第五十五話 王女様の理由。

「話を戻しますが、このエリクアラードはですね」

「はい」

「ヴェンダドールから遙か南方にありまして、陸路と海路で合わせておおよそ一ヶ月かかるとされています」

「え?」

「アーシェリヲンさんはおそらくですが、重症患者に使われるとされます『深眠薬』という魔法薬を服用させられた可能性があります。緊急の通達があったのは、一ヶ月半ほどまえでしたので」

「……僕、一ヶ月以上も眠らされていたんですね。ということは、リルメイヤーさんも……」

「あくまでも現段階では、その可能性が高い、というだけですね」


 ドアがノックされる。


『あ、あのっ、お客様がお見えです』


 ドア越しに先ほどの女性の声。何やら困っているような声のトーンだったような気がする。


「構いませんよ。通してください」


 するとドアが開き、アーシェリヲンも見覚えのある人が入ってくる。


「お忙しいところ失礼しますね。ヘイルウッド支部長殿」

「く、クレイディア司祭長殿ではありませんか?」


 確かに、ユカリコ教エリクアラード支部の司祭長クレイディアだ。先ほどまでアーシェリヲンも会っていたから間違いはない。


「もう一人の被害者から聞き取りが終わったものですからね。情報の共有をと思った次第です。アーシェリヲン君が戻ってから聞いてもよかったのですが、こちら様でも必要な情報だと思ったものですから」

「はい。助かります」


 アーシェリヲンは再度、これまで話したことを説明していく。クレイディアも、リルメイヤーの個人的な情報以外の、重要ともいえる情報を出してきた。


「なるほどですね。これで総司祭長様に報告ができますよ……」

「総司祭長様、といいますと?」

「アーシェリヲンさんもご存じなのではありませんか? グランダーグ王国の神殿にいらっしゃるヴェルミナ様のことです」

「え? ヴェルミナさんなんですか?」

「えぇ。そうですよ」


 さすがに、ヴェルミナがユカリコ教で一番の責任者であることに驚いた。


「それとですね。リルメイヤーさんはフェイルディアの王女様でした」

「なんと、……更に大事件へ発展しているではありませんか……」


 ヘイルウッドはかなり驚いている。アーシェリヲンはその話だけは聞いていて、一度驚いたからか改めて驚くことはなかった。


「とはいえ、彼女が被害に遭ったのは、お忍びでこの国へくる最中だったとのことです」

「なるほど」

「はい」

「護衛のものと御者を務めていたものは、皆、亡くなったのではないかと思われます」

「なんと……」

「それは酷いですね」


 アーシェリヲンは、あの男たちを生かして置いたことを。同時に、一緒にいた人たちをどうしたのか尋問すべきだったと、後悔していた。


 フェイルディアはヴェンダドールと同じ大陸にあり、ここからではその人たちの安否を確認できないとのこと。このあと、アーシェリヲンも訪れた港とフェイルディアの間を探索者協会で調査して、手がかりがないか確認するらしい。


「フェイルディアとこの国は現在、国交がありません。その上、我々の神殿がありませんので、彼女たちは加護を受けていないのです」

「本当ですか? となると、『魔力えんじん』も使っていないんじゃ?」


 魔法も使わず、『魔力えんじん』も使わない。それは彼も考えられなかっただろう。


「なるほど。我々は馬車で数日の距離にある、比較的近い大きな町に支部を置いています。そのため、交流はあるにはあるのです」

「探索者協会もないんですか?」

「フェイルディアにはありません。ですが、フェイルディアの狐人さんにも探索者はいるんですね。それで行き来をしてもらっているというわけなのです」

「そうなんですね。あ、クレイディアさん。なぜ、リルメイヤーさんはこの国へ来るつもりだったんですか?」

「彼女はですね、ここでは申せませんが色々ありまして、フェイルディアの人々に加護のある生活を広めたいと、自らの意思で洗礼に訪れたというわけなのです」


 ユカリコ教の神殿を作りたい、そういう意味なのだろう。


「……それってもしかして?」

「はい。お忍びという名の家出のようなものですね」

「それはなんとも」

「なぜユカリコ教はフェイルディアにないのですか?」


 アーシェリヲンはクレイディアに尋ねる。ヘイルウッドも頷いていた。


「私が知る限りですが、100年以上前になります。その当時、布教に訪れた巫女が入国を拒否されました。理由は『他国の文化を受け入れる準備ができていない』とのことです」

「……確かに、我々探索者協会もですね、同じ時期に同じ理由で拒絶された記録があります。先ほどもお話しした通り、狐人さんの探索者が出入りをしています。おそらく薬草などを仕入れているのだと思われますね。その際に、更なる依頼がないか伺う形になっています」

「そうでしたか。怪我や病は薬に頼っている。たしかに、リルメイヤーさんからもそう伺っています」

「……どうしてそこまでかたくななんでしょう?」

「私にはわかりかねますね」

「そうですね……」


 クレイディアが戻り、アーシェリヲンも一度戻って昼食をと思っていた。


「あの、ヘイルウッドさん」

「なんでしょう?」

「これ、僕らが捕らえられていたときのものなんです」


 アーシェリヲンは『呪いの腕輪』から足枷などを取り出した。


「ほぉ、これは思った以上に精巧な作りですね。どうやって外されたのかは『秘密』なのはわかっていますよ」

「ありがとうございます」

「これらは私のほうで調べさせていただきますね」

「よろしくお願いします。では、今日はこのあたりで。また明日来ますので」

「ゆっくり休まれてくださいね」

「はい」


 アーシェリヲンが神殿に戻ると、見知った巫女からクレイディアが待っていると言われる。そのまま司祭長室へ行くと、そこにはリルメイヤーがいた。


「忙しくさせてしまって、ごめんなさいね」

「いえ。大丈夫です。それで何かありましたか?」

「あのね、アーシェリヲン君」

「はい。リルさん」


 アーシェリヲンは違和感を覚えた。その理由はリルメイヤーの着ている服装だ。この朝までは神殿職員の服装だったのだが、今は巫女の服装をしている。


「私ね、洗礼を受けさせていただいたんです」

「え? それはおめでとうございます」

「『治癒』の加護を授かって、とても嬉しくて……」

「そうなんですね。もしかしたら狐人さんでも初めての魔法じゃないんですか?」


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