第18話 平時でも凶暴スキルは発動する
僕たちはダンジョンの探索を終えて宿屋にチェックインした。ティモ君は「夫婦の時間は作って上げる」とニヤニヤして食堂までジュースを飲みに降りてしまった。
ませた奴だ。そんなこと言われて、はいそうですかとできるかと。第一、当の妻は宝石選別に夢中である。売る用とコレクション用にするとか言ってニヤニヤとしている。
とりあえずベッドに腰掛けて袈裟を脱いだ。普通に戦ってみたが、やはり以前のローブより高性能で丈夫だ。錫杖も鉄製ながらかなり魔力が高い。もしかして、前の持ち主は徳の高いお坊さんだったのかな。結婚のためとはいえ、改宗させるには惜しい方だったのかも。
この街にも僅かながら仏教徒は居るらしく、通行人からありがたそうに手を合わせられた時は罪悪感がしたが。
と、まあ考えがあちこち飛んだが、二人きりになったのだし、僕の疑問をユウさんに聞いてもらおう。
「ユウさん、あの子は話からして父親は魔族だよな? 魔族が魔王討伐に参加って変じゃない?」
「どこが? んー、こっちのジルコンが青み強いなあ。こっちが大きいけど、どちらが高く売れるかなあ」
カラッとユウさんは今日の成果の宝石の品定めしながら答える。何も疑っていないのか。宝石に夢中なだけなのか。
「いや、魔王と魔族って同族じゃない。同族が戦うというのが引っかかる」
魔族とは魔王が出た時に人間を敵と見なして同族とは争わないのではないか、ティモ君の父親は魔族なのに何故戦いに参加したのか。そんな疑問が頭をよぎる。
「あのな、世界史でも日本史でも戦争がしょっちゅうあったのを習っただろ? あれだって人間同士の争いだ」
「そ、そういう考えなのね、ユウさん」
「そりゃ、日本史一つ取っても武田信玄は長男に反乱起こされてるし、斎藤道三と義龍は美濃を巡って親子で争った。人間の血の繋がった親子でだって争うのだから、魔族が魔王討伐に行くのだって何らおかしくない」
「お、おう。歴史うんちくは要らないから」
そう言われると納得するしかない。確かに人間だって同族で争うのだ。魔王に不満があった魔族がいても確かにおかしくない。
「ところでだ。あの子のことで私も気になることがある。大丈夫と思うのだが、うーん」
ユウさんは宝石チェックを中断し、渋い顔で腕組みをして唸り始めた。
「ユウさんも何か引っかかるの?」
「これはプレイヤー同士のパーティであって、ガチャによる仲間ではないよな? いつの間にか課金していてガチャを引かされてフェイトエピソード解放だったら困る。しかもSRですらないRだったら損するし」
僕は頭を抱えた。そうだ、まだゲームと思い込んでいるのだった。数日経ってるのになんで未だに疑問に思わないのか不思議だが、ファンタジーは現実には無いと頑なに信じているのはトラウマも合わさって改まってない。
とにかく話を合わせよう。異世界と説明しても聞く人ではないのは散々見てきたはずじゃないか。人間、バイアスがかかると簡単に治らない。
「大丈夫でしょ。ガチャ引いた覚えは無いし、ストーリーの中で仲間になる展開だってあるじゃないか」
「でも、そうするとガチャより弱いというのがご定番。あの子がユーザーならいいのだが。かといって、いきなり私生活聞いても失礼だしな」
「……無課金勢の宿命だよ。って、モニターなんだから贅沢言わないの。それに、仲間にいきなり根掘り葉掘り聞くのは失礼だから。なりきってプレーしてる人もいるのだから、現実に引き戻されて嫌な気分にさせちゃうよ」
「確かにな」
良かった、彼女がティモ君に「現実では何の仕事を?」「いくつ?」とかトンチンカンな質問する事態は回避できた。
「さて、あの子の目的地が魔王封印地のサイドの谷だから、魔王再封印が目的になるな。やはり魔王の封印が解けかかって、空間の歪みが起きているというのが筋かな。ベタベタだけど」
それは僕もそう思う。昨夜のグラジオラス様に言った言葉そのものだ。
「それにあの子はこのゲームでのプレー期間が長いみたいだから、地理や情勢も教えて貰えるな」
「さて、ティモ君はジュース飲みに行って三十分くらいは経ってるっぽいから、そろそろ僕達も夕飯に降りよう」
僕が立ち上がりかけるとユウさんは口に手を当てて、動きを制した。
「いや、まだいい。その前にやることがある。曲者っ!」
そういうと彼女は扉に向かって剣を投げた。ドスッとすごい音がして剣の三分の一ほどが扉に突き刺さる。ミスリル剣の威力、すごい。
「いや、曲者は時代劇。曲者のご定番は天井か床下で槍で突くものでしょ」
僕はイヤな予感しつつも、扉を開けたら案の定ティモ君が腰を抜かして震えていた。持ち前の素早さを使って間一髪で怪我は免れたようだが、よろしくない事態だ。
「ほほう、別の意味の曲者だな。二人きりにさせて夫婦のエロい展開を期待して盗み聞きしようとしたか。いい趣味と度胸だなあ」
ポキポキと指を鳴らすユウさんにティモ君はパクパクと何か言いたいのに声が出ないようだ。僕は彼の背中を擦りながら彼女に注意した。
「ユウさん、子ども相手にやり過ぎ。それに僕はまだ物の修理魔法覚えてないから扉の分を弁償しなきゃならないよ」
「あー、しまった。また余計な出費したか」
「ごごご、ごめんなさい。む、迎えに来たけど大事な話をしてそうだったから、は、入り、づらくて」
ティモ君はまだ震えた声で弁解する。確かに日本史やらゲームの話はちんぷんかんぷんで難しい話と思ったのだろう。
「もう一度戻って何か温かい飲み物飲んでこよう。落ち着くから。ユウさんは少し遅らせてから来て」
僕は彼を支えるようにして階下の食堂へ戻った。僕にとっては日常だけど、この子にとっては恐怖の旅になるのかもしれない。再び一人ぼっちにさせてでも仲間になるのを断った方が良かったのか。僕は悩むのであった。
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