第十四話 思い悩む父と母。

「あなた、それくらいにしておいたほうが……」


 アーシェリヲンの誕生を祝ったその夜。フィリップは珍しく酒を飲んでいた。基本的には王都にある騎士団宿舎でしか飲まない彼も、さすがに疲弊したのだろう。なかなか考えがまとまらない辛さと、忘れてしまいたいという葛藤から、酒に頼ってしまったのかもしれない。


 頭を掻きむしって、フィリップは頭を垂れる。エリシアはまるで、子供をあやすように彼の背中を優しくたたく。


「……あのさ」

「はい。なんですか? あなた」

「俺、陛下にお願いして、降爵こうしゃくしてもらえないか相談しようと思うんだけど」

「なに馬鹿なことを言っているんですか?」


 エリシアも驚いて当然。なにせ現国王はエリシアの父なのだ。


「別にね、陛下に反旗をひるがえすとか、そういうことじゃないんだ。けどね、俺が伯爵だから、アーシェのお披露目ができないんだよ。ただの騎士団長でさ、子爵、いや男爵あたりだったら、こんなに悩むこともなかったかもしれない。そう思うとさ、これが一番いいのかなって……」

「それはそうかもしれません。もし、そうなったとしたら、この地を治めることを許さない家も出てくるでしょう。あなたを支えてくれていたこの領の方々を、どうするつもりなのですか?」

「それがあるんだよなぁ……」


 伯爵だからここを治めている。フィリップはウィンヘイム侯爵家直属だから、このまま子爵や男爵になったとしてもこの地を治めることが可能かもしれない。だが、建前というものもあるのだから、何のお咎めもなしというのは無理な話だろう。


 降爵する理由がアーシェリヲンの加護だと知れたなら、全く意味がなくなってしまう。それこそ、アーシェリヲンになんらかの嫌がらせをされる可能性も考えられるわけだ。


 フィリップが飲んでいるのは、騎士団宿舎から前に持ってきた、この国でも一番酒精どすうの強い酒だ。いつもなら眠くなってくるところだが、一向に酔える気がしない。


「――ふぅ。俺が準男爵のままなら、お前とも一緒になれなかっただろうな。でも俺は、今の爵位よりも、アーシェのほうが大事なんだ」


 騎士団に入ると、準男爵に任命される。この国では新しく騎士爵や準男爵になった場合、小さいながら領地も与えられる。ただそれには、領地で待つ伴侶がいないと領地は保留になってしまう。男爵へ昇爵したときに将来性を認められ、エリシアと交際を許してもらった。


「それならば私がいっそお父様にお願いをして……」


 一つ間違えたなら、エリシアは国王と王妃に『加護の揶揄をした貴族に断罪を』などと言いかねない。なぜならエリシアが『れすとらん』で働きたいと言ったときも、すぐに手配をしたほどに、二人とも彼女を可愛がっているからだ。


「いや、それこそまずいだろう? 妃殿下おかあさまならやりかねないが……」


 エリシアの母、この国の第三王妃はアーシェリヲンとフィールズにベタ甘である。ちなみに国王はテレジア派だ。

 ちなみに、まだ幼いフィールズは置いておいても、テレジアとアーシェリヲンはこの事実を知らない。国は第三王女より下の妹姫たちの名を公表していない。お披露目もクローズドなかたちで行われている。

 だからエリシアはエリシア・ウィンヘイムとして『れすとらん』で名前が広まった。侯爵家の令嬢としてである。国民も知らない事実であった。


 この王族はそうでもなかったが、貴族家の中にはより良い加護を授かった子がいる場合、より大々的にお披露目をする習慣となってしまった。それは貴族として名を売るのと同時に、王へのアピールでもあったのだろう。


 フィリップはそんなつもりは毛頭ない。だが、ウィンヘイム家がどうこうというより、アーシェリヲンに非難の目が集まることを懸念している。

 同じくして王に忠誠をちかっているとはいえ、貴族たちは一枚岩ではない。己がのし上がるためには出る杭は打ちたい、足を引っ張りたい。そのための獲物にされる可能性が高いからこそこうして、悩んでいるのである。


 アーシェリヲンは剣が苦手だから、将来的には騎士団のような武官の道へ進むことはないだろう。だが、知能はこの国歴代の貴族としてもずば抜けて高く、研究職や文官として伸びていくだろう。


 文官が当主となった例は少なくはない。当主は国と領民に対して、どれだけ貢献できるかが重要だからだ。


 『剛体』と『治癒』の加護などは、国民を領民を守るためのものだと言われている。ともに、魔力が高く総量も多いものにしか授かることがないとされている。王族や貴族の間に多いのは、一般の人では扱えないという意味でその傾向が高いのだろう。


 魔力の高さは血統によって引き継がれる。平たく言えば遺伝しやすい。一概に高い魔力を持つ親から生まれた子は、必ず高いとは言えない。


 魔力の高い親と低い親との間に、魔力の高い子供が生まれることも多々ある。正直言えば、生まれるまでわからないのが実情であった。


 貴族と庶民の愛人との間に生まれたものの中に良い加護を授かったとしたら、養子養女として受け入れ、お披露目をすることは十分にあり得る話だ。その反面、『空間』の加護が現れたとして、それをおおやけにすることはない。


 どちらにしても、その場合は愛人が神殿に子を連れてくる。愛人との間に生まれた子を貴族が神殿で洗礼を受けさせることはないだろう。実に好ましくない習慣である。


 重ねてのことだが、聖女ユカリコ没後四百年の間。庶民階級で授かると言われている『空間』の加護は、王族や貴族で授かったという事例はない。


 それはユカリコ教の神殿にある議事録にも刻まれている。だから司祭長のヴェルミナがあれだけ狼狽うろたえてしまったのだろう。


「なぁエリシア」

「はい、あなた」


 フィリップはエリシアのの胸元に額を乗せて、ぼそっと呟く。


「俺たちはアーシェに、何をしてあげられるんだろうな?」


 酒によって頬が染まっているフィリップの目にいつもの力強さはない。こうして弱みを見せるのは、エリシアの前だけである。


 エリシアはフィリップの頭を抱え込むようにして、辛そうに言葉を繋ぐ。


「私たちには何もできないかもしれません。ですがこうして悩むのは、親の責任なのでしょうね」

「あぁ、そうだな」


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