第二十八話 はじめての報酬。

「こんばんは」


 会釈をして挨拶。歩き始めてまた、声をかけてもらうとまた立ち止まって挨拶。そんな繰り返しで気がつけば完全に日が傾き、空が真っ赤に燃えていた。


 探索者協会の建物に到着。扉の前に立つと自然とスライドして開く。


「いらっしゃいませ――あ、アーシェリヲン君ですね? お疲れ様です」


 総合受付の女性が前のように挨拶をするのかと思いきや、言い直してくれる。名前を覚えてくれているようだ。


「はい、ありがとうございます」

「本当に礼儀正しいんですね。私は新人で、総合案内のコレットと申します。よろしくお願いしますね」

「はい。コレットさん。僕は」

「わかっていますよ。アーシェリヲン君」

「あ、そうでした。さっきも」

「そうですね。ガルドランさんとのやりとりを見ていましたので」

「そうなんですか。あははは」


 途中、探索者たちに声をかけられて、その都度挨拶をしているアーシェリヲン。やっとマリナのいる受付へたどり着いた。


「おかあえりなさい、アーシェリヲン君」

「はい。白薬草とってきました」


 アーシェリヲンはくるりと回れ右をして背中の籠を見せようとする。


「それならあちらの買い取り受付へお願いできますか?」


 マリナが指さすところに確かに『買い取り』と書いてある受付があった。言われるようにして


「ではアーシェリヲン君。とってきてくれた白薬草をここに並べてくれますか?」

「はいっ」


 アーシェリヲンは籠を受付のカウンターに寝かせる。自分のほうへ上部分を向けると、かけてあった布を外す。一つ、また一つと束になった白薬草が並べられていく。


「…………」


 その状況を唖然あぜんとしながらみることしかできないマリナがいた。アーシェリヲンは全部を並べ終わる。籠をカウンターから降ろすと前を向いて笑顔。


「マリナさん、これで全部です」

「……アーシェリヲン、君?」

「はい?」

「これ、あなたがとってきたの?」

「そうですけど、とりすぎましたか? なるべく手前のものは他の人の迷惑になると思って手をつけないようにしたんですけど」

「いえ、それはとても優しいとは思うのですが」


 並べまくった白薬草、十株の束がなんと五十七もあったのだ。


「はい?」

「一人でここまで取ってくる人がいないのよ。だから驚いてしまっただけ」

「そうだったんですね。僕、頑張りましたから」


 マリナはアーシェリヲンがとってきた白薬草の株を一つ一つチェックしていく。


「……見事な切断面ですね。これも、これもこれも。誰かに教わったの?」

「この本に書いてあったんです」

「そういえばそうだったわね。……ということは根の残し方も?」

「はい。刈り取るときは根は抜かないと書いてありましたから」

「合格よ。同世代の探索者になりたての子たちはね、根元から抜いてきちゃう子が多いの。そのときはね、買い取りはしても序列点はあげないことにしてるのね」

「そうなんですか」

「えぇ。そうして一つ一つ学んでいくの。そうしないとね、周りの人が迷惑してしまうでしょう?」

「ここにもね、無料で読んでもいい本を用意してるの。でも読まない子が多くて……」


 腕組みをして困った表情をするマリナ。本が好きなアーシェリヲンにはちょっとあり得ないと思ってしまう。彼には、新しい本があれば読みたいと思うのが普通なのだから。


 おそらくは最初の依頼で失敗させることが、ある意味教育に繋がっているのかもしれない。だがアーシェリヲンは、失敗しなかった。それはきっと、他の子たちと読書の量が違っていただけなのだろう。


「採取って簡単に思えるけれど奥が深いでしょう? 皆が飲む薬になるのだから、丁寧に扱うのが当たり前なの。それを覚えて始めて依頼達成に繋がるわけなのね」

「そうなんですね」

「アーシェリヲン君ならきっと、一月ひとつきもしないうちに青銅の序列へ上がることができるかもしれないわね」

「はい。精進します」

(難しい言い回しを使う子ね。賢いというか、年相応に見えないところが多いのよね)


 マリナはこれまでのアーシェリヲンを見てそう思った。


「では、手続きをしてしまいましょうね……」


 白薬草を二株で銅貨一枚だから、十株の束一つで銅貨五枚。全部で銅貨なら二百八十五枚。


「えぇと、銀貨二枚、鉄貨八枚、銅貨五枚なのね」

「え? そんなになりますか?」

「いえ、薬になるからあればあるだけ助かるのよ」

「それならよかったです」

「えぇ。カードいいかしら?」

「はいっ」


 アーシェリヲンは、『支払い』と書かれた白い石盤型の道具にカードを乗せる。カードの魔石が光って処理完了を示した。


「はい。いいですよ」

「ありがとうございます。それじゃ僕そろそろ」

「えぇ。気をつけて帰ってくださいね」

「はいっ」


 ぺこりと会釈して回れ右。ホールを出るまでにまた、会釈を何度か重ねていく。


「マリナさん、とんでもない子が現れましたね」

「えぇ、まさかここまでとは思わなかったんですけどね」


 マリナたちは、目の前に積まれた白薬草の束をみて少々呆れてしまうのだった。


 探索者協会はこのヴェンダドールにとって大事な施設ということもあり、商業施設のある地区に存在する。アーシェリヲンの帰るべきユカリコ教の神殿も、『れすとらん』が併設されていることから同じ地区の目立つ場所にあるわけだ。


 それほど近いという距離ではないが、道順は単純で明るいところを通って帰れるから、比較的安全である。だがその安全性はなぜか更に加速していた。それはアーシェリヲンの後ろに、二メートル近い大男がついてきているからだ。


 つかず離れず、五十センチ以上身長差のあるアーシェリヲンの歩幅に合わせて、まるで練り歩くようなゆっくりとした速さで進むその姿。本来であれば怪しい男が少年の後ろを追いかけている。危険だ、衛士を呼んできてなんとかしてもらおう。


 だが、そういうことにはならないだろう。なぜならこの男もこの界隈では有名人。アーシェリヲンが心配になって、探索者協会の建物から後をついてきただけの心優しきオオカミ男。狼人のガルドランだった。


 アーシェリヲンはまったく気づいていないが、周りの人は笑うのを堪えているようだ。ガルドランは『すまないな』というように、手を振って誤魔化している。彼がお人好しで頼りになる存在だと知れ渡っているからこそ、笑い話のネタになっているのだろう。


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