第二十七話 はじめての魔法。
白薬草は小さな傷に効く。青薬草は軽い病に効く薬に使われると前に本で読んだことがある。
ユカリコ教の神殿に近いところに住む人は、治癒魔法を受けることが可能。だが、近いとはいえない地域に住む人もいる。また、馬車などで旅する人も治癒魔法を受けることができない。そんなときに重宝されるのが薬というわけだ。
ただ、これらの薬草は群生しているものではないらしい。だから常にある依頼になるのだろうと、アーシェリヲンも思った。
このあたりをぐるっと回って、二十株みつけることができた。それを十株ずつ一束にしてカゴに入れる。
動いていたから身体はぽかぽかと温かい。
アーシェリヲンはとりあえず一休み。腰鞄に入れていたお茶を取り出して飲む。この筒は飲み物が冷えにくい構造になっている。だから温かいお茶がこうして飲めているわけだ。
「ふぅっ。……あ、そういえばさ、僕の魔法ってあれだよね。ちょっと遠くのものを引き寄せたりできるんだっけ?」
アーシェリヲンは本を読んで知識としてもっているからわかるが、魔法の発動方法は様々だ。魔法の名前を口に出すのではなく、『どうなってほしい』や『どうしたい』という気持ちを込めて魔力を手や身体などに流すことで、発動の引き金になるのだという。
例えば父フィリップの剛体魔法は、より固くなるよう、自分を守るように身体の一部や全体に魔力を流す。母エリシアや姉テレジア、レイラリースの持つ治癒魔法は、『治ってほしい』という気持ちを込めて、手のひらに魔力を流すのだという。
「試しにやってみますか。あれってえっと、……
アーシェリヲンが見上げた木の枝先に、冬場にしか実をつけないという珍しい果物が実っていた。ただ、アーシェリヲンが背伸びをしても届かない、二メートル五十センチくらいに位置している。これくらいであれば、荷卸しなどの距離だと思った。
「さすがに無理だろうけど、試しにやってみよ。確か、空間魔法は手のひらだったよね? そしたらえっと手のひらに『にゅるっと』魔力を込めてっと……。あれ?」
山石榴に手のひらを向けるが、何も発動した感じがしない。
「あそっか。こっちに持ってくるように念じて、……あれ? おっかしいな」
なかなか発動する感じがない。
「こんなことなら、魔法の発動するときのコツ。レイラお姉ちゃんに聞いておけばよかったな。んー、……あ、そうだ。確か対象を声に出すと集中しやすいって何かに。えっと『山石榴』をこっちに――あ」
『魔石でんち』に吸われるあれと、同じような感じがアーシェリヲンの中から消えていった。視線の先にあったはずの山石榴が消え、手のひらに何かが握られた感触があった。だから魔法が発動したと実感したのだろう。
そこにあったのは五センチほどの、甘酸っぱい香りが感じられる褐色の果実。熟していて柔らかい、美味しそうな山石榴だった。
「採れた、やたっ。すごい、これ、すごい魔法じゃないの?」
とりあえず腰のポーチに山石榴を入れる。木に実っている山石榴はあと二十個ほど。
「あと一つならいいよね。えっと口に出さないで思い浮かべても魔法は発動するってあったような?」
しっかりと目で狙いを定めて、頭の中で名前を呼ぶ。
(えっと、『山石榴』。あれ? 『山石榴』、……うーん)
なかなかうまくいかない。
「『山石榴』、あ」
先ほどと同じように、魔力が抜けるような感じ。それと同時にまた、狙った山石榴が消えて、手の中に握り込まれている。
「もしかしたらさ、練習が必要なのかもだよね。お姉ちゃんも治癒魔法はかなり練習したって言ってたし」
山石榴をぐるりと回してみたら、茎部分が鋭利に切り取られている。それは今持っているナイフで切ったもの以上だった。
「……あ。これならいけるんじゃないの?」
アーシェリヲンは少し壁に沿ってまた歩く。すると白薬草を見つけた。手のひらを向けて、茎の一番上あたりに狙いを定める。
「あの『白薬草』」
成功した。茎をみると山石榴と同じように、ナイフで切ったものより鋭利に切り取られていた。
「よしっ、次だよ次。あそこにある『白薬草』」
一株採っては左手に、もう一株採ってはまた左手に。十株になったらまとめて籠へ。とにかく楽しくて仕方がない。
見える範囲、おおよそ二十メートルくらいであれば取り寄せることが可能だった。おかげで、林の奥へ歩いて行く必要がない。これなら安全だと思った。
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他の人が摘むことを考えて、あまり手前のものには手をつけないようにした。そうこうしながら気がつけば、白薬草は籠半分くらいになっている。
左腕につけてある『魔力ちぇっかー』は緑色になっている。それなりに魔力を使う魔法だと認識できていた。同時に陽も傾いてきていたことに気づく。
「あ、帰らないと。でも『取る』ばかりで『置く』のをやってなかったっけ」
アーシェリヲンは足下の石を拾い上げて、手のひらに軽く握っておく。木の枝の根元を狙って、『置く』ように念じた。何度か試したあと、魔力が減る感じを覚える。
「あ」
枝の交差する根元に、石が乗った。なるほど、取ってくるより簡単だった。
「なるほどなるほど。こうすればいいわけね。あとは、んっと、戻りながらでもいいか」
アーシェリヲンは早足で外門へ急ぐ。外門への道中も、ぶつぶつと呟きながら、足下に見えた石ころを取っては置くの繰り返し。ある程度魔法のコツがわかってくるあたりで、外門が見えてきた。
ただ、あまりにも夢中になっていたから、重要なことに気づいていなかった。あれだけ心配されていた空間魔法が、ここまで楽しいものだと思っていなかったから。
「よかったよ。暗くなる前に帰ってきてくれて」
「つい夢中になってしまいました。心配かけてしまって、申し訳ありません」
「いやいや、無事ならそれでいいんだ。さて、決まりだからいいかな?」
「はい。これですね」
アーシェリヲンは胸元にある探索者のカードを取り出して見せる。
「確認した。通ってよろしい」
「はい、ありがとうございます」
「お疲れさん。ゆっくり休むんだよ?」
「はいっ。……えっと」
「おお、忘れていた。俺はドランダルク。ここの衛士長をしている」
「そうなんですか。ではドランダルクさんも、お疲れ様です」
「ありがとう。アーシェリヲン君」
カードに名前が書いてある。だから名乗らなくともわかっていたのだろう。
「はい。ではまた」
ぺこりと会釈をしてアーシェリヲンは歩いて行く。
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