第五十八話 二人目の金の序列。
「君がアーシェリヲン君だな? 無事に戻ってくれて嬉しく思う。俺はこの支部で筆頭を任されているビルフォードという。よろしく頼むな」
近寄ってきて、その大きな手でアーシェリヲンの頭を撫でる。その仕草が誰かに似ていると思ったら、すぐに思い出す。それは間違いなく、ガルドランだった。
「はい。僕の名前はアーシェリヲンと申します。現在、鉄の序列です。ビルフォードさん、よろしくお願いします」
立ち上がって会釈しようとしたのだが、手のひらの圧力に負けて身動きがとれなかった。
「うん、礼儀の正しい子だ。無事に戻り、情報を持ち帰っただけでなく、捕らわれていた女性まで助けたと聞いている。よくやったな」
「はい、ありがとうございます」
手のひらの圧力は強いのだが、ガルドランのそれとそっくりで、壊れないように配慮された優しい手だった。
用意されていた椅子にどかり座りそうな勢いだったが、音は立てない。実に不思議な動作だった。
「ヘイルウッドさん、こちらは再調査の準備に入ったところだ。準備が整い次第、いつでも出ることはできると思う。俺たちの希望を酷い目に遭わせたんだ。裏でほくそ笑んでいるヤツを引きずり出して、それなりの礼をしないと皆も気が済まないだろう」
「ビルフォードさんご苦労様。この通り、我々も騎士団より先に調査へ向かうつもりです」
アーシェリヲンにもわかってしまう。この人たちは、この国の王家をあてにしていない。それどころか、元凶となる者を探し当てようとまでしているではないか?
「ビルフォードさん。僕も調査に参加させていただきたいのですが」
「それは困ったな。これは銀の序列以上にさせてもらっている。何せ、危険が伴うからな」
「でも僕は当事者なんです。僕は僕自身の手で、汚名を返上しなければならないんです」
「そこまで男の子に言われてしまったらなぁ。後方支援であればあるいは? ところで君は、得意なものはあるのかな?」
「はい。弓ならメリルージュ師匠からお墨付きを――」
「今何と言った?」
「メリルージュ師匠からお墨付きをもらっていますと」
「なんと、メリルージュ姉さんからか……」
「もしかして、メリルージュ師匠をご存じなのですか?」
ビルフォードはばつが悪いという感じに頬を指先で掻いている。
「ご存じも何もな、俺は君の、兄弟子ともいえるんだ」
「え?」
「俺もな、師匠の弟子なんだよ」
「そうだったんですか?」
まさか、陸路と海路で一ヶ月と離れた場所で、兄弟子がみつかるとは思っていなかった。メリルージュはどれだけの弟子をとったのだろうと、アーシェリヲンは驚いてしまう。
「弟弟子だからといって、腕前を確認しないと許可は出せない。いいな?」
「はい、大丈夫です」
この国の支部にも地下練習場はあるのだという。だからアーシェリヲンはビルフォードと、午後から探索者協会地下で落ち合おうと約束をする。
▼
午後になり探索者協会へ向かう途中、アーシェリヲンは誰かに見られている気配を感じる。その方向へ視線を向けると、手を振る男性がいた。なるほど、探索者協会から派遣されている探索者が見守ってくれているようだ。
ユカリコ教の神殿のブロックから裏側へ廻り、となりのブロックへいくまでほんの数分。その間にも二人探索者が確認できた。ありがたいと、アーシェリヲンは思っただろう。
探索者協会のホールに入ると、なぜか人がいない。受付の女性を見ると苦笑している姿が確認できる。
(あれ? 皆さんまだお昼なのかな?)
首を傾げながら、アーシェリヲンは地下へ降りて行く。すると、地下からかなりの人数がいる気配を感じ取る。ここの探索者は、食後に身体を動かすのかと、思ってしまっただろう。
「みんな、俺たちの希望であり、俺の弟弟子、アーシェリヲン君を紹介する。暖かく迎えてやってくれ」
ビルフォードの声が響くと、拍手の音が聞こえた。どうりでホールに誰もいないわけだ。ヴェンダドールの本部と同じくらいの地下室に、五十人くらいの探索者が待ってくれていた。
「あ、ありがとうございます。初めまして、アーシェリヲンと申します」
いつものようにぺこりと会釈。そのあとまた拍手が起きる。
「後日、例の宿場町へ調査に出る予定だが、アーシェリヲンからも参加したいとの申し出があった。今回は危険の伴う任務のため、銀の序列以上と設定してある。だが彼は鉄の序列だ」
なるほどそうだなと、探索者の間からも声があがる。
「彼は渦中の被害者でもある。だが、汚名を返上したいと申し出もあった。だから俺は、彼の腕前を確認させてもらうことにした。だから皆にも確認をお願いしたい」
アーシェリヲンは弓の練習場の前に立つ。アーシェリヲンは弓と矢筒を取り出した。彼の右腕にあった『呪いの腕輪』を見て笑うビルフォード。
「なるほど。それが例のやつなんだな? 微量に魔力を吸われ続ける。まさに『呪いの腕輪』だな」
「はい。すっかり騙されました」
「そうか。姉さんらしいな」
「はい」
「それでは、準備はいいかな?」
「はい」
「では、やってくれ」
「いきます」
ヴェンダドールの地下室と同じで、的までおおよそ三十メートル。矢をつがえ、弓の弦を軽く引き絞ると、矢を放った。的に当たる。ほぼ真ん中。
『おぉ』
周りからどよめく声が聞こえる。
「なかなかだな」
「はい。メリルージュ師匠からは『明るい場所なら当たり前の距離。そうなるまで鍛錬なさい』と言われています」
「相変わらずの厳しさだな……」
ビルフォードは苦笑する。
「続きいきます」
アーシェリヲンは二本目の矢をつがえ、弦を引く。
(じっと見て、右手に魔力っと。うん、この位置に『置く』っと)
そのまま、放った。
「え?」
『え?』
ビルフォードも、周りの探索者も皆、同じ反応。皆絶句しているのだ。
アーシェリヲンがやらかしたのは、矢の一番うしろ。弦を当てる、
一本目の矢が揺れている。新たな矢はずれて横に刺さった。木製の矢だからはじけてほんの少しだけ短くなっているだろう。
「次、いいですか?」
「あ、あぁ」
アーシェリヲンは同じように弦を引き絞ると、右手に魔力を流して命中するように、その軌道へ『置く』ように空間魔法を発動させた。
本来なら矢を直接置いたほうが早いのだが、魔法でやってしまうと駄目である。それにこの距離なら、この方法でも十分見せられるだけの結果を残せることを知っていた。
アーシェリヲンは弓を射る。先ほどと同じように、一本目の矢に当たって揺れた。三本目の矢は逆の位置に刺さった。
「これでどうですか?」
あり得ないほどの命中精度を見せつけたアーシェリヲン。
「どうですか、ということはだ。アーシェリヲン君。狙ったのか?」
「はい」
ビルフォードは頭を抱える。だが、約束は約束だ、認めないわけにいかないだろう。
「……これは認めざるを得ないだろう。どうだ?」
この場にいる誰の目にも、アーシェリヲンがちょっとだけずるをしたことに気づいた者はいないはず。それもまた、彼の技の一つなのだから。
ぱらりぱらり、やがて一斉に拍手が起きる。探索者たちはアーシェリヲンの腕を認めた。
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