第七十七話 お嫁さんをお出迎え。
前にグランダーグからヴェンダドールへ渡ったときも帆船だった。周りの商船も皆帆船である。だが、この船には帆が見当たらない。
「それでは出港いたします」
「えぇ、お願いね」
ユカリコ教の制服を着た船員が伝えると、ヴェルミナがそう応える。
ゆっくりと進み出すユカリコ教の船。今日は風が微風でありながら、思った以上に力強く進んでいた。
「あの、これ、どうやって動いているんですか?」
「はい。アーシェリヲン様。これはですね――」
何も不思議なことはなかった。この船は、『魔石でんち』を元に『魔力えんじん』を動力の軸として、様々な魔法を使って動いているとのこと。ユカリコが残したオーバーテクノロジー的な船。これ自体が魔道具とも言えるかもしれない。
速度が徐々に上がっていく。それに応じて船首もやや上がっていく。同じ方角へ進む船も見えるが、速度は数倍。これならヴェルミナたちがあり得ない日程でやってきたのも頷けるというもの。
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本来なら一ヶ月かかるところ、このユカリコ教の特殊な船では十日で到着してしまった。ガルドランが言うには『こんなに揺れないとは思わなかった』だそうだ。なぜなら、ヴェルミナは無理をさせて六日で到着させていたからだった。
アーシェリヲンたちは朝食をとるため、食堂へ来ていた。この船はとにかく凄かった。各自の部屋があるどころか、風呂まで完備。こうして食堂まで普通にある。もちろん、味は『れすとらん』そのまま。
朝から栄養のある食事をとって、お茶を楽しんでいたときだった。
「失礼致します。あと一時間ほどでグランダーグに到着いたします」
「それじゃ、あたしたちは北の港で降ろしてくれるかしら?」
「そのようにしてもらえる?」
「はい。かしこまりました」
メリルージュはヴェルミナに、ヴェルミナは船員に指示をする。
「あれ? ヴェンダドールじゃないんですか?」
「まずはグランダーグよ。だって、ガルのお嫁さんを迎えにいかなきゃならないんですものね」
「え?」
ガルドランは慌てた。なぜなら、聞いていなかったからである。
「し、師匠。なぜそんな?」
「あら? 言ってなかったかしら?」
「聞いてませんよ」
「だって、面倒じゃないの? イレイナアリーアちゃんだったかしら? 確か騎士爵家だったわよね? それなら、ね? ヴェルミナ」
「そうですね。先日、師匠に教えてもらったんです。アーシェリヲンちゃんはいずれ、グランダーグ最強の魔法使いになれる素質があるって」
「えぇっ?」
「そうしたならアーシェリヲンちゃんはいずれ、グランダーグの国王になるかもしれません。もし兄さんが、『テレジアちゃんを女王に』と引かなかったとしたらね、わたくしの名前で公爵家を興して、アーシェリヲンちゃんを公爵家の当主にするつもりですから」
「え?」
ヴェルミナは諦めていなかったようだ。
「フィリップくんがほら、騎士団長で伯爵でしょう? アーシェリヲンちゃんの護衛騎士のガルドランくんが、フィリップくん以下ということはないと思いますよ」
「そうよねヴェルミナ。それならほら、イレイナアリーアちゃんの家と釣り合わないということは」
「ありませんね、……それでも不安だと思うのでしたらそうですね」
ヴェルミナは席を立って一度部屋を出て行く。すると何やら手にして戻ってくる。
「師匠、これでよろしいでしょうか?」
メリルージュは丸められた書面をちらりと見ると、うんうんと頷く。
「十分よ。ありがとう、ヴェルミナ」
「メリルージュ師匠、何が書いてあるんですか?」
「これ? んっとね、ヴェルミナがね、ちょっとした後押しをしてくれたの。使わないに越したことはないんだけどね。あまりにも強力だものね」
「そうでしょうか?」
「あのねぇ、あなたは仮にも王妹殿下なのよ?」
「そうなんですよねぇ。兄さんは妹に少々冷たいものですから」
小一時間ほどで、グランダーグの北側に位置する小さな港へ到着。アーシェリヲンたちは馬車だけ借りて、船から降りることになった。
「アーシェリヲンちゃん、また会いましょうね」
「はい。ありがとうございます。ヴェルミナ叔母様」
「そう呼んでもらえるなんて、夢みたいだわ。ありがとう、アーシェリヲンちゃん。身体に気をつけてね」
「はいっ」
道を知るガルドランが御者を務め、客車にはアーシェリヲンとメリルージュが乗っている。
「ここもグランダーグなんですね」
グランダーグでは冬場もそれほど雪が積もらない。それなのに、こちらは馬車の車輪跡がつくくらい積もっている。
「そうだぞ。こっちはな、それなりに積もるんだ。アーシェの坊主が生まれたところは南側だから、ここまでじゃないんだろうけどな」
毎年窓から見ていた冬のウィンヘイム伯爵領は、雪がちらつき薄く衣を羽織る程度だった。
「僕は窓から見たウィンヘイムしか知らないんです」
「それならしっかりみておきなさいね。アーシェ君」
「はいっ」
確かに、グランダーグの北側には高い山がある。その中腹にも町や村があるのを本で読んだことはあった。グランダーグはとにかく広い。だからアーシェリヲンが全てを覚えていないのも仕方のないことだろう。
山道を登っていて、それなりに道も凹凸があるはず。それなのにこのユカリコ教の馬車は揺れが少ない。王都の神殿からヴェンダドールへ渡ったときに乗っていたのもそうだった。アーシェリヲンの家にあった馬車とは別格に思えるほどだ。
「そういえばガル」
「何ですか? 師匠」
「イレイナアリーアちゃんの家には、跡取りはいないのかしら?」
「確か、弟がいたはずです。俺より少し上の」
「あれ? そのお姉さんって」
「うん。俺より四つ上なんだ」
「それなら余計に急がなきゃならないじゃないの?」
「いや、そうなんですけどね……」
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港を出てから人と会うことがなかった。途中、町や村もなく、しばらく登りの街道だけが続いていた。三時間くらい走っただろうか? やっと人里らしきところが見えてくる。
「アーシェの坊主。あれが俺が育ったウォアレル騎士爵領の領都だ」
「おー」
「あたしも久しぶりなのよね、……あ、忘れてたわ。ガル、そこで端に寄せて止まりなさい」
「はい、師匠」
「どうしたんですか?」
メリルージュは腰にある魔法袋に手をやる。すると、彼女の手に、二つの布袋があった。
「はい、アーシェ君。これに着替えてね? ガル、あなたもこれに着替えなさい」
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