第六十五話 件の地下室。

 アーシェリヲンがここを逃げ出したときを思い出すようにして、彼が捕らえられていた建物へ向かっている。違いを見分けながら、なんとか、商店だったと思われる跡地へ到着した。


「メリルージュ師匠。僕たちが捕らえられていた建物は、あそこだと思います」

「ガル。匂いはどう?」

「はい師匠。……誰もいないと、思います。あ」

「どうしたの?」

「いえ、アーシェの坊主と、あの女の子の匂いが残っているんですよ」

「それはそうでしょ? アーシェ君が、捕まっていた場所だって言ってるんだから」

「そりゃそうなんですけどね」

「メリルージュ師匠、ガル兄さんはきっと『だから間違ってない』って言おうとしてくれたんですよ」

「そう、その通りなんだ」

「わかってるわよ。それくらいね」


 アーシェリヲンは苦笑し、ガルドランはちょっとしょんぼりした感じになってしまう。こんな緊張した中でも、メリルージュは二人を、リラックスさせようとしているのは十分わかっている。


 ガルドランは『魔石でんち』で動く、カンテラのような明かりを魔法袋から取り出した。一つをアーシェリヲンに渡すと、もう一つは自分で持っている。


 この建物は平屋で、元は雑貨屋かなにかだったのだろう。外はもう明るくなっていたが、それでも室内は薄暗い。


 地下への階段は、一階の一番奥。外からはわからないように、古くさい木組みの衝立ついたてのようなものがくるぶしくらいの高さで作られていた。これだと建物の表からは、階段があるとは思えないだろう。


 階段を降りていくと、地下へ到達する。地下一階より深い場所はないように思える。ただ、通路が長く、思ったよりも広く感じる。


「あー、そういうことなんですね」


 アーシェリヲンは何か感づいたのだろう。


「どうしたの?」

「いえ、この建物に比べて、地下室が綺麗すぎると思ったんです」


 確かに、雑貨屋と思われる部分は、かなり古い感じがする。だが、地下の壁はやたらと綺麗である。最近作ったのではないかと思えるほどだ。


「あ、そういうこと」

「はい。おそらくは、あとからなんらかの加護、……そうですね。土系の加護の魔法。いわゆる土魔法で掘削したんだと思われます」

「ガル?」

「はい」

「あなたは気づいた?」

「ぜんぜんですごめんなさい」


 ガルドランに尻尾は微動だにもしていない。真面目に落ち込んでいるようだ。


「ほんと、きんになるのはいつになることやら。もしアーシェ君に抜かれでもしたらね」

「いやそんなことはないですって」

「破門しようかしら?」

「か、勘弁してくださいよ……」


 確かに、アーシェリヲンが言うように、床も比較的荒れていない。


「この左側に、男が二人いました」


 この部屋は、アーシェリヲンが誘拐の実行犯を一部壊した部屋だ。あのときのまま、酒瓶も置いてある。


「僕は誘拐犯たちの、両手の親指と、片足を足首から切り離しました」

「えげつねぇ……。でもどうやって?」

「ガル」

「はい、師匠」

「加護よ。これ以上は、アーシェ君に聞きなさい。アーシェ君」

「はい」

「ガルとビルになら教えてもいいわ」

「わかりました。ガル兄さん、これ、手のひらに乗せてください」


 アーシェリヲンは魔法袋から、山石榴を取り出し、ガルドランに渡す。


「こう、でいいのか?」

「はい。そのまま動かないでくださいね。んっと『山石榴、半分だけ』」


 アーシェリヲンの言葉の後、ガルドランの手のひらは果汁で濡れていた。


「こういうことです」


 もう半分をガルドランに手渡す。その切り口は、ナイフなどより鋭利なものだったはずだ。


「うーわ、えげつねぇ……」


 そう言いながら、二つともペロリと頬張ってしまう。


「ガル、魔法はね、一度に込められる魔力が多ければ多いほど、制御は難しくなるのだけど、効果は恐ろしいものになる。前に教えたわよね?」

「はい、なるほどそういう……。どっちにしても、えげつねぇ」

「ここに一人座って、ここに一人壁にもたれるようにして、……落ちていませんね。でもほら、ここに血が」


 落ちていないと言ったのは、アーシェリヲンが切り離した指や足のこと。彼が言うように、血が乾いたような跡は残っている。


「他に血がないところを見ると、ここで処分されてはいないんでしょうね」

「はい。そうだと思います」

「……そうね。ガル」

「はい」

「ここにあるもの全部、持ち帰りなさい」

「わかりました」


 ガルドランが証拠品を集めている間に、アーシェリヲンとメリルージュは奥の小部屋を見てくる。


「ここです。隣りにリルメイヤーさんがいました」


 小部屋の前に、金属製の大きな扉が立てかけてある。隣りも同様に立てかけてあった。これは人為的に行ったとしか思えない。


「これはアーシェ君が?」

「はい。魔法袋でやりました」

「音をたてないで開ける方法なかぁ。こんな使い方もあるのよね、うん。あたしは試そうと思えなかったけど」


 メリルージュは感心する。発送の転換方法はさすがアーシェリヲンだと思った。


 明かりの魔道具で室内をかざすと、前には見えなかった部屋の内部がはっきりとしてくる。だが、何もない。元は倉庫かなにか。そうでなければ、一時的に攫ってきた人を留めておく場所なのだろうか?


「ガル」

「はい」


 背後からガルドランの声。証拠品の回収が終わったのだろう。


「誰もいないわよね?」

「匂いはありません」

「これ、魔法袋でやったんですって。同じようにして全部の部屋を確認なさい。何かあったら回収するように。いいわね?」

「こりゃ、楽ですね。はい、師匠」


 リルメイヤーの捕らえられていた部屋も、同じように何もなかった。ガルドランも戻ってきてメリルージュに報告。


「そう。たいしたものはなかったのね?」

「はい。酒や穀物。そんなのはありましたけど、盗んできたものをここに置いてあるわけじゃないみたいです」

「わかったわ。地上うえに戻りましょ?」

「はい」

「はい、師匠」


 地上に戻ると、何やら大きな馬車が到着していた。そこに捕縛していた盗賊たちを詰め込んでいく。おそらくは探索者協会が用意した護送車なのだろう。


 マグダウェイ副団長を始め騎士たちも集まっていた。見て左側は、騎士たちが討伐を行った建物があり、右側は探索者たちが捕縛、調査を行った建物がある。


 マグダウェイ副団長と、ビルフォードが並んで立っていた。マグダウェイの口からこの度の討伐は完了したが、首謀者と思われる男を取り逃がしてしまった。この後も捜索は続けると告げられる。


 少なからず、証拠も回収された。いずれ追い詰めることもできるだろう。そう続けて話があった。


 こうして、元宿場町の調査及び討伐は完了したのであった。


 帰りの馬車の中、ビルフォードを加えたアーシェリヲンたち四人はメリルージュから話があった。


「アーシェ君が手に入れた確固たる証拠。これがあれば首謀者は追い詰められるわ」

「え? そんなものがあったんですか? 姉さん」

「そうよ。手を出しなさい」

「はい」


 ビルフォードは手のひらをメリルージュの前に差し出す。彼女は彼の手の上に手のひらをかざす。


「はい」


 そこにあるのは、何かが包まれた布。おそるおそる開いてみると。


「……げっ」

「げっ……」


 ビルフォードとガルドランは絶句する。


 それはそうだろう。ビルフォードの手のひらには、布に包まれた人の指が乗せられていたのだから。


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