第二十三話 『れすとらん』の美味しい理由。

「あ、すっかり忘れてたわ。ちょっとだけ待っていてね」

「は、はいっ」


 レイラリースは一度隣にあると思われる彼女の部屋へ行ったようだ。ややあって彼女は戻ってくる。

 すると、レイラリースの服装は先ほどとは違っていた。ユカリコ教の制服ではなく、アーシェリヲンのような普通の服を着ているのだ。


「レイラお姉ちゃん。もしかして」

「そうよ。着替えてきたの。巫女の制服のまま『れすとらん』は無理だものね」


 二人は神殿の宿舎から物資搬入口でもある裏庭に出て、馬車で利用する門の横にあるドアをくぐる。そこは、隣の神殿ではない建物に繋がっており、その建物の裏口にあるドアから出入りするようになっていた。


 どこの神殿も同じようなかたちで、神官や巫女が町中へ出ている。だからレイラリースも使い方を知っていたのだろう。


 ドアを開けるとそこは、雑貨屋のような店構え。店番をする女性が手を振ってくれる。おそらくはユカリコ教の神官や巫女が、出入りをするためだけに作られた仮の店舗なのだろう。


 アーシェリヲンを連れてぐるりと地区を一周。するとそこには、『れすとらん』に並ぶ客の最後尾が見えてくる。並んでいる人数は十人ほど。これなら比較的早く店内に入れるはずだ。


 十分ほど並んだあと、店内に入ることができた。


「いらっしゃいませ『れすとらん』へようこそ。お客様は二名様でよろしいでしょうか?」


 ユカリコ教の花形職員の『うぇいとれす』が、二人に尋ねてくる。アーシェリヲンは圧倒されてしまったが、レイラリースは勝手知ったるなんとやら。


「はい。二名でお願いします」

「かしこまりました。二名様ご案内しますー」

『いらっしゃいませ』


 二人が席へ案内される間、すれ違う『うぇいとれす』が会釈しながら挨拶してくれる。なるほどこれが、母エリシアも務めていたとされる『うぇいとれす』なのだ。


 ユカリコ教の巫女の着ける制服に似た色合いの可愛らしい制服に、きちんとした作法で行われる丁寧な接客。これが『健全で人々に優しく、美味しい教えを広める』というユカリコ教なのだと改めてアーシェリヲンは驚いた。


「こちらのお席へどうぞ、ご注文がお決まりでしたらお呼びくださいませ」

「二人とも『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』をお願いします」

「かしこまりました。ご注文を復唱致します。『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』お二つでよろしいですね?」

「はい。お願いします」

「ありがとうございます。では少々お待ちくださいませ」


 レイラリースの慣れた行動に圧倒されていたアーシェリヲン。落ち着きを取り戻すと、とてもいい匂いが辺りに充満している。だがどの席も、席同士が見えないように衝立ついたてが取り付けられている。そのせいもあり、肝心の料理が見えない。


 前にエリシアが『「れすとらん」が美味しいのではなくてね、「れすとらん」で出してもらえるお料理が美味しいのよ』と教えてくれたことがあった。おそらくこれらがエリシアの言っていた『美味しい』の理由の一つなのだろう。


「アーシェくん」

「は、はいっ」

「わたしが好きなものを頼んじゃったんだけど、大丈夫だった?」

「だ、大丈夫です。僕、よくわからないですから」

「お肉大丈夫よね?」

「大好きです」

「それならよかったわ」


 アーシェリヲンの読んだ本中に、ユカリコ教と『れすとらん』のことも書いてあるものがあった。そこには『れすとらん』は聖女ユカリコが没したあとも、変わることのない味で『美味しい』を広めてきたとあった。


 レイラリースが迷わず注文してしまったのも、どこの『れすとらん』であっても同じ味が提供されているから、迷わなかったのだろう。アーシェリヲンはそう思ったわけだ。


 匂いの誘惑により、アーシェリヲンのお腹が鳴ってしまう。


「あ、僕……」

「別にいいの。この匂いに勝てる人なんて、ここにはいないんだからね」

「はいっ、そうですね」


 そのようなやりとりをしているうちに、新しい匂いがこちらへ近づいてくるのがわかった。


「お待たせいたしました。『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』でございます。熱いので気をつけてくださいね」


 ごとりという鈍い音とともに、テーブルの上に置かれた黒くて丸い食器。そこには焼かれた肉のような丸いものの上に、白いどろりとしたソースがかけられている。付け合わせには根菜を煮たものが添えられており、肉の隣には麦粉を練って作ったと思われる太麺が乗っていた。


 この麺はウィンヘイムの屋敷でもよく、夕食にだされたことがある。確か『麦粉麺』などと呼ばれていて、もちもちしていて美味しかったのを覚えている。


「ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 『うぇいとれす』が笑顔で会釈をして下がっていく。


「あ、はい。ありがとうございます」

「あのねアーシェくん」

「……はい」

「まぁいいわ。さぁ、いただきましょ」

「はいっ、いただきます」


 この『いただきます』という言葉も、聖女ユカリコが残したとされるものの一つである。


「あれ? レイラお姉ちゃん」


 レイラリースはぴたりと手を止め、不思議そうにアーシェリヲンを見る。食べようとしていたからか、ちょっと恨めしそうな表情をしていた。


「どうしたの? アーシェくん」

「ナイフ、使わないの? お肉だよね?」

「あぁ、そういうことね。よぉく見ててね、こうして、フォークを沈ませると」


 ナイフを使わずに、肉が切れてしまう。アーシェリヲンにとって衝撃的な現象だったはずだ。


「え? え?」

「これはね、とても熱いから、こうして『ふーっ』としてさましてからね、あぐっ。んーっ、相変わらず美味しいわ。……あ、ソースを絡めるの忘れてたわ」


 アーシェリヲンもレイラリースの真似をして、そっと『はんばーぐ』にフォークを沈める。するとあまり力を入れずに切ることができてしまった。


「そうそう、上手ね。その白いソースをそうたっぷりつけて、あ、熱いから気をつけるのよ」

「ふーっ、ふーっ、あつあつあつ。んぐんぐ」


 アーシェリヲンは目を見開いて驚く。ちょっと切ってはソースをつけてまたぱくり。


「んーっ、なにこれ、すっごく美味しい」

「でしょ? お姉ちゃんのお気に入りなのよ」

「うんうんうん。すごいすごい、これすごく美味しいね」


 付け合わせの根菜も、やららかく煮てあって甘みがある。太麺も、同じ『ちーずそーす』が絡めてあって、ソースの濃厚な味ともちもちした食感がまたとても美味しい。


「アーシェくんこっち向いて」

「ふぁい」


 レイラリースはアーシェリヲンの口元を、ハンカチで拭ってあげる。


「あ、ありがと、お姉ちゃん」

「いいえ、どういたしまして」


 二人とも、しっかり『ちーずそーすはんばーぐぷれーと』を堪能した。食後に出された冷えたお茶がまた、口の中をすっきりとさせてくれる。


「どうだった? はじめての『れすとらん』は」

「うん。とっても美味しかった。びっくりしたよ、僕」

「よかったわ。お茶を飲み終わったら探索者協会へ行きましょうね」

「うんっ」



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