第三十八話 序列が上がって。
マリナはアーシェリヲンに言われた通りの依頼書を見せてくれる。間違いない、依頼内容には『魔石でんち』の充填作業と書いてある。
「これかしら?」
「はい。これです」
「あのね、この依頼だけど」
「はい」
「序列点を出せないって説明したわよね?」
「そうですね」
依頼であって依頼でない。なかなか複雑なものだと軽く教わったはずだ。
「秘密にする必要がないから話しておくわね」
「はい」
マリナは見覚えのある『魔石でんち』をアーシェリヲンに見せる。
「これはね、ひとつ充填するとうちでは銅貨五十枚出してるの」
「へぇ、そうなんですね」
「それでね、取引先の商会でね、銅貨百枚で買い取ってもらうの。差額の銅貨五十枚がこの本部に入ってね、運営資金の一部になってるの」
「なるほどなるほど」
「魔力に余裕がある探索者さんがね、一本か二本充填してくれているわ。私やパパ、他の職員のお給金の一部にもなってるのよね」
「そうなんですね」
「依頼というより、仕入れになってしまうわけ。それにね」
「はい」
マリナは少々複雑な表情になってしまう。
「前はね、序列点ありだったんだけれど、無理をして倒れてしまう人が出てしまったの」
「あれま……」
「銅貨五十枚のために倒れられるのもこちらとしては困るわけね」
「それはそうですよね」
「だから今は、依頼ではなく序列点なしのお願い、ということになったの。わかってもらえたかしら?」
「はい。わかりました」
「その」
「何かしら?」
「それって何個充填してあってもいいんですよね?」
「えぇ。多ければ多いほど、協会本部が助かるわ」
「それなら僕、やってもいいですか?」
「アーシェリヲン君。私の話聞いていたでしょう? 序列点、つかないわよ?」
「お世話になるからいいんです。僕のお金も増えるから問題ありません」
「そう? じゃ、こっちに来てくれる?」
「はいっ」
マリナの後ろをついて受付の中へ入り、受付に沿って裏側へ。そこは買い取りしたものなどを保管する倉庫になっているようだ。
「これが『魔石でんち』よ。これなんだけど、わかるかしら?」
アーシェリヲンにも見覚えがある円筒状のカートリッジ。実家で使っていたものと全く同じだ。流通しているものと実家のものは同じもの。
魔石をみるとどれも透明。これを充填して染め上げて、買い取ってもらうのだろう。
「はい。僕が知ってるのと同じですね」
アーシェリヲンは左腕の『魔力ちぇっかー』を見る。魔石の色は橙色。何度もやっていたから『一本くらいは大丈夫だろう』、そう思ったはずだ。
「これをこうして『にゅるっと』。……うん、終わりですね」
「え?」
左腕を見て、変化がないのを確認できた。
「あともう一本いけるかな? マリナさん、いいですか?」
「え、えぇ」
呆然としつつ代わりのものを手渡す。するとアーシェリヲンはあっさり充填を終えてしまった。『魔力ちぇっかー』魔石は黄色に近い橙色。余裕ではあるが、無理はしないことにおくべきだろう。
「明日はもう少しできると思います。またやっても大丈夫ですよね?」
「え、えぇ……」
その日の稼ぎに銀貨一枚追加されたアーシェリヲンだった。
▼
アーシェリヲンは自室の隣、レイラリースの部屋のドアをノックする。ここは神殿の中ということもあり、安全が確保されているからだろう。ドアが開くと、彼女の姿があった。
「アーシェくん、どうしたの? まだ夕食前なのよ?」
そう言いながらも、アーシェリヲンを招き入れる。レイラリースはテーブルにある椅子を引いて『ここに座りなさい』という仕草。アーシェリヲンは素直に座る。
温かいお茶を入れて、カップを出してくれた。レイラリースも同じものを自分の前に置いて椅子に座る。
「あのね、レイラお姉ちゃん」
「どうしたの?」
「これ、僕、序列が上がったんだ」
アーシェリヲンは探索者協会発行のカードを見せる。するとそこには『鉄』の序列であることが記されていた。
「え? 何これ?」
アーシェリヲンは探索者になったばかり。驚いても仕方のないことだろう。
「あのね、レイラお姉ちゃん――」
アーシェリヲンは自分にあったことを説明する。魔法の使い方を模索したり、薬草採取のこつがわかってきたところで、例外が起きてしまった。その結果、探索者協会はアーシェリヲンの序列を上げざるを得ない状況になった、ということを伝える。
「頑張った、ううん。ちょっと頑張り過ぎちゃったのね」
「うん。そんな感じ?」
「でもね、アーシェくんならそういうこともあるかもしれないって、気をつけるようにって言われてたのよ」
「え?」
レイラリースは椅子から立ち上がる。アーシェリヲンの後ろから優しく抱きしめた。
「ヴェルミナ司祭長様からね、アーシェくんのことを聞いていたのね」
「え?」
「探索者になって、鋼鉄の、銀の序列になったら、依頼を受けたいって」
「あ、それ……」
「わたしもね、『治癒』の加護を持ってるの。船の中でかけてあげたのわからなかった?」
確かに、額に手をあててもらったとき、気持ち悪さが和らいだのを覚えている。
「同じ加護を持っているから、お二人にも面識はあるわ」
二人というのは、アーシェリヲンの母エリシアと姉テレジアのことだ。
「わたしはね、アーシェくんを見守るために、進んでここへ来たの。『うぇいとれす』になるのも目的だったんだけどね」
アーシェリヲンが落ち着いたあと、晩ごはんを食べてから眠りについた。眠くなるまでレイラリースに手を握ってもらい、話をしたのは内緒にしてもらった。
▼
翌日、目を覚ますと『魔力ちぇっかー』の魔石は青くなっていた。よく食べてよく眠る。成長期だから回復も早いのだろう。アーシェリヲンは良い方向へ解釈することにした。
「レイラお姉ちゃん、いってきます」
「朝ごはん食べなくてもほんとうに大丈夫?」
「うん。今朝はね、あの大きなガルドランさんと一緒に食べようと思んだ」
「確か、狼人で高位の探索者さんだったかしら?」
「うん。色々と聞きたいことがあるからね」
「わかったわ。でも無理しちゃ駄目よ? 気をつけてね、いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
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