第35話 アイリスさんからの贈り物

 植物市も体感的に三時を過ぎた辺りから人手が減り始めた。どさくさに紛れた泥棒はさすがに居なくなるだろう。時々万引き犯に目を光らせつつ、普通にお買い物モードに戻ることにした。


「ユウさん、沢山貰ったね」


 イベントをこなし、警備員の人からもお礼を貰い、手に入れた品物が多くて袋を買って入れたが、中身は保存食や薬草がメインだ。


「うーん、もうちょい何かなあ。現金も多少入ったけど」


「ユウさんは欲張りだなあ。これだけあればいいじゃないか。魔法アイテムは元々買う予定だったし、食料や薬草もらえたからだいぶお金が浮いたよ」


「そう言えば、ティモは最初の店でマンドラゴラを守ったお礼に鉢植えを貰ってたな。それはアヤメか?」


 ティモは大事そうに紫色の花が咲いた鉢植えを抱えていた。旅には持っていけないからどうするのだろう? 実は凄い魔法の花なのか?


「アヤメ? ユウさんの国ではそういう呼び名なんだね」


「ああ、アジサイに並んで雨季に咲く花だ。私の国の女性の名前にもよく使われる」


「じゃあ、あの人と同じだ」


「あの人?」


「これをブレーメンのお姉さんにプレゼントしようと思って」


「ふうん?」


「ああ、なるほど」


 リョウタが何か分かった顔をしてニヤニヤしている。何なのだ、一体。


「アイリスの和名がアヤメや菖蒲なんだよ」


「で?」


リョウタはガクッとしてまた頭を抱えた。


「本当にユウさんはそういうの鈍いね。よく僕と夫婦になったなあ」


「だって、リョウタはいじりがいあって楽しいから」


「ユウさん、ひどい」


 そんな私達を見てティモがクスクスと笑う。


「僕達は旅立つけど、あの人達には頑張って欲しくて。ささやかながら励ましの差し入れ」


 この子は小生意気なだけではなく、優しい面もあるのだな。


 そして、警備のものだけではなく主催者からも礼を言われ、金一封を貰い、宿に着いた。市の影響なのか、昨日より少しお客が入っている。ティモの姿を見つけると客が次々と歓声をあげた。


「おっ! 今日の英雄二人が来たぞ」


「坊主、あのマンドラゴラを素早く受け止めるなんてそうそうできないぞ。ありがとな。あれがなければ大惨事になるところだった」


「そんな、僕はシーフだから」


 なんとなくだが、元魔族への風当たりが少し柔らかくなっている。これがイベント一番のご褒美なのかもしれないな。まあ、これもいいかも……いや、やっぱり金目の物か重要な情報とかアイテムの方が良かった。


「ユウさん、なんとなくだけど、むちゃくちゃ守銭奴な考えをしてない?」


 なぜ我が夫はこうも考えを見透かすのだろう? エスパーか何かか? それとも隠しコマンドで相手プレイヤーの思考が読める裏ワザでも発見したのだろうか。それはまずいな。


「ほ、ほら、ティモ。プレゼントするんだろ?」


 私は慌てて彼を促して誤魔化した。


「あ、そうだ。これ、さっきの騒動のお礼に貰ったアイリスの鉢植えをあげます。僕達は明日旅立つけど、頑張ってください」


「あら、私と同じ名前の花ね。ありがとう、嬉しいわ。あなた達も冒険頑張ってね」


「おっ、坊主。プロポーズか?」


「いやあ、青春だねぇー」


 他の客達も一気に冷やかしに入った。よし、私の物欲や私利私欲疑惑はとりあえず誤魔化せた。


「ユウさん、僕の目は誤魔化せないからね」


 くっ! やはり隠しコマンド見つけたに違いない!


「何年も夫婦やってりゃ、大抵の思考や行動パターンはわかるよ。そんなことよりお腹空いたからご飯にしようよ」


 私達は席に座り、昨日と同じようにたらふく食べた。うむ、労働の後のエールは美味い。


「いや、あんたも女性ながら凄いな。盗っ人を杖で一撃で気絶させるなんてな」


「いやあ、それほどでも」


 周りにおだてられ、いい気分になってるとリョウタが私を呼んできた。なんだ? ゲームでも他の男と話すのが面白くないのか?


「ユウさん、アイリスさんがね。鉢植えや沢山注文してくれたお礼にって、お土産用に売ってるアクセサリーをくれるんだって。僕達はもう選んだし、ユウさんも選びなよ」


 何?! アクセサリー?! 何の宝石?


「言っておくけど貴金属や宝石ではないよ。露骨にガッカリした顔しないでね」


 ……リョウタはやはり隠しコマンド見つけたに違いない。私は今の座っていたテーブルを立ち、アイリスさんの元へ向かった。


「木彫りや木の実を細工した物でお恥ずかしいのですが、気に入ったものがあればどうぞ」


 確かに木彫りや木の実を細工したものだが、丁寧な作りで綺麗だ。実用的ではないが、一応女性だし、何かオシャレしてもいいかもしれない。


「そうだなあ、戦う時にも付けるから硬めの材質かな、いや、この木彫りの花も綺麗だな」


 そうやってケースを見ていると赤い宝石を思わせるペンダントを見つけた。中にうっすらと種のようなものが見えるから何かの実を乾燥させたものか? 何だか綺麗だ。


「アイリスさん、これは何の種?」


「ああ、それはラッカスの実です。ほとんどは柔らかい食用なのですが、稀に乾燥した固い実が出てくるので。その中で綺麗な色のものを加工しました」


「これにしよう。なんだか鮮やかで宝石みたいに綺麗。ありがとう」


「うちのご先祖さまが植えた樹齢三百年の木から採れた実ですから何かご利益あるかもしれませんね。皆さん、無事でいてくださいね」


「ありがとう」


 席に戻って光にかざして眺めたり、試しに着けているとリョウタが嬉しそうに話しかけてきた。


「久々にユウさんがオシャレしている」


「リョウタは何を選んだのだ?」


「このクマみたいな動物のバッジ。ぷっくり太っていて可愛いでしょ」


 ……これはギャグで言っているのか?

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