第44話 奥様、修羅場と勘違いする

 鍛冶屋がいろいろ試させてくれと言うので最低でも二日は滞在することになった。何でも、こんなにヒュドラの鱗というレア素材が沢山あるのは珍しい、改造しがいがあるとかなんとか。あのヤマタノオロチ、そんなに貴重だったのか。仲良くしておいて良かった。


 でも、あと少しでサイドの谷なのに。しかも毒ガスが噴出しているから簡単には進めない。リョウタには解毒魔法を多用するからと魔力回復剤を多めに調達して、酸素ボンベ代わりに丈夫な袋を用意するしかないか。それともティモに風を吹かせ続けて貰うか。いや、シーフにそんなに魔力は無い。


「ユウさん、なんだか落ち着かないね」


「最終決戦近いからかな、それに君のお父さんの探索方法など考えてるのかも」


 あと少しで二十一日だ。それまでにクリアしないとログアウトできないだろう。ネトゲで懲戒免職なんて情けない。できるなら銀行強盗みたく派手に悪事をして海外へ高飛びとか、インサイダー取引して巨額の金を手に入れるとかどデカい犯罪で懲戒免職がまだかっこいいのではないか。って、どちらもじっくり計画しないとすぐに捕まるダサい犯罪だ。

 ならば最強のハッカー目指して世界の主要機関をハッキングするとか。いや、このネトゲからログアウト出来ない時点でハッカーの才能はゼロだ。


 こうなったら素直にゲームの流れに乗って武器防具強化を鍛冶屋に託すしかない。もうガチャは無いのだろうか。他のユーザーとのバディは組めないものか。さっさと魔王なり空間を歪める元凶を倒し、ティモの父親を探さないとクリア出来ないのに。


 私があんまり宿屋の部屋をウロウロしているので、リョウタやティモが心配しているようだ。


「ユウさん、悩むより美味しい物食べて、君の好きな酒でも飲んで早く寝ようよ。起きてるといろいろと悩みが出ちゃうよ」


 ふむ、リョウタの言う通りだ。どうせバーチャルなんだからたらふく飲み食いしても問題無い。私はその日は酒をかっくらってさっさと寝た。


 ***


 私はまた白い部屋にいた。


「またあ?」


 今度の運営の知らせはなんだと思ってたら、いつぞやのチュートリアル女が出てきた。パンチやキックした時の怪我はないのはやはりCGだからか。


「ようこそ。『異世界フォルス』運営、いえ、私の正体はこの異世界を司る女神グラジオラス……」


「グラジオラス? 貴様がリョウタを誘惑した女かぁぁ!!」


 女が言い終わる前にパンチを繰り出そうとしたらいつの間にかいたリョウタに羽交い締めにされた。


「ゆ、ユウさん落ち着いて。この人、いや神様は本当の女神様だから」


「リョウタ、なんで同じチュートリアルコーナーだかプロパティ画面のここにいるのだ。とにかく二人で逢い引きかあ、ほほう、いい度胸だ」


「ユウさん、落ち着いてってば。夢! そう、これは夢だから! 夢ならなんでもありでしょ!」


 リョウタは必死で言い訳をする。夢でも許せん。


「なんでもありでも、夢でも、浮気は四十肩マッサージに加えてもぐさの刑だ。せんねんきゅうなんて生易しいものじゃない。本格的なもぐさをお取り寄せしてどんとデカくお灸を据えてやる」


「い、いや、あれはちょっと熱すぎるから勘弁して」


「変わった夫婦喧嘩ね……。とにかく、女神と信じないなら運営のチュートリアル女でいいわ。最終決戦の前のお知らせというか忠告に来たのよ」


「リョウタ、チュートリアル女に浮気か……まあ、二次元なら仕方ない。って、今なんと? 伝説の武器があるとか? 伝説の防具が手に入るイベントか?」


 私はとりあえず暴れるのを止めた。チュートリアル女はため息をついているが、チュートリアルの癖に生意気だ。


「魔王の封印に関すること。真に悪なのは魔王かその側近かのどっちかと言うことまで絞れました」


「え? 魔王じゃないの?」


「いろいろあってね、容疑者の特定が難しいの。

 側近も生きているのはわかって、そっちも魔力が強かったからね。No.2だったからこの世界を乗っ取る動機もあるわ。

 それから最凶、ではなく最強の武器はちゃんと手に入るから心配しなくていいわよ。ネタバレ禁止だからこれ以上は言えないけど」


「人や鳥がバタバタ落ちるのは火山性ガスという仮説は合ってる?」


「合ってるわね。空間の歪みはまだ続いているから、解毒剤や解毒魔法を強化してねとしか。ああ、植物市で貰ったアイテムも効果が高いわよ。荷物整理はしっかりね」


 チュートリアル女の癖になんでザックのぐちゃぐちゃぶりまでバレているのだ。リョウタが告げ口したとしか思えん。まあ、チュートリアル女にケンカ売っても結局はCGだから怪我はすぐに修正されるだろう。ならば大人の対応をしよう。


「なるほど、鍛冶屋での仕上がりを待つ間に準備を整えろと」


「そういう事。また新しく何かわかったら知らせるわね。じゃあね」


 そういうと白い部屋が暗くなり闇となった。普通の眠りになったらしい。さーて、本格的に寝るか。


 ***


「ほ、ホントにあの女はどこまでも発想が斜め上で凶暴ね」


「グラジオラス様がスキルを凶暴にするからですよ。ただでさえ凶暴なのに。それに姿は出してはいけないと以前忠告したはずです」


「そうだったかしら? いえ、スキル与える時間が無かったから性格を入れたのだけど、やはり間違っていたわ」


「まあ、とにかくアドバイスありがとうございました。僕もユウさんを抑えつつ、決戦の準備します」


 こうして女神と僕の定例打ち合わせは終わったのであった。

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