第五十六話 加護のない生活。

 リルメイヤーが洗礼を受けて、加護を授かった。アーシェリヲンは彼女に『狐人さんで初めての魔法じゃないんですか?』と質問する。


「そうでもないんです。私たちの国には魔法陣がありますので、簡単な火付けなどは使うことができます」

「へぇ、そうなんですね」

「それとですね、ご存じかと思いますが、私たち狐人にも、国の外へ出て探索者になった者もいるんです」

「はい。聞きました」

「実はですね、それほど大きくはありませんが、『魔力えんじん』も『魔石でんち』もあるにはあるんです」

「え?」


 アーシェリヲンはクレイディアを見た。すると彼女は苦笑していた。


「ユカリコ教さんと『れすとらん』を拒絶しておきながら、明かりは欲しい。おかしいですよね。歪んでいるんです。色々と」

「それでお忍びで、いらしたんですね?」

「いえ、それだけではないんです。その、私はほら、第七王女なので」

「はい」

「上位貴族からその、縁談を申し込まれたのですが」

「そうなんですね」

「それが嫌で、その、家出をですね。ちょっとだけ」

「え?」


 リルメイヤーの尻尾が揺れている。まるでいたずらでもしていたかのように、楽しそうな感じなのだろうか? だが、揺れていた尻尾は止まり、耳が少し寝てしまう。少し困った表情になっていた。


「上位貴族だからといって、三十歳以上も年上の、それも第二夫人とは酷いと思いませんか?」

「あー、それはきっついですね」

「それは確かに」

「ですが、私の軽率な行動によって、家人の二人が殺められてしまったかもしれないんです。無事でいてくれたら良いのですが……。」


 確かに。薬を使われたとしたら、どんなに鍛えている人だとしても、対処できるのか不安になるところだ。


「探索者協会でも、調べてくれるという話でした」

「そうなんですか?」

「はい。そう聞きました」

「ありがとうございます、と伝えていただけたら嬉しいです」

「はい。そう伝えますね」


 ▼


 翌朝、食堂へいこうとした際、司祭長室へ行くように伝えられた。リルメイヤーは今日から治癒魔法の鍛錬があるからと張り切っている。食後に別れ、アーシェリヲンはクレイディアのもとへ。到着と同時にドアをノックする。


「アーシェリヲンです」

『どうぞ、お入りください』


 アーシェリヲンが入室すると、そこには既に探索者協会の支部長、ヘイルウッドが来ていた。


「おはようございます。クレイディアさん、ヘイルウッドさん」


 ぺこりと会釈するアーシェリヲン。


「おはようございます、アーシェリヲンさん」

「おはようございます、朝早くからすみません」


 わざわざソファーから立って振り返り、会釈をするヘイルウッド。それに合わせて再度ぺこりと会釈するアーシェリヲン。


「さて、アーシェリヲンさん」

「はいっ、クレイディアさん」

「突然かもしれませんが、現存する加護の数をご存じですか?」


 クレイディアがそう聞いてくる。アーシェリヲンは腕組みをして、少し考え始める。その仕草は、十歳とは思えないほど大人びている。


「そうですね。正確な数はわかりませんが、僕が本で読んだ限りでは、亜種も含めておおよそ二百ほどだと思っています」

「はい。正解といってよいでしょう。よく勉強されていますね」

「……アーシェリヲンさんは本当に十歳なんですか?」


 驚きをつい口に出してしまうヘイルウッド。アーシェリヲンは『あはは』と照れてしまう。


「僕は本を読むのが好きだったので、たまたま覚えていただけです」

「謙遜をするところも大人っぽいですね。さて、加護の魔法は、場合によっては重ねがけが可能だということも?」

「はい。どの組み合わせがそうなのかわかりませんが、おそらくこの『呪いの腕輪』や魔法袋がそれにあたる技術を応用して作られたとされていたはずです」


 クレイディアは感心し、ヘイルウッドは閉口してしまった。


「噂で聞いておりましたが、本当にすごい知識ですね。大人の探索者も負けていられないと、奮起するくらいだと……。では、ここからは私が説明させていただきます」


 今度は変わって、ヘイルウッドが話し始めた。


「昨日お預かりしました手枷などを解析した結果、端的に言えばこれらは魔道具と呼んでも差し支えないと思われます。身につけたものの何らかの状態を増幅させるもの。そんな働きがあるのではないか? というところまではわかったわけです」

「もしかしたら、僕が眠らされた薬の効果が?」

「断言はできませんが、その可能性も考えられます。切れる前に薬を飲ませ続けたとも考えられませんので」

「でも、僕が目を覚ましたのって……」

「アーシェリヲンさんは、魔力耐性をご存じですよね?」

「はい。一般的に、一度に込められる魔力の量が多さが、その魔力の強さだと言われています。同時に、強い魔力を持っていたなら、抵抗する力もまた強いとされています。かけられた魔法をはね除けようとする力、かけられてしまった魔法に抵抗する力。それらの現象を魔力抵抗と呼ばれている、そう学びました」

「模範解答ですね。実に見事です。おそらくアーシェリヲンさんが目覚めたのは、誘拐犯にとって予想していなかった出来事なのかもしれません」

「あ、そういうことですか。僕の魔力が高いから、早く眠りが解けてしまった」

「はい。あくまでも予想でしかありませんけどね」


 一ヶ月という時間の経過、その間どうやって眠らされていたのか? その疑問が徐々に解かれていく。


「さて、アーシェリヲンさんとリルメイヤーさんが、どうやってヴェンダドールのある大陸からここまで連れてこられたのか?」

「はい」

「私はまず、アーシェリヲンさんが打ち倒したとされる男たちは、我々でいうところの盗賊だと思われます」


 依頼などで討伐されることのある、対象という意味なのだろう。


「はい」

「ですが、その男たちはあちらの大陸とこちらの大陸を渡る間、お二人をどうやって輸送したのか?」

「そうですね。難しいと思います」

「はい。おそらくは、資金力のある依頼者が背後にいて、その男たちを支援しているのだろう。一般の貨物ではなく、それに偽装した非合法な荷を扱う貨物船があるのだろう。私たちはそうにらんでいます。この魔道具もおそらく、そのような者が作らせたものだと考えているのです」

「そうなんですか」

「……確かにそれは考えられますね」


 クレイディアもヘイルウッドの考えを肯定した。


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