第52話 リョウタの捨て身の作戦が功を奏する
「仰げばーとおとしー我がー師のおんー」
ユウさんは「仰げば尊し」をチョイスした。アレって作者不詳だったのか。でも、何を歌っても下手なものは下手だ。きっと、彼女の各学校の卒業式は周りの者にとっては苦行だったに違いない。
現に今も耳栓越しであってもキツい。ティモ君も前回は遠くからだったが今回は間近だ。目をギュッとつぶって、一応は大声で適当に叫んでいる。いや、叫ばないとユウさんの歌声に頭が侵略されるからだろう。
ヒュドラの剣は鞘に入っているし、見た目はわからないがヒビが入らなければ良いが。蘇生できる教会はこの辺りには無いし、僕たちの蘇生アイテムや魔法は効かないだろう。
「心頭滅却すれば火もまた涼し……って言うけど歌は変わらないな」
僕は大声を上げながら錫杖を精一杯振ってジャラジャラと鳴らした。要は魔術の詠唱の邪魔するのだからこれもありだ。でも、一番はユウさんのデスボイスを自分の耳からかき消したいのだ。そのくらい彼女の歌声は谷にこだましていた。
普通はエコーかかると下手な歌もごまかせるのに、なんで苦行が倍増しているのだ? もしかしたらこれもこの法衣の元の持ち主が与えた修行なのかもしれない。僕はそんな熱心な仏教徒では無かったはずなのだが、なんだかそう思えてきた。ある意味ランナーズハイだ。でも、仰げば尊しは短いからもうすぐ終わるはず……。
「たがいにーむつみーし ひーごろのおんー」
な、二番だと?! 普通は卒業式でも一番だけなのに!
何番まであるのだろう、まあ、せいぜい三番までだ。
僕の見立て通り、三番までであった。しかし、ユウさんはノッてしまった。
「よーし、アンコール行くぞー!」
え?! 最初に一曲歌い終えるまでと決めてたじゃない。それを破る?! そんなに著作権侵害しない歌を沢山知ってるの?!
「ふーじのたかねーに」
セイレーン相手に歌ってた曲! そっちか! ティモ君はさっきよりも強く身構えている。ヒュドラの剣も明らかにカタカタ震えている。
マズイ、このままだと別方向でパーティーが全滅する。 唯一蘇生魔法が使える僕はもちろん、蘇生アイテムは高価な物だから隠し持ってもらっているティモ君と同時に倒れたらゲームオーバーどころではなくこの世界は終わる。
しかし、他の魔物も逃げている様子が見えている。谷の岩陰から、地中から、空ですら鳥や飛行系魔物が慌ててUターンしていたのも見た。こんなに潜んでいたのか。
「なんだかバル○ン焚いてゴキブリ駆除しているみたいだ……」
「リョウタ、何か言ったか?」
錫杖を大きく振りながらボソッと言っただけなのに、ユウさんは地獄耳だ。
「い、いや、ユウさんはレパートリー豊富だなって」
「ああ、ゲーム運営にBANされてはたまらないから作者不明やら著作権切れの歌はいくつか歌えるぞ。あとは民謡やクラシックも古すぎて侵害に当たらん」
彼女が得意げに自慢する間に歌声が途切れたことで魔物がまた戻っていくのが見えた僕は焦って言ってしまった。
「そんなに知ってるの、すごいなあ、ユウさん。じゃ、他にどんな歌を歌えるの?」
「よし! やはりアンコールするぞ! ノッてる時で著作権フリーだと、あれかな、あ、でも歌詞はまだ切れてなかった。えーと……」
早く、早く! 歌わないと振り出しに戻る!
「いや、サッカーの応援歌に使われているチャントは歌詞が無い! 代表戦にも使うアレだな」
そう言ってユウさんが再び歌い始めた。ごめん、ティモ君、ヒュドラの剣。迂闊に谷に踏み込めない以上はこれしかない。現に魔物が逃げている。異変に気づいた詠唱者も何事かと様子を見に来るはずだ。
仮に手下に偵察行かせても、逃げ帰るか気絶するから不審に思うはずだ。
「オー、オオオー、オー、オー!!」
こ、これはエルガーの「威風堂々」だ! ってスタジアムでは適当な区切りを付けていたけど、これはその気になれば同じフレーズの繰り返し。試合中だと長くても五分程度だが喉がかれない限り、延々と歌える。
そして、これはユウさんの推しのクラブのチャントであり、その威力は本当にスタジアムが揺れる。
普段でさえ圧の強い曲、そしてユウさんの破壊力。いつ終わるかすらわからない。これは奴が出てくるか、僕たちが全滅するか、際どい前哨戦でもある。
「ぼ、僕、耳が辛い」
『さ、さすがに精神力が……』
ティモ君とヒュドラの剣が弱ってきている。もしかしたら、今までのバトルも彼女に歌わせれば良かったのかも、いや、その前にパーティーが、ってさっきも同じことを考えていた。僕も精神が相当やられている。
さすがに休憩を挟もうと言いかけた時、谷の向こうから疾走してくる何者かが現れた。
「誰じゃ! さっきから下手な歌で谷を騒がせとる奴は!」
ティモ君と同じ肌の色、とがった耳。魔族なのは間違いない。魔王解放を企んでいる奴なのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます