第二十四話 探索者協会にて。

 アーシェリヲンは改めてやっと、自分の足でヴェンダドールの土を踏んでいた。


 ユカリコ教の神殿にある裏道を抜けて表通りへ出て、『れすとらん』の店先に並ぶまではレイラリースに手を引かれていた。その間アーシェリヲンは、『れすとらん』で『はんばーぐ』を食べられるということで頭がいっぱいだったから、歩いたという実感がなかった。


 だからこうしてしっかりと意識して歩くのは、生まれて初めてということになる。


 元々このヴェンダドールという国は、高位の探索者が興した国だと聞いている。探索者も極めれば国王になれるという、夢を持てる国でもあるわけだ。


 食事を終えたあと一度神殿へ戻って、レイラリースが着替えてくるのを待ってから、再度城下町へ戻ってきた。先ほどまでの彼女はあくまでも、アーシェリヲンに『れすとらん』で『はんばーぐ』食べさせてあげるためだけに私服に着替えたということになる。


 部屋から再び出てきたレイラリースの姿を見て、アーシェリヲンは驚いた。なんと彼女は『れすとらん』の花形、『うぇいとれす』の制服を着ていた。


 アーシェリヲンの前でくるりと回ってみせるとレイラリースは言った。


「可愛い? この制服」

「うん。可愛いと思うよ。レイラお姉ちゃん」

「うふふふ。ありがとう、アーシェくん」


 そんなやりとりのあと、アーシェリヲンのために探索者協会へ向かうことになった。ちなみにレイラリースがなぜこの格好をして来たかというと、このあとすぐに研修を兼ねて『れすとらん』勤務になるのと、彼の保護者がだれかわかりやくくするための目的もあったようだ。


「ほーら、そんなきょろきょろしない。田舎から出てきたんじゃないんだからね。もっと胸を張って堂々としないと駄目よ」

「はいっ、レイラお姉ちゃん」

「いい子ね」


 レイラが頭を撫でる。アーシェリヲンは実をいうと、テレジアに撫でられるのと同じくらいに嬉しかったりするわけだった。


 ユカリコ教の神殿からそれほど遠くない、城下町でも目立つ場所に探索者協会はあった。


「アーシェくん、あれが探索者協会よ」


 レイラリースから、ここヴェンダドールへ来る途中、船の中で話をしてもらった。探索者協会はユカリコ教と同じ、国とは独立した一つの国のようなものである。探索者協会も様々な国に存在するが、同じように国には属さない。

 だが、ここは探索者が興した国。協会の本部をこの国に移したことで、この建物は国営ということになるのだと教えてもらった。


 とても重そうな素材でできた扉。まるで一枚岩で作られたような、冷たい建物。周りの商店とは一風違う雰囲気を醸し出している。


 レイラリースとアーシェリヲンが扉の前に立つと、重さが消えたように横へ扉がスライドした。おそらく『魔力えんじん』が使われているのだと思われる。


「いらっしゃいませ。探索者協会へようこそ。初めてお見かけしますが、どのようなご用件でしょう?」


 年のころレイラリースと同じくらいの女性。まるで『れすとらん』の『うぇいとれす』と似た感じの第一声。


 奥には受付カウンターがあるのだが、それとは別に小さなカウンターが扉の裏側。ホールの入り口にある。そこに立つこの女性が声をかけてくれたというわけだ。


「ほーら。アーシェくん。返事しないとお姉さんが困ってしまうでしょう?」

「あ、そ、そうでした。あの、僕、探索者になりたいんです」

「はい。でしたらあちら、一番と書いてあるカウンターへお並びください」


 なるほど、この女性はある意味総合案内。胸元をみると『新人』というネームがつけられている。研修なども兼ねているのかもしれない。


「はい、ありがとうございます」

「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます」

「ほーら。先に進まないわ。うちの子がすみません。ありがとうございます」

「ごめんなさい。お姉ちゃん」

「謝ることじゃないからいいの。さ、いくわよ」


 案内の新人職員がぼそっとレイラリースにささやいた。


「よくできた可愛らしい弟さんですね」

「ありがとうございます、自慢の弟なんです」


 見た目もやりとりも、レイラリースの弟だと疑われることはなかったようだ。


 アーシェリヲンは一番カウンターの列に並ぶ。ここは初回受付などのカウンターらしく、他のところよりは並んでいない。ややあってアーシェリヲンの番が回ってきた。


「あら? 可愛らしい――こほん。いらっしゃいませ。探索者協会本部へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」

「はいっ、探索者になりにきました」

「あらそうだったのですね。初めまして、私は受付業務の職員、マリナ・クレア・ケリーダイトと申します。マリナ、とお呼びくださいませ」

「はいっ、僕はアーシェリヲンと申します」

「アーシェくん、ちょっと足りないわ。さっき教えたでしょう?」

「あ、忘れてました。アーシェリヲン・ユカリコレストと申します」


 家名に『ユカリコレスト』と名乗ったのには理由があって、ユカリコ教関係者だという意味が込められている。ちなみに、『ユカリコレスト』の『レスト』は『れすとらん』の意味である。


「アーシェリヲン君ですね。お年は?」

「はい。十歳になりました」

「そう。十歳でしたら、保護者がひつ――」


 するとレイラリースが後ろから抱きかかえる。とてもテレジアともエリシアとも違う、いい匂いがする。


「保護者はわたし、レイラリース・ユカリコレストでよろしいいでしょうか?」


 ずいっと前にでるような威圧感にも似た笑顔。『この子はわたしの可愛い弟なの、手出し無用よ』と言わんばかりの先制攻撃。


「は、はい。構いません。こちらへご記入お願いできますか?」


 マリナはやや押され気味。レイラリースは満足そうな表情。


「はいっ」

「代筆は必要ですか?」

「いいえ、大丈夫ですっ」


 氏名、年齢、出身地、加護の記入欄がある。アーシェリヲンはすべて読むことができるし、内容も理解できている。だが、レイラリースは丁寧に説明してくれる。だからとても安心感があっただろう。


「ここはアーシェの名前。ここは十歳で、ここはユカリコ教神殿でいいわ。あとはね」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

「そう? ならいいのだけれど」


 くすくすとレイラリースは笑う。加護の欄には堂々と『空間』と書いた。マリナは別に驚くこともない。おそらく、この加護を持つものが多いからなのかもしれない。


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