国へ向かっている。
捕らえた者は捕虜となり、尋問に特化した探索者が情報を聞き出す。その重要性によって罪を軽くなるよう、手心を加えると甘い汁を匂わせる。
極刑が労役に変わるか、そうでないか程度だが、使える者はヴェンダドールで本当に強制労働に送られる可能性もあるわけだ。それはごく僅かな確率なのだろう。
同時に、エリクアラード支部、支部長のヘイルウッドに例の証拠の物品が手渡された。数日かからぬうちに調べ、首謀者を割り出すつもりでいるとのことだ。
その結果は探索者協会だけではなく、ユカリコ教にも報告、共有されることとなる。その後、状況に応じて相応の対応がとられると考えられるだろう。
アーシェリヲンの乗る馬車には、往路と同じメリルージュ、ガルドラン。そこに兄弟子の一人、ビルフォードが乗っている。彼は御者として、馬車を操縦しているのだ。
「ビル。前の馬車との間を開けなさい」
「はい、姉さん」
メリルージュは前後の距離を確認。すると魔法袋からある魔道具を取り出す。それは香炉に似たもので、中央に魔石がはめられている。
「アーシェ君。魔力を注いでもらえる?」
「はいっ」
アーシェリヲンが魔力を注ぐと、透明だった魔石は、赤く、最後に青くなっている。それはまるで『魔石でんち』のようだ。
「……これで馬車から音が漏れないわ」
メリルージュの前にある魔道具は、防音効果か盗聴防止効果があるのだろう。
「ビル」
「はい、姉さん」
「この一件が片付いて、引き続きが終わったらね、あなたもヴェンダドールへいらっしゃい」
「俺、初めからそのつもりだったんですが……」
「そう? ならいいわ。あたしはあんたが来たら、筆頭を降りるわ。アーシェ君だけを見守ることにするからね」
メリルージュは改めて、アーシェリヲンが起きているときにはっきりさせておくつもりなのだろう。
「はい」
「ビルも、アーシェ君の魔法に薄々は気づいていると思うのだけれど」
「師匠、さっき見せてもらったアーシェの坊主の魔法のことですよね? かなり器用だとは思いましたよ。でもどうやって『あれ』を手に入れたんだろう?」
ビルフォードは『うわ、やっちまった』という表情。メリルージュは『この子は……』という感じ。
「え? 俺何か変なこと言った?」
「実際に見てもわからなかっただなんて、……いいの。あたしの育て方が間違ってたのね。まさかこんな、おバカな子に育ってしまっただなんて……」
「え?」
「あとでビルに教わりなさい。ビル、あなたは気づいているわね?」
「はい。魔法の恐ろしさはまさかあのようなところにあるとは、思いませんでした」
「そうね。あたしだって、あんな使い方ができるなんて思わなかったもの。……アーシェ君」
「はい」
「あなたはその魔法、一人でいるときはね、人前で使っちゃ駄目。採取のときでも、ガルを連れていきなさい」
「はい、わかりました」
「ガル」
「はい、師匠」
「アーシェ君の警護、任せたわよ。命がけで守りなさい」
「……はい」
「一緒にいるときは、アーシェ君の成長に合わせて、体術を教え直すこと。いい?」
「わかりました」
メリルージュはただ引退するわけではない。アーシェリヲンだけのために、時間を使うつもりなのだ。興味であり、愛情であり、使命でもあると考えているだろう。
「あの、ビルフォードおじさんがエリクアラードからいなくなったら、この支部の筆頭さんはどうなるんですか?」
「あぁ、それは心配ない。金の序列に上がれるやつがいるからな。後任はそいつに任せるつもりだ。それにな」
「はい」
「うちのかみさんも喜ぶんだよ。俺と同じでヴェンダドール出身だから」
「奥さん、いるんですね?」
「兄さんの奥さん、凄く若いんだ。確か俺より五つ年上だったと思ったんだけど」
「え? それだと、二十歳も……」
「ば、馬鹿野郎。言わんでもいいことを……」
二人を見て微笑むメリルージュ。気がつけばカンテラのような魔道具はもう出されていない。誰に聞かれても大丈夫だと判断したのだろう。
「ガル、あなたのあれも、なんとかしてあげるわ。確か、イレイナアリーアちゃんだったかしら?」
「え? ちょ、師匠。なんで知ってるんですか?」
「アーシェ君。この件が落ち着いたらね、途中で寄り道して、ガルの故郷へいきましょ? そこでガルのお嫁さんを連れて帰っちゃおうと思ってるのよ」
「はいっ」
「いやちょっとまって、それは俺が自分で……」
「あのね。いつまで待たせるつもりなの? ガルが金の序列になるまで、あと何年かかると思っているのよ? それこそ、ビルと同じくらいの歳になっちゃうわよ」
「いやそれはその」
「相手がいくら獣人さんでもな、その歳まで待たせるのはどうかと思うんだが」
ビルフォードも思わずツッコミを入れてしまう。
「すみません。俺が駄目で……」
「謝るのはイレイナアリーアちゃんにでしょ?」
「はい。そうです。けれど、あのクソ領主が、話を聞いてくれるかどうか?」」
「アーシェ君を誰だと思ってるの? 探索者の夢よ、希望よ? そんな子の兄弟子なんだから、もっと自信を持ちなさい」
「いやそれって、俺の実力じゃないでしょ?」
「夢や希望だけで済めばいいんだけどね」
メリルージュは何やら含み笑いをしているのだった。
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