第19話 ティモ君の複雑な事情、そして奥様はゲテモ……変わった料理が好き

「はー、さっきのユウさん、すっっごく怖かった」


 僕が温かいミルクを奢ってやっとティモ君は落ち着いたようだ。


「リョウタさんはなんであんな怖い人を奥さんにしたの?」


「うーん、難しい質問だ。でも、こういう自分を好いてくれるの彼女くらいだし」


「どこで出会ったの?」


 異世界転移者の概念はあるようだけど、キチンと話してもいろいろな意味で理解しないだろう。

 旅先で出会い、ナンパしてきたチャラ男をスタンガンで撃退するという余りの姐御っぷりに惚れてしまったとはどうやって、説明したらいいのだろうか。いや、そこまであけすけに話すものでは無い。


「いや、単純に旅先で意気投合したのさ。

 子どもはそんな余計なこと聞かないの! それより僕達は外国からの旅人だから、この国の情勢やら地理を詳しく知らないから教えてくれる?」


「えーと、このワーラウ王国は名前の通り王様が国を仕切っていて海は南、山脈は北側にある。ここ首都ミソノは国の真ん中の平地。海までは馬を使っても三日かかるから、ここだと海の魚は干したものか塩漬けしか食べられないね。だからこの辺は川魚や食用カエルが名物。あと、温暖な気候だから食べ物はそこそこ取れるから飢饉は起きたことないってお母さんが言ってた。隣のオゲア王国とは国境で揉めてるけど、戦争にまではなってないよ」


 なるほど、典型的な異世界。食糧事情はこっちの中世よりは良さそうだ。


「魔王の騒動は?」


「僕が生まれる前の話だから、お母さんから聞いた限りだと十数年前に魔力の強い一人の魔族が当時の王様を殺して魔王を名乗って国を支配したんだって」


「クーデターってやつだね」


「でも、まあ、それなりにいい治世はしてたけど、おかしくなってきて、それまでは魔族と人間は仲良く暮らしていたのにだんだん仲が悪くなって言って……」


 ああ、だから洗礼受けさせたとか言ってたのか。


「教会の洗礼を受けると陽の光を長く浴びても平気になるけど、魔力が低くなるし寿命も人間並みになるから、前は洗礼を受ける魔族なんてほとんど居なかった。

 僕はハーフだから元々人間よりなんだけどね。だけど魔王が封印されてからは迫害を恐れて洗礼を受ける魔族は増えたみたい。でも、中には洗礼者を裏切り者と言って魔族に殺されたり、人間からも嫌がらせ受けたりした人も多いからね。僕も孤児院でいじめられたし」


「なかなかややこしいね」


「で、話は戻って三年前に人間側の旧王家が討伐軍を募集してやっつけに行ったけど……」


 そこは昨日聞いたとおりだ。


「勇者が結局倒したと言ったけど、その勇者はどうしてるの?」


「助かったお姫様と結婚して今の王様がそれ。でも、隣国の争いもあるから魔王の方まで手が回らないみたい」


 普通はそこで再び剣を取って続編が始まるものだが、現実はゲームより甘くない。多分だが、勇者業は完全に引退して治世しているのだろう。だから僕達が呼ばれたのね。


「サイドの谷ってどの辺にあるの?」


「ここから北へ一週間くらい歩くところ。寒いところだよ」


「ふむふむ、なかなか苦労したのだな、少年」


「う、うわあああ、ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! だから刺さないで!」


 ユウさんが突如現れて隣に座ってきたからティモ君が怯えて叫び出した。傍から見たら児童虐待だが、この世界の倫理観はどうなんだろう。現代日本並なら虐待の疑いでしょっぴかれる案件だが。


「刺しやしないよ。さっきはこちらも悪かった。まあ、魔族のハーフなのに人間と同じになり、ジョブが魔力が低いシーフというハードモードの設定の理由もわかったし、諸々の事情もわかったし、お父さんに会いたいというミッションをこなそうと言うこともわかったし。

 でも、ひとつだけ聞く。万が一、お父さんが亡くなっていたらどうする? それを受け入れる覚悟はあるか? 三年も帰っていないのだぞ」


 ユウさんらしい厳しい質問だ。でも確かにそうだ。しかし、彼女はゲームだと思ってるのに随分と真剣に聞いてるな。


「このまま帰りを待ち続けるよりはいいよ。今まではお母さんを一人に出来なかったけど、そのお母さんもいないし、お父さんにもお母さんのこと知らせたい。亡くなっているのなら形見でも骨でも持ち帰ってお母さんの隣に埋めたい」


「よし、わかった。覚悟はできているのだな。さて、夕飯にするか」


 ティモ君自身ホッとしたのは、同行を許されたからなのか刺されないとわかったからなのか。


「えーと、ティモ。あの黒板にはなんて書いてある?」


「えっと、『今日のお勧めメニュー 川魚の土埋め蒸し焼き』と書いてあるよ」


「おっ、ちょうどいいな。今日のゴーレム焼き見たら食べたくなったから。それにしよう。いやあ、こんな所にこじ……もとい鶏の土中焼きだか富貴鶏と似た料理があるとはラッキーだ」


 僕は昼間のゴーレム焼きや泡吹いて倒れたセイレーンなど諸々思い出して、再び疲れてしまった。


(塩蒸し焼きはきっと塩が貴重だから出来ないのだろうけど、土に埋めるって衛生的に大丈夫なんだろうか)


 まあ、いざとなったら解毒魔法や軽い病を治すスキルがあるからなと思い、彼女を止めなかった。止めても変わった料理好きだから食べる一択なのはわかっている。


「ふむ、彼はかなりこの世界の人間となり切ってプレーしてるな。現実の質問や雑談は避けた方が懸命だ」


 えーと、ユウさんも、彼女なりに努力してるのね。

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