第四十話 本物と類似品。

 『魔石でんち』でやらかした翌日、アーシェリヲンが協会を訪れたとき、ガルドランに声をかけられた。


「おう、坊主。朝飯食ったか?」

「あ、ガルドランさん。おはようございます。食べてきましたよ」

「それなら茶くらいいいだろう? 『馬鹿魔力』の坊主」


 あのときいなかったはずのガルドランが、アーシェリヲンがそう言われていたのを知っていた。


「なんでガルドランさんが?」

「噂がたつような新しい探索者なんて、坊主しかいないからな」


 そう言ってアーシェリヲンの頭を押さえつけるように撫でる。人であったなら、耳元まで裂けた大きな口に鋭く見える牙を覗かせて、機嫌良さそうに笑っていた。


「そうだったんですね。あ、メリルージュさんもおはようございます」


 席に着こうとしたとき、見知ったエルフの女性がいることに気づいた。メリルージュは食事を終えたところだったようだ。彼女もガルドラン同様、嬉しそうに微笑みかけてくれる。


「『馬鹿魔力』のアーシェリヲン君。おはよう。でも凄いわね」

「何がですか?」

「あたしでもね、朝からやったとして、五十本が限界なのよ」

「そうなんですか?」

「昨日の夜、気持ち悪くならなかったの?」


 アーシェリヲンは左腕の『魔力ちぇっかー』を見せた。


「昨日は橙色でしたが、もうこんな感じなんです」


 魔石の色は青かった。それなりに有名な道具だったことから、メリルージュも色味の意味はわかっているようだ。


「成長期だからかもしれないわね? 回復が早いのでしょう、きっと。でもその魔力総量があるなら、空間魔法を何度でも、……ううん。なんでもないわ。忘れてちょうだい」


 メリルージュは何かを言いかけたが、頭を振って訂正する。


「あの、空間魔法って案外――」

「だめよ」


 声質が変わった。まるで叱られているかのような、強いもの。


「え?」

「あのね、アーシェリヲン君」

「はい」

「あなたが言おうとしたことはね、きっとお金以上の価値があるかもしれないの。探索者はね、自分の秘密を口に出して言う者はいないわ。当たり前でしょう? 生き残るためのものなんですものね」


 頭の良いアーシェリヲンは、これまで感じなかった衝撃を覚えただろう。


「はい。……失言だったんですね」

「いいの。素直な子は私も大好きですからね」

「そうだぞ坊主。一度の失敗くらいは気にしなくていい。次から同じ間違いをしなけりゃいいんだ。この二百歳を超えてる師匠があんなこと教えるなんて珍しいん――」

「がーるーどーらーん? 誰が二百歳超えてるって? あたしはまだ百九十八歳」

「す、すみまっしぇん」


 メリルージュを師匠と呼ぶガルドランは素直に謝った。それはフリなのではなく、本心からなのだろう。なにせ先ほどまで揺れていた尻尾が微動だにしていないからである。


「師匠、この坊主は」

「ガル。名前を呼んであげなさいよ」

「はいっ。あの、この、んー。アーシェの坊主はこれだけ金貨を稼いだって話なんです」


 ガルドランは片手を広げて五、人差し指を添えて一。合わせて六を現している。


「はいっ。金貨五枚超えたので、やっと『魔法袋』が買えるんです」

「こら、坊主。せっかく俺がぼやかしてやったのに……」

「あ、あはははは」

「あら? ガル、ちょっと待ちなさい」

「はい、何ですか?」

「魔法袋って、金貨五枚程度で買えるものだったかしら?」

「俺が持ってるこれは、安くしてもらって金貨百五十枚でしたね」


 ガルドランが腰に手をやって、見せてくれる。かなり年季の入った腰鞄だ。


「え?」


 きょとんとするアーシェリヲン。


「メリルージュさん」

「どうしたの? マリナちゃん」

「例の金貨五枚ですが、調べたところ」

「うん」

「本物ではないようですね」

「やっぱりね。あたしが持ってるのも、今買うなら金貨五百枚はするもの」

「え?」


 メリルージュが見せてくれたものは、ガルドランが持っているものより更に年期の入ったものだ。


「おそらく類似品だと思うわ。付与魔法の練習で偶然できたものが流れているんでしょう。せいぜい、籠一つ分くらいかしら」

「それでも金貨五枚なら」

「あのね、あたしが知る限りだけど、本物じゃないのは重さが変わらないの。ただ『入る』だけ」

「え?」


 アーシェリヲンも魔法の道具、いわゆる魔道具は本から得た知識はある。メリルージュが言う『付与魔法』も、聞き覚えがある。


「そもそも、『魔法袋』はね、ユカリコ教で作られていたらしいわ。あたしが生まれる前の話だけどね」

「そうなんですか?」

「あたしが知る限りだけどね、聖女様が作らせたらしいの。だから現存するものがもの凄く高いわけ」

「え?」

「ガルが持っているこれもね、あたしの口利きで譲ってもらったのよ。いずれ絶対に役に立たせるからって」

「そうだったんですね。それならもっと稼がないと……」

「おい坊主、無理はするなよ?」

「そうよ。アーシェリヲン君はまだ十歳なんだから」

「いえ、元手はかかりませんから」


 それからしばらくの間、アーシェリヲンは朝協会へ出てくると、手の足りない依頼がないか確認する。何もない場合は、『魔石でんち』の充填。


 終わったら早めに帰ってゆっくり休む。レイラリースの仕事の終わりを待って、一緒にごはんを食べる。その繰り返し。


 協会にはアーシェリヲンに渡した金貨の倍額が翌日入ってくる。出入りの業者がほくほく顔で出て行くのを見ていた探索者がいたくらいだ。


 例えば、現在は無理がない限りアーシェリヲンは金貨六枚分の『魔石でんち』を充填する。その翌日、協会は金貨十二枚で譲り渡す。すると、協会に金貨六枚が残るわけだ。


 あまり無理をするとレイラリースが心配することもあって、アーシェリヲンは定期的に休みをとっていた。それでも昼くらいから少しだけ顔を出し、充填だけ行って帰る。


 十日もすると、アーシェリヲンの手元には金貨六十枚。協会にも同額の金貨が残るわけだ。


 この定期的な魔力の行使によって、アーシェリヲンは自身の魔力総量の底上げになっていることも自覚していた。左腕の『魔力ちぇっかー』を常に確認し、橙色を超えないように作業を行っていたのだが、少しずつ充填できる本数が増えていったからだ。


「いらっしゃいませ、あ、アーシェリヲン君。さささ、こちらへどうぞ」


 コレットが手を引いてアーシェリヲンを迎えてくれる。そんな姿をガルドランもメリルージュも見ていた。


「ど、どうしちゃったんですか? コレットさん」

「アーシェリヲン君はですね、私たちの救いの神なんです」

「はい?」


 すると受付には苦笑しているマリナがいた。


「マリナさん、これ、どういうことなんですか?」


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