第四十九話 この状況で僕に何が?。

 アーシェリヲンは耳を澄ませる。何か聞こえないか、小さな音も逃さないように集中するが、近くに人の声は聞こえない。


 さて、自分に何ができるのか、自問自答してみた。自分の持ち札は、空間魔法と『呪いの腕輪まほうぶくろ


 アーシェリヲンは手枷のような固いものを意識して、手首に魔力を流す。


(『格納』)


 すると、手首はきつく締め付けられた感から解放された。順次目元と口にある布を触れて格納し、身体を曲げで、足首にあるだろう足枷だと思われるものに触れて格納。これでアーシェリヲンは自由の身になったわけだ。


 身体を起こし、改めて辺りを見回す。この部屋は照明がないのか、真っ暗である。


 左腕の『魔力ちぇっかー』の光が見えないことから、外されているようだ。触っても確かに感じられない。預かり物だから取り返さないといけない。


 右手の『呪いの腕輪』は中身を確認るとき、薄暗い場所で中でもできるように、魔力を込めると一定時間光る仕様になっていたはず。アーシェリヲンは、『呪いの腕輪』に左手をかざし、魔力を込めてみた。すると、薄暗く光りはじめた。


 忘れたことのように思い出す。アーシェリヲンに空腹が襲ってくる。確かガルドランに『何か食い物と飲み物を入れておけ。狩りの最中にとりに帰るのは駄目だ』と教わった。そのあと色々と買って格納してあったはずだ。


 アーシェリヲンは、パンとお茶の入った水筒を取り出す。お茶を飲んで喉を潤し、パンを食べて一息つけた。これでやっと、次の行動を考える余裕が出てきたというものだ。


 何者かに誘拐されてしまったのは間違いない。だが、マリナが持たせてくれた『呪いの腕輪まほうぶくろ』をうまく使って身体の自由を取り戻せた。


 アーシェリヲンの身体に傷一つ浸けられていないところを見ると、彼自身に商品価値があると考えられていると、思っていいだろう。


 『呪いの腕輪』から出ている淡い光に照らされた薄暗い部屋は、左右四メートルほど。思ったよりも狭い場所だ。まるで小さな家の倉庫みたいな大きさ。何も置かれていないことから察するに、普通の部屋として使われているわけではないのだろう。


 壁に沿って視線を移すと、大きな鉄製の扉をみつけた。内側には扉を開けるための取っ手が見当たらない。鍵穴も同様。普通に考えたらここから出ることは不可能だと思えるだろう。


 アーシェリヲンは、ここから脱出するために、反撃の準備が必要だ。何かあっても、狩られる側ではなく、狩る側でいなければならないという、覚悟を決める。これは討伐の依頼だ、そう思い込むようにする。


 アーシェリヲンが九歳になったばかりのとき、父フィリップが血だらけで帰ってきたことを思い出す。全身の血は彼のものではなく、領地を襲った盗賊の返り血だと聞いた。


 フィリップは盗賊全員斬り捨てた、そう、アーシェリヲンにも教えたのだ。


『領民は俺の家族だ。家族に手を出すヤツは、俺は生きて帰したりはしない。それは貴族の務めでもあるんだ。家族を守るためには、この命をかけなければならないときがある。だが、家族が待っているのなら、生きて帰らなければならない。家族が悲しむのは見たくないからな』


 そう、フィリップは言ってくれた。


 アーシェリヲンの目的を達成するためには、鋼鉄の序列が必要だと思われる。もしかしたら銀の序列が必要なのかもしれない。どちらにしてもまだ、鉄の序列になるには序列点が足りない。


 それなら待っている家族に会うためなら、ここで死んだりするわけにはいかない。とにかく生きて、ヴェンダドールの探索者協会にいる師匠のメリルージュの元に、兄弟子のガルドランの元に、神殿にいるレイラリースの元に戻らなければならない。


 ここにいるであろう、アーシェリヲンを攫った悪人を、全員討伐してでも生きて帰る。その覚悟はもうできた。あとは行動に移すだけだった。


 鉄の扉に手をかざして、頭の中でに『格納』するように念じて魔力を流す。それはあっさりと、もとからそこになかったかのように『呪いの腕輪』へ移動していた。大きさはそれほど関係ないのだろう。


 一気に視界が明るくなるが、更に慎重になる。なぜならこれから行うのは討伐であるからだ。これまで討伐依頼をこなしたことはないが、師匠のメリルージュから教わった『必要なこと』。メリルージュから教わったように、気配を抑えることを念頭に置いて深呼吸をする。


 畑を荒らす獣レベルの覚悟ではない。盗賊と思われる輩を退治する。必要とあらば命を終わらせる、という覚悟を済ませていた。


 なるべく足音をたてないよう、落ち着いて薄暗い通路を進む。いつでも対応ができるように、こっそりと息を潜める。


 先の部屋から明かりが漏れており、人の気配も感じられる。耳を澄ますと、男たちの声が聞こえてきた。


「――それにしても楽な仕事だよな」

「そうだな。弓の名手と聞いてはいたが、所詮、使い物にならねぇ空間魔法しか持っていない小僧だ。調べたとおり、気持ち悪いくらいのお人好しのせいでな、お前が倒れたふりをしただけであっさりひっかかりやがった」

「あぁ、あれは笑いを堪えるのが大変だった。でもな、あの小僧は金になる。なにせ、生きた『魔石でんち』だからな。俺たちでも金貨千枚、いや、二千枚どころの話じゃないぞ?」

「確かに。おまけにあの狐娘。人獣ひとけものはその筋じゃ高く売れるんだ」


 男がいう『人獣』とは、ガルドランたちとは違う、人の容姿に近い獣人のことを指す。ということは、アーシェリヲン以外にも攫われている人がいるということだ。更に慎重にならなければと、思っただろう。彼はもう、その女性を助けるつもりでいるのだから。


「まさかお前」

「いやいや安心しろよ。生娘はそれだけで高い値がつくのを俺だって知ってる。それにあんな小娘相手にするわけがないだろう? 俺の好みはこう、もっと、な」

「あははは、ちげぇねぇ。この胸好きが」

「お前は尻だろうが」

「腰と言え、腰と」

「明日には引き渡す約束になっているんだ。儲かったら豪遊できるぞ?」

「今夜は安酒で我慢するか、楽しみは後にとってあったほうが旨いからな」


 男たちの話のとおり、酒の匂いがする。それもかなりの匂いだ。これだけ酒が入っていたなら、|咄嗟の判断も遅れることだろう。


 物語でしか読んだことがない下世話な話が、すぐそばで耳にするとは思わなかった。以前父フィリップから聞いた言葉を思い出すと、気持ちが冷めていく。

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