第40話 ヒュドラの倒し方が何かがおかしい
大理石の欠片を換金して、私達は旅を続けた。微かに硫黄の匂いがするが、行商人や時々ある店に聞くと谷はまだまだ先という。
困った、早くクリアしないと懲戒免職だ。プレーが終わった途端に無職なんて嫌すぎる。履歴書には書かないとならないし、書かなければ虚偽の申告でクビになるし。
「ふはは、見つけたぞ。貴様が噂の女剣士ユウだな」
ああ、同期で懲戒免職になった人に連絡を取るべきか。どうやって再就職したのか。
「ガーゴイルはやられたそうだが、私は違うぞ」
しかし、『親類の会社で働いている』と言われたら私には無理。親類には会社経営者いないし。
「貴様を倒せば、あのお方を安心させられる」
やはり、コンビニやスーパーでバイトかな。でも、コンビニってレジ打ち以外にも揚げ物調理やら、コーヒーマシン手入れやらタバコの銘柄覚えや、宅配手続きに公共料金の取り扱いもあるから大変だし、賃金たくさん貰ってもいいくらいのマルチタスクをこなす仕事だ。今から覚えられるのだろうか。
「って、聞いてるのか?」
「ユウさん、目の前、目の前! 魔王の手下っぽいヒュドラがいるって!」
リョウタの呼びかけに気がつく。再就職の心配ばかりしてちっとも気づかなかった。なんだかヤマタノオロチみたいな巨大な蛇が目の前にいる。
「ん? お前も仕事か、大変だな」
「敵に同情されるとは私も舐められたものだ」
「いやあ、この先、魔王倒したら再就職どうするかと悩んで。まあ、そういう時は深く悩まず飲むことだ。さっき行商人からいい酒と干しカエルのツマミを買った。お前らもいくか?」
私がザックから酒とツマミを出すとヒュド……何だっけ? ヤマタノオロチもどきが嬉しそうな顔をした
「お! ヘビの好物を知ってるとは通だな」
ヘソクリで多めに買ったのは正解だった。リョウタは下戸だし、ティモは未成年だ。
「ユウさん、一応相手は敵だよ。それにいつの間にかそんなに買い込んでたのさ。カエルの干物とかツッコミどころ満載だし。いや、ここではカエルは普通だった」
「リョウタさん、あのユウさんだし、声を掛けても無駄じゃない? ヒュドラも乗り気みたいだから様子見しよっか」
***
「じゃ、器が無いから直に一口ずつ流すから、ひいふうみい……頭が九つもあるのか。凄いなあ、故郷に伝わる伝説の大蛇より頭が一つ多い」
「ほほう、我らと似たものがいるのか」
私は口を開けた彼らにお酒を適量ずつ注いでいく。ラッパ飲みは無理な大きさだからだ。
「ああ、だがスサノオという神が倒してしまったが。もう何千年も昔の話だ」
私は適当にちぎった干しカエルを彼らの口に投げ込みながら答える。
「残念だな、会えるかと思ったが相手が神ではさすがに我らでも歯が立たない。しかし、美味い酒だな。ちょっと強いが」
そっか、蛇には強かったかな。テキーラみたいな酒だからチェイサーの水も本当は必要なんだが、まあ、ちびちびやっていけば問題ないだろう。
「仕事ってさあ、面倒だよね。かといって、今までやった事無い仕事に鞍替えも難しいし、元はといえば上司がダメなんだけど」
「うーむ、私はあのお方に拾われて強化されたから感謝してるな」
「俺も感謝してる。だから多少キツくても言われたことは成し遂げる」
「わしも」
「私も」
頭が次々と返事してくる。ごちゃごちゃして聞きにくい。
「いい雇用主に恵まれたのだな。うちも上司が話がわかる奴ならいいのだけど、本当に無能でなー」
「ほう、あのお方は良い方だ。さすらって居たら拾われて我らに知性を与えてくれた」
「そうそう」
「しかも肉体も強化してくれて、あの一帯の毒にも耐性を与えてくれた」
「あのお方はすごいよな」
また頭が一斉に答える。さすがに聞き取れない。
「あの、ちょっとだけお願い。答える時は一つ、いや一頭ずつにしてくれない? 聖徳太子ではないから」
「ああ、わかったショウトクタイシが何か分からんが重ならないようにする」
「よし、話がわかる奴らだ。追加の酒な」
また彼らの口に酒を注ぐ。九つもあるとちょっと大変だ。
「おお、すまんの。代表してお礼を言う」
「いやあ、それほどでも。干しカエルのお代わりは?」
「ああ、もらおうか……」
答え終わる前に次々と頭達が寝込んでしまった。やはりチェイサー無しでテキーラもどきはきつかったか。
「ユウさん、酒を飲ませてやっつける作戦とはさすがだね」
「今のうちに止めを刺そう!」
リョウタとティモがやってきて私を称賛する。そっか、日本神話そのまんまのシチュエーションか。
「うーん、一緒に酒盛りした相手を殺すのは気がひける」
「はあ?!」
二人とも驚きとも呆れとも取れる返事を同時にされてしまった。
「なんというか、まだ害を受けてないし」
「ユウさん、魔王の手下だよ。相手はユウさんを殺る気満々だったじゃない」
「そうだよ、今がチャンスだよ!」
「しかしなあ、同じ釜の飯食った仲間というか、なんというか。寝てるからそのまま行くのでダメ?」
「えぇ……」
二人とも変な顔しているが、なんというか、酒を飲むと、情がわいてしまうなあ。
「ユウさんが言い出すと聞かないのは僕が分かってるよ。じゃ、行こう。ただし、少しでも早く遠ざかること!」
「あ、ティモ。メモをお願いできる? 『飲ませ過ぎてごめんなさい ユウ』とでも書いてヤマタノオロチもどきのそばに置いて」
「分かった。でも、ヒュドラなんて強い魔物だから倒したらすごいのに。せめて、何かお宝持ってないかなあ」
ティモが素早く寝ているヒュドラの頭を持ち上げてチェックしている。
「うーん、剥がれたウロコくらいかな。でも硬いから何かに使えるかも」
「じゃ、それでいっか。あ、毒蛇なら少し毒をもらっていくか。確か牙の下に空き瓶を当てて、と」
こうしてウロコと毒を入手して私たちは先に急ぐことにした。二十一日まであと少しなのだ、時間がない。
「リョウタさん、僕、何を信じたらいいのかわからなくなってきた」
「ティモ君、僕もなんだか理解できないよ」
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