第二話 プロローグ 後半。
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――聖女のユカリコ様を崇拝し、各地で布教活動という商業活動をしていた、国家には属さないユカリコ教という独立した機関がありました。
ユカリコ教は布教活動だけを目的とし、無理な見返りを求めないからこそ、どの国でも温かく迎えられていたのです。
ユカリコ教はその国から土地だけを提供してもらうと、神殿となる建物は自前で建ててしまいます。
折衝から建築まで様々な部門の専門家を抱えているからこそ、可能なことだったと言われているのです。
そのユカリコ教の神殿は決して派手ではありません。
ただ他の神殿と呼ばれる建物とは違っていました。
その理由は、建てられる場所が必ず商業区画にあったということです。
その神殿には、一般の人々だけではなく、王族や貴族の者も等しく訪れていました。
人によっては毎日訪れる者もいると言われていたのです。
ユカリコ教では、信者である人々のお布施で運営がされています。
ですがそれは、少々変わった傾向があった。まず、お金を受け取ることはしません。
貴金属や宝石などもそうです。
そのため人々が持ち寄るものは、野菜や穀物、肉や香辛料などがほとんど。
そう、ユカリコ教は食料品など、生活に必要なものしか受け取らなかったのです。
それは王族も貴族も関係ありません。
例外なくそれ以外は受け取りませんでした。
それは、聖女ユカリコ様が一切引かなかった部分でもあったのです。
もちろんその地に配属された、司祭や神官、巫女だけでは消費することが不可能なほどに食材が集まってしまいました。
そこで聖女ユカリコ様が考案したのが、『れすとらん』という飲食店の経営だったというわけです。
その『れすとらん』に来ていただいたお客様からの利益によって、聖女ユカリコ様自身も含め、司祭、神官、巫女たちの衣食住の食以外をまかなっていました。
それがユカリコ教だったのです――
△ △ △ △ △
(『れすとらん』。一度、いってみたいな……。僕ももうすぐ洗礼だし、そのときもしかしたら連れて行ってもらえるかも……)
アーシェは『れすとらん』のことを父や母、姉からも聞いたことがある。それはもう、嬉しそうに、満足そうに話してくれたから羨ましく思ったのは一度二度のことではない。
だが、洗礼を受けるまでは、屋敷の敷地より外はに出られないアーシェ。彼は、こうして本の中の物語と、姉たちの話の上でしか知らない。それでも近いうちに『れすとらん』へ行けることを夢見て、また物語に没頭するのである。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
ユカリコ教のすべては『れすとらん』で得られる利益で維持がされています。
だがその『れすとらん』で提供されるものは等しく安いのです。
それも、他の飲食店では競争ができないほどにお手頃な価格でした。
メニューも豊富で一品あたりの量も少なくはなくはありません。
そのうえ、他のお店にでは見ることができないとても珍しい料理ばかりで、ともても美味しかったのです。
一般庶民だけでなく、王族も貴族の人々も満足していると聞きます。
庶民的な味わいがいつでも楽しめる、皆のための憩いの場。
それが『れすとらん』でした。
ユカリコ教の教義のひとつに、『働かざる者食うべからず』というものがあります。
そのため神殿『れすとらん』では、神官も巫女も神殿の長までも、信者である人々の前で額に汗して働いているのです。
ちなみに神官や巫女の長は基本、料理の達者なものが就任することが多いと聞きます。
いわば『れすとらん』の味の責任者、料理長でもあるわけです。
なぜならユカリコ教は、『れすとらん』の収益がすべてであるからでしょう。
神殿の長でもある司祭はもちろん、『れすとらん』の運営を任されています。
この世界に降臨した豊穣の女神とまで呼ばれた聖女ユカリコの教え通り、『健全で人々に優しく、美味しい教えを広める』、それがユカリコ教の勤めだったのです。
人々は十歳になるとユカリコ教の神殿に
それは王族だろうが貴族だろうが変わりません。
聖なる水晶に右手で触れて、そこに映し出された加護を受け取ることができました。
加護とは魔法のことです。
その人の魔力の総量や魔力の質、その人に資質などによって受け取ることができる加護は違ってくるのです。
どんな人でも受け取ることができる加護は、生涯一度、ひとつだけでした。
複数の加護を持つ人は存在しません。
複数回加護を受け取った人も存在しないのです。
聖なる水晶に続けて二度触れようが、日時をずらして再度挑戦しても結果は同じだったのが確認されています。
魔法は二種類存在しており、人々の中に案外浸透しているものでした。
ひとつは、聖なる水晶より受け取った、加護によるその人固有の魔法です。
もうひとつは魔法陣に魔力を通すことにより発動させるもの、例えば生活に密着した『火おこしの魔法』などがあります。
魔法陣により顕現させる魔法は、比較的簡単に行使できます。
ですが、続けて魔法陣に魔力を流そうとすると、発動したのちに魔力が枯渇してしまうこともあるのです。
魔力が枯渇すると気を失った状態になり、魔力が回復するまで眠り続けてしまいます。
魔力が枯渇した状態にならないように、予防する道具として聖女ユカリコが残したものがありました。
それが『魔力てすたー』です。
庶民の間でも一般的になるまで広まっているこの『魔力てすたー』は、小さな魔石と呼ばれている希少な石が先についた細い棒のことです。
棒を持つことで、その人の魔力が残り少ない場合、赤く光るようになっているのです。
これで間違って魔力が枯渇することを防いでいました。
魔力は人によって総量が違います。
魔力が枯渇すると、気絶したような状態になってしまい、魔力が回復するまで目を覚まさなくなってしまいます。
そうならないように『魔力てすたー』なるものを聖女ユカリコ様は残していました。
小さな魔石と呼ばれている石がついたその細い棒状の軸部分を握ると、残り少ない状態のときに赤く光るようになっています。
これで間違って魔力が枯渇することを防いでいるのでした──。
△ △ △ △ △
「ふぅ……」
一息をついたアーシェ少年は、切りの良いところまで読み終えることができた。何度となく読み続けてもまた、この気持ちよい読了感は癖になる。
そのとき、彼の後ろからふわりと優しく包み込む感触を覚える。少年の姉とは違う柔らかな香りもあった。
「こーら、また、こんなに遅くまで本を読んでいたのね?」
「あ、お母さん。大丈夫だよ」
この声で確定した。少年を後ろから抱いたのは彼の母だった。
「な・に・が、大丈夫なのかしら?」
「あのね、いいところまで読み終わったんだ。だからもう寝るよ」
「ほんとう?」
「うん。本当だから」
「アーシェがそう言うなら、信じてあげようかな?」
「信じて、うん。嘘じゃないから」
「それならいいわ。アーシェ」
「なに? お母さん」
「今夜はお母さんと一緒に寝る?」
「うんっ」
その麗しい見た目に反して少年を軽々と抱き上げた母は、そのままドアを開け、自分部屋へ連れて行ってくれる。
少年は母が大好きだった。もちろん、姉も大好きだった。
それはそうだろう。まだ十歳になっていない、ほんの幼い少年なのだから。
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