第二十五話 はじめての探索者。その1

 アーシェリヲンは申込用紙に記入していく。保護者の欄にはレイラリースが記入。これで申し込みは完了したと思われた。


 記入が終わると、マリナは色々と説明をしてくれる。その話はアーシェリヲンが本で読んだ知識と同じものだった。


「最後に、これが身分証明書になります」


 ユカリコ教で持たされたものに似ている。アーシェリヲンはここに来る前、半径三センチほどの楕円形をしたものを支給された。そこには馬車にもあったマークが書いてある。要は『ユカリコ教関係者』という意味があるのだろう。これを持っているだけでも、各国へ入国が可能になるほどのものである。


 その上、探索者協会でもこの身分証明書が渡される。アーシェリヲンはしっかりとした身分を持つ少年ということになったわけだ。

 探索者協会のカードには中央に魔石が埋め込まれている。


「その魔石に『にゅるっと』魔力を絞り出してください。それで登録は終了となります」


 テレジアの教えてくれた方法『にゅるっと』というのは、案外ポピュラーなものだった。アーシェリヲンが『魔石でんち』にやるように、『にゅるっと』魔石に魔力を乗せる。無色透明だった魔石が、青くなった。


「はい、結構です。これで登録は完了しました。このカードはお金を貯蓄したり、買い物をしたりできるのですよ? ですがなくさないでくださいね。再発行にはお金がかかってしまいますので」


 この角の取れた長方形のカードにも革紐を通す穴がある。アーシェリヲンはユカリコ教のカードと一緒に革紐へ通し、首からさげることにする。


「最初は銅の序列からですが、これでアーシェリヲン君も探索者の仲間入りです。無理せず頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃアーシェ。わたしは仕事があるから『れすとらん』に戻るわね。晩ごはんは一緒に食べましょうね」

「うんっ、お姉ちゃん」

「では、うちのアーシェを、よろしくお願いいたします」

「はい、お任せください」


 余裕をみせるレイラリースと、やや押され気味な感じのマリナ。何故か火花が散るような雰囲気を醸し出す二人だった。


「あ、忘れてたわ。アーシェ」

「何? お姉ちゃん」


 アーシェリヲンもレイラリースをそう呼ぶようになるのは慣れたようだ。


「そのカードにアーシェのお金、入れておくといいわよ。安全だし、『れすとらん』でもそのまま使えるのだからね」

「うん。お姉ちゃん。お仕事頑張ってね」

「ありがとう、アーシェ」


 優しく抱いて、ちょっと名残惜しさを感じながらも、レイラリースは協会を後にする。


 アーシェリヲンは早速鞄に入っていた銀貨をカードに移した。彼の全財産は、エリシアが持たせてくれた銀貨十枚。


 銅貨が十枚で鉄貨が一枚。鉄貨が十枚で銀貨が一枚。銀貨十枚で金貨一枚。金貨十枚で大金貨が一枚。大金貨一枚で白金貨が一枚というレートになっている。


 ちなみに、銅貨一枚でパンをひとつ購入できる。さらにいえば『れすとらん』で食べた『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』は銅貨十枚。あれだけの料理がパン十個分とかなりリーズナブルな価格設定になっていた。


 鉄貨一枚で一食分。銀貨一枚で十食分。全額で百食分と考えると、毎日三食『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』を食べたとしても、三十日はもつ。だが、神殿に収めなければいけないお金がある以上、早く探索者としてお金を稼げるようにならなければいけない。


 それより何より、実績を重ねて早く序列を上げなければならない。


「あの、早速ですみませんが、僕でもできる仕事ってありませんか?」

「はい、ありますよ。……えっと、銅の序列でできる依頼は、と。これになりますね」


 縦十五センチ、横十センチほども大きさがある紙でできた用紙。そこに条件と報酬が書かれている依頼書の束を出してくれた。


「これ、僕が見てもいいんですか?」

「えぇ、いいですよ」


 一枚一枚めくって確認する。『白薬草の採取』、『青薬草の採取』、『角兎ホーンラビットの捕獲』などの討伐系の依頼もあった。


「あらごめんなさい。この依頼は青銅の序列からだわ。なぜ紛れ込んでしまったのかしらね?」


 話によると、討伐、捕獲系の依頼は銅の序列では危険だからと出していないそうだ。保護者の署名があれば十歳から登録が可能な探索者だから、お使いレベルのものしか出せないのも頷ける。


 そんな中に、『「魔石でんち」への充填作業』という依頼の文字が目に入る。


「こ、これって僕でも受けられるんですか?」

「あら、これも混ざっていたのね。ほんと、あの子ったら何をしているのかしら。ごめんなさいね……」


 何やら今日はいない同僚の誰かに対して、小言のようなものを漏らしている。


「これもね、アーシェリヲン君には無理かな? 鉄の序列からなのね。子供だと危険な作業になっているものですからね。それにね、依頼は依頼なんだけれど、これをいくらこなしてもね、序列点は加算されないのよ。だからお仕事として割り切ってもらう感じかしらね」


 序列点というのは、探索者の序列が上がっていくための、評価点のようなものだ。


「これはなくなったりしないんですか?」

「えぇ。『魔石でんち』はね、この国でも売り買いされているのよ。協会こちらにいる探索者にもね、魔力の多い魔法使いは多いわ。だからたまに受けてくれる人もいるの」「はい」

「特に今の時期は売れるのよ。暖をとるのは火よりも安全。だから依頼がなくなることはないわ。でも、できるの?」

「はい。僕、母が生きていたときに、代わりにたまにやっていました。だから少しだけ自信があるんです」

「そう。……それは大変だったわね」


 マリナはアーシェリヲンがユカリコ教にいる理由を理解してしまったようだ。


「序列が上がったら受けられるようになっているのですから、そのときは頑張ってね。とてもいい報酬が待っているのよ」

「はい、わかりました。それなえっと、この『白薬草』とか『青薬草』って難しいんですか?」

「いいえ、防壁から近いところの、比較的安全な場所に自生しているんですよ。詳しくはこの資料を見るといいわね」


 手帳サイズで一センチくらいの厚さがある本が手渡された。


「これ、持ち帰ってもいいですか?」

「えぇ。その代わりね、鉄貨一枚必要なの」

「はい、構いません。このカードで支払えるんですよね?」

「えぇ。ちょっと待ってくださいね」


 白い石盤型の道具があって、『支払い』と書いてある。何やら慣れた手つきで操作をしている。


「これでいいわ。この石盤にあててくれるかしら?」

「はい。これをあてて、と」


 するとカードの魔石が一瞬光った。


「はい。鉄貨一枚いただきました。これでこの野草の本はアーシェリヲン君のものです」

「ありがとうございます」


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