第十二話 落胆と困惑と期待と。
貴族や王家では、これまで相応の加護が授けられてきた。一般の人よりも多く、強い魔力を持って生まれる子たちが多かった、ということもあっただろう。そのため、加護を受けたあとの『お披露目』も滞りなく行われてきたはずだ。
ヴェルミナは驚きの表情を浮かべる。彼女ですら、予想していた加護と違うものがそこにあった。だから手元が緩んでつい、聖布を落としてしまう。運悪く聖布は、フィリップとエリシアのもとへゆらゆらと落ちていく。
しゃがみ込んで片膝をつき、聖布を拾って広げ見たフィリップは、青ざめたような表情となってしまう。落胆のあまり、立ち上がれなくなってしまったようだ。
フィリップを支えようとエリシアが寄り添う。そのとき彼女も見てしまった。何が起きているかわからない。信じられないものを見るような表情になっていただろう。
「な、なんてことだ……」
「…………」
フィリップはそれをつい口にし、ヴェルミナとエリシアは言葉を失ってしまう。
(なにか難しい加護が書いてあったのかな? でも難しければ難しいほど、やりがいもあると思うんだけどな)
何が起きても前向きな性格に育ったアーシェリヲンは、そう思ってしまう。彼にとって、困難は練習のようなもの。実際読んできた本の中には、理解するのが困難なものが多かった。だから彼にとって、難しいものは楽しそうなものと思えてしまうのかもしれない。
『空間』という加護は『空間魔法』を意味している。空間魔法は文字通り、空間を操作する魔法。
空間魔法は無属性であり、本来は魔力総量が少なく、魔力も強くない一般市民が授かることが多い。過去に、王族の王子や王女、貴族の子女が授かったということがただの一例もないのである。
ここユカリコ教の神殿には、聖女ユカリコが現役だったころから現在に至るまでに子供たちが授かった加護傾向や実績、それを記された記録を読んで熟知している。そんなヴェルミナだったからこそ、取り乱してしまったのだろう。
空間魔法自体はそれほど珍しい魔法ではない。この世界で比較的多くの人が授かる加護のひとつが『空間』だったからだ。
空間魔法の効果というのは実に簡単なもの。おおよそ五メートルくらいの場所が限界とも言われているが、その場所からその手のひらサイズから、両手が抱えられるサイズまでの大きさのあるものを、押し上げたり押し出したり、または引き寄せたりすることが可能。平たくいえば、一定の空間を制御する魔法のことを空間魔法というのだった。
一般的には建築現場や鉱山で使用される。この国ならば船への荷揚げ荷下ろしで重宝されている。また、倉庫への積み替えなどをする作業員の姿もよくみることがある。特徴は荷物が手から浮いていることだ。
魔法に対して、魔力耐性というものがあるのを覚えておいて欲しい。魔力耐性とは例えば、治癒魔法で怪我などを治してもらう際に、『相手の魔法を受け入れる』という意識が更に効果を上げることが知られている。
その反対に位置するのもまた魔力耐性である。要は『受け入れないことが可能』な耐性であると同時に、発動させる者よりも高い魔力を持つ者には作用しない。それも魔法全般に言えることだったりするのだ。
空間魔法もその理屈は同じ。例えば、空間魔法で人を持ち上げることも可能だが、治癒魔法のように『受け入れる』必要がある。ただ、もちあげようとする人よりも、持ち上げられる人の魔力が高いとそれは発動しない。
生き物以外には魔力耐性は存在しない。だから荷物などは容易に運ぶことが可能だということになる。もちろん、悪用されることもあるということだ。
魔法というものは、良い行為だけに使われるわけではない。騎士団へ検挙される罪人の中には、置き引き、万引き、スリ行為の容疑もいる。それらの輩はには、空間魔法を使うことが多いとも聞く。便利というイメージもあるが、悪用されることによりあまり良くないイメージを抱くものもいる。
この空間魔法便利であることは間違いないのだが、少々使いにくい面もある。それは、魔力の消費が無駄に大きいということだ。
例えば、船から荷揚げ、荷下ろしの作業中に、日陰で休んでいる船員などを見ることがあるだろう。なぜなら、空間魔法を一度発動させると、休憩をとらなければならない。それほどに、魔力の消費が激しいのだ。
例えば、逃げようとする家畜などを捕まえたりすることもできなくはないが、成功したらその都度休まなくてはならないという、使いどころの難しい魔法だ。それでも本来、人間が持ち上げることが不可能なほどに、重量のある荷などを移動させられるのだから、十分に魔力対効果はあると考えられている。
まとめとして、この空間魔法は魔力の総量のそれほど多くない、一般の人に授けられやすい。魔法を使用するのを見ることができるのは、港や倉庫、工事現場が殆ど。いわば『労働者階級で利用される魔法』という認識なのである。
加護を受ける際、『空間』の加護が授けられるとあまり喜ぶものがいない。それ故に、一般の人の間でも『不人気』な加護である。貴族たちの間では、もし自分たちが『空間の加護』授かったとしたら』のような例え話で使われる場合は、『不人気』どころか『劣悪』なものとして扱われているも事実だろう。
アーシェリヲンはエリシアとフィリップを振り向いた。自分に授けられた加護は、二人の
アーシェリヲンを見る両親の悲壮感漂う表情。前を振り返ると、ヴェルミナも申し訳なさそうにしている。彼にはわけがわからない。なぜ自分を褒めてくれないのか?
フィリップの手から落ちてしまった聖布を拾って、アーシェリヲンは自分の加護を知ってしまう。
「『空間』って空間魔法のこと、ですよね?」
知識のかたまりとも言えるアーシェルドには、それがどんな加護なのかすぐにわかってしまう。エリシアとフィリップはもとより、ヴェルミナも彼がどのような子かは理解している。
だから聡い彼は『空間』という加護がどういものなのか理解しているだろう。彼が笑顔だったこともあり、それを知ってまで心配をかけたくないと笑顔を作っている。そう思ってしまって余計に、エリシアたちは心を痛めてしまった。
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