第36話 奥様、モンスター界隈でも噂となる

 ラッカサドの街を出てからしばらく歩くと空気が乾燥していくのを感じた。植物もまばらになってきて、サボテンのような多肉植物がチラホラと見える。ティモの話だとサイドの谷の前に乾燥地帯があるというからこの辺りのことだろう。

 アイリスさんからのアドバイスで水や水魔法グッズを多めに持ってきたのは正解であった。


「水属性の魔法グッズも水補給の役に立つなんて裏ワザも教わったし、アイリスさん達はいい人達だったね」


 リョウタが乾いて砂っぽくなった地面をふみしめながらニコニコと話しかける。心無しかリョウタの足跡だけくっきりしているのはやはり体重のせいか。宿の料理が美味しかったとはいえ、きっちりと太るとはさすがVRMMOだ。精巧にできている。


「確かに魔法グッズを上手く使えば水分補給になるな。しかし、こうやって乾いた空気だと魔物もミイラみたいな乾いたものが出るのかな」


「ユウさん、鋭いね。代表的なものではサンドワームが砂漠ほどでは無いけど出るみたいとアイリスさんから聞いたよ。って、早速魔物がエンカウントしてきた」


 前方を見ると、ドス黒い禍々しい色のキツネのような魔物が唸っている。あと、なぜかハーピーが二羽もいる。


「どう見てもサンドワームに見えないな」


「あれは砂漠のスナギツネだね。多分、魔王の封印が解けかかっているから魔物化したみたい。ハーピーは飛べるからどこからでも来るからね」


 私が首を捻っているとリョウタが解説してきた。さすがファンタジーに詳しいだけある。


「ハーピーって確か歌うやつだったような?」


 なぬ? セイレーン以外にも歌うモンスターがいるのか! 人間代表として負けられない。


「キツネは置いといて、そこのハーピー、歌で勝負だ!」


 宣戦布告するとハーピーとキツネはギョッとしてたじろいだ。こんな戦い方を挑まれたのは初めてで戸惑っているのだろうか?


(あれ、きっと魔物界ネットワークでユウさんのデスボイスが伝わってるよね)


(ティモ君もそう思うかい)


(うん、僕たちは武器を構える必要ないと思うよ。勝負はすでについている)


「えーと、今回もゲーム運営に怒られない歌をチョイスして、と。

 ♪ふーじーの高嶺にふーる雪はー」


 まだ、歌い出しだけしか歌っていないのに、なぜかハーピーとキツネは悲鳴を上げてすごい勢いで逃げ出してしまった。勝負から逃げ出すとは軟弱な。

 魔王に近づくほど強くなるのがファンタジーの相場ではなかったのか? これでは経験値も僅かだろうし、金貨も落とせなかった。戦い方を考え直した方がいいかもしれない。


「ユウさん、今度からは黙って不意打ちがいいよ。ユウさんの好きな日本史だって、元寇の時も名乗りを上げてる間に斬られてたし、わざわざ手の内をさらすことは無いよ」


「僕もそう思う。僕たちの経験も積めなくなっちゃう」


 リョウタとティモがおずおずとアドバイスをしてきた。確かにそうかもしれない。逃げる隙を与えてしまったのは反省点だ。


「僕達もなるべく早く耳栓するからさ」


 コソッと何か小さな声で言ってきた。地獄耳だが、敢えて聞く。


「リョウタ、今なんか言ったか?」


「な、なんでもない」


 ……リョウタ、とぼけても無駄だ。今夜も四十肩マッサージの刑にしてやる。


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