第二十六話 はじめての探索者。その2

 アーシェリヲンは購入した鞄に薬草の本を入れると、またマリナを見た。


「外門に身体の大きな衛士さんがいたでしょう?」

「あの凄い槍を持った人たちですよね?」

「そうそう。彼らにこのカードを見せたら外に出してもらえるわ。でもね、なるべく外門の近くで探すのよ? 何か出たときには衛士さんの近くにいたなら、守ってもらえますからね」

「わかりました」

「はい、これは協会で貸してあげられる『背負いかご』よ。それとナイフ。これで採取ができるわ」


 アーシェリヲンの背中が全部隠れるくらいのサイズ。おそらく年齢に合わせて準備されているのだろう。軽量の素材でできているのか、背負っても重さを感じなかった。


「はい、ありがとうございます。お借りしますね」

「それじゃ、いってらっしゃい」

「はい。いってきます」


 アーシェリヲンはぺこりと会釈をして回れ右。大きな鞄を背負っているので、彼の背中が全部隠れてしまっている。


(まるで籠が歩いてるみたい。可愛らしいわね……)


 マリナはそんなふうに思いながら、アーシェリヲンの背中を見送った。


 アーシェリヲンは、緊張していたから周りに気づけなかった。受付から回れ右をすると、数人の探索者がいたのである。


 彼ら彼女らの横を通り過ぎるたびに、ぺこりぺこりと会釈をする。アーシェリヲンを見た皆は、笑顔で手を振って挨拶してくれている。


 そんなとき、何やら壁のようなところにぶつかってしまったような感触。だが、壁と違って少し固いというか柔らかい部分もあるというか。それにもしゃもしゃした感触まで持ち合わせている。


「よう、坊主。今日が初めてか?」


 アーシェリヲンは見上げる。そこにはかなり大柄で強面というか、強烈なインパクトを持つ男性がいた。アーシェリヲン紙をぐりぐりと強めに撫でつけてくる。


 アーシェリヲンは彼を見ながらぽかんと口を半開き。


「どうした、坊主?」

「ほらほら、駄目ですよ。ガルドランさん」


 マリナが慌ててやってくる。


「お? 嬢ちゃん。何が駄目なんだ? な、坊主?」


 ガルドランという男はマリナを嬢ちゃんと呼ぶ。アーシェリヲンはやっと再起動したようだ。うまく彼の大きな手を両手で握って横へ回避。そのまま見上げて笑顔になる。


「うわーっ、すごっ、すごっ。じゅ、獣人さん、ですよね? 僕、アーシェリヲンといいます。初めましてっ」


 たたみかけるように饒舌じょうぜつになるアーシェリヲン。なにせガルドランの姿はアーシェリヲンには図解でしか知らないものだった。


 身長はアーシェリヲンよりも五十センチは高い。全身アッシュグレイの毛で覆われ、首から上は人の顔かたちではなく、どちらかというとそのまま犬、または熊の様相。


 耳の位置が高く大きい。アーシェリヲンが握る手も大きく、手の甲や指も毛で覆われている。腰の後ろ側には大きな尻尾まで確認できる。


「お、おう。俺はな、狼人おおかみびとのガルドランってもんだ」

「ガルドランさんですね。よろしくお願いしますっ」

「お、おう」


 自分の胸元より低い身長しかないアーシェリヲンに圧倒されるガルドラン。だが尻尾は左右に大きく動いている。


「では、僕はこれで。薬草が待っていますから失礼しますね」


 手を離してぺこりと会釈。ガルドランの横を抜けてすたすたと歩いて建物を出て行く。


「……いや、驚いたな」

「ガルドランさんを見て、怖がらない子は珍しいですよね」

「俺、そんなに怖いか?」

「人族と違って、表情が読めませんからね」


 マリナはずばっと言い切る。ガルドランのふりふり尻尾はちょっと垂れ下がってしまう。


「そりゃねぇってばよ。そうだ、依頼の完遂手続き、頼むわ」

「はい、こちらへどうぞ」


 そんなやりとりをしながらも、ガルドランとマリナはアーシェリヲンの背中を見送っていたのだった。


 大きく腕を振って町中を歩くアーシェリヲン。背中に籠を背負っているからか、どこから見ても探索者の少年だとわかるのだろう。


 道行く人や商店の軒先にいる人たちは『頑張るんだよ』と声をかけてくれる。その度にアーシェリヲンは足をとめて、ぺこりと会釈して『ありがとうございます』と挨拶を返す。


 いつまでたっても外門までたどり着けない勢いだ。けれどアーシェリヲンは楽しくて仕方がないのだろう。


 時間的には、日が沈むまではまだまだ余裕がある。だからマリナも止めずに送り出してくれたはずだ。


 やっと外門へ到着する。馬車の通るところと、歩いてところが別れている。それだけ探索者の出入りもあるということなのだろう。


 手前には小さな建物。その先には槍を持った身体の大きな衛士。アーシェリヲンは手前に建物にいる人に声をかける。


「あのっ」

「どうしたのかな?」

「僕、探索者なんです。外で薬草の採取をしたいんです」


 胸元からカードを取り出して、男性に見せる。


「なるほどね。間違いないみたいです。大丈夫です、通してあげてください」

「了解した」


 男性は衛士に声をかけてくれてくれた。アーシェリヲンの簡易的な出国が許可されたようだ。


「私たちの見える範囲にいなさい。何かあったら声を上げるように。いいかな?」

「はい、ありがとうございます」


(十歳か。探索者にも、あれほど礼儀正しい子がいるんだな)


 外門を守る衛士長、ドランダルク。そう思いながら彼は、籠が歩いていくようなその姿を見守っていた。


 会釈して回れ右。アーシェリヲンは足取り軽く歩いて行く。外門をくぐると目の前には街道が延びている。左右には、防護壁がずっと先まで見えており、壁に沿って道も延びている。


 アーシェリヲンは左に曲がって、壁に沿って歩いて行く。少し歩いたときにふと、違和感を覚えて足をとめた。


 鞄から先ほど購入した薬草の本を取り出す。数枚めくるとそこに『白薬草』と『青薬草』の絵が描いてある。実にわかりやすく解説されており、子供でも間違えないようになっているみたいだ。


 その場にしゃがんでじっと見る。木々の根元に生える草の隙間に、もしやと思える一株が確認できた。


「えっと、あ、これだ。『白薬草』だ。それで確か、『薬草を摘む際は葉の根元から切り取る。間違っても根までは抜かない。そうすることでまた生えてくる』ね。なるほどなるほど」


 アーシェリヲンは白薬草などの言葉は知っていた。以前本で読み、文章として概念だけは知っていたのだ。だがこうして、協会で買った本に載っていた図解で見たあとに、実物と比べることができるなんて夢にも思っていなかった。


 白薬草は葉が白いわけではない。葉脈に沿って毛のようなものが生えている。それが白いものが白薬草。青いものが青薬草。両方とも葉の形に特徴があるから、少し離れた場所でも慣れていたなら見分けることが可能らしい。


「えっと、なになに。『切断面は綺麗にする。そうすることで悪くなったりしない』。なるほどね勉強になるな」


 本に載っている注意書きを読みながら確認する。アーシェリヲンはナイフを取り出し、手早く葉の根元から切り取った。籠の上に張ってある布を外して入れる。再度布を張って落としたりしないようにする。


 依頼書にはたしか、『白薬草、二株で銅貨一枚』とあった。青薬草も同様。安い報酬に思えるが、十歳の子供には十分な金額。それに序列点がつくから、金額よりもそちらのほうが大きかったりするわけだ。


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