第34話 魔王より憎いもの

 翌日の植物市は確かに賑わっていた。観賞用の植物は手のひらサイズから一抱えもある大きなものまで様々な種類が売られ、関連して加工食品や民芸品、土魔法のグッズまで売っていた。


「このドライフルーツは少し買っていこうよ。多分サイドの谷には、植物は生えていないから貴重になるかも」


 ティモがレーズンのようなデーツのようなドライフルーツを指して言った。確かにビタミンはあるに越したことはない。


「ふむ、確かに。あとは土魔法グッズかな。地震起こすものや、土砂を発生されるもの、様々だな。毒ガスの穴を塞げる程のものならやはり土水晶かな」


「それで塞がるなら、立ち入り禁止にならないよ。ユウさん」


 魔法グッズを手に取って品定めしていると相変わらずリョウタは無粋なツッコミを入れてきた。


「逃げる時間稼ぎくらいにはなるだろ」


「使い方を間違えて生き埋めになりそう」


「ったく、リョウタは心配性だな」


「キャー! ドロボー!」


 少し遠くの方から声がしてきた。誰か売り物か通行人の荷物をひったくったらしい。


「そっちへ逃げるぞ! 誰か捕まえろ!」


 そっちって、こっちか? すごい形相した男が走ってくるからこっちだ。きっと昨夜運営が言っていたイベントに違いない。このままだとぶつかる位置だ。よーし、イベントならば容赦なくても悪評は立たない。


「女ぁ! どけぇ!」


 私は素早くちょっとだけ横に避け、男の首の位置に腕を上げた。それは見事に勢いよく走っていた男の首に入る。いわゆるエルボーというか肘打ちだ。


「ぐぼぉっ!」


 喉にモロに入ったらしく、男は仰け反って倒れ、盗んだ鉢を取り落とした。あれは昨日見たマンドラゴラ。まずい、割れても根っこがむき出しになったら恐らく悲鳴があがる。


「ティモ、受け止めろ! スライディングだ!」


 察したティモが素早くスライディングして身体で鉢を受け止める。なんとか鉢は割れずに済んだ。


「よくやった。リョウタ、ティモの傷を治してやれ」


「う、うん」


「さーて、盗っ人はどうしたかな?」


 倒れた男の方を見ると喉を抑えてゲホゲホ咳き込んでいる。多分、イベント用のNPCだろうからエルボーの概念なんぞない。それ故に最大限のダメージを受けたのだろう。


「こんのアマァ!」


 男は喉を押さえながら私に向かってきた。おや、まだ歯向かう元気があるのか。この市場で刃傷沙汰は良くないだろう。

 私はいつかの仕込み杖を構えて、彼の脇腹を打った。


「うぐぅっ!」


 今度こそ男は倒れる。周りがざわめくので私は言った。


「安心せい、峰打ち……もとい杖打ちじゃ」


「ユウさん、だから時代劇の言い回しは通じないって。えーと、皆さん、斬ったのではなく杖で殴って気絶させただけです」


 リョウタが解説して、ようやく歓声が上がった。警備の者に男を引渡し、盗まれた店の者からも礼を言われた。


「助かりました。あれは金貨三十枚の高価な鉢でしたので。もちろん割れても大惨事ですが」


「よ、良かった。受けとめ損ねたら皆が死んじゃうところだった」


「坊やも偉いな。命懸けで守ってくれたんだな」


 周りもティモを見る目が先ほどの差別的な目から称える目に変わっている。


「なんか、いい感じに収まったな」


「ユウさん、本当は峰打ちをやりたかっただけだけじゃないの?」


「な、なんでそう思うのだ」


 リョウタに見透かされてしまった。


「最近時代劇っぽいセリフ多いし、そのうち特注して日本刀作りそうだなあ」


 なぜそこまでバレているのだ。しかし、仏教があるのだから日本刀もどこかの骨董屋にあるかもしれない。


「あの、良ければお礼させてください」


 先ほどの市の店主が声をかけてきた。


「そうだな、何か保存食があれば分けて欲しいな」


 こうしてドライフルーツを少し手に入れた。イベントはランダムで複数あると言っていた。今度は何が起きるのだろう。


 ふと見ると、女がさりげなく買い物カゴに小さな観葉植物をポイと入れている。


 私はさっきの杖をチョンチョンとカゴにつつきながら言った。


「おばちゃん、今の鉢植えの会計済ませた?」


 途端におばちゃんの目が泳ぎだし、慌てて鉢植えを戻して逃げてしまった。まあ、未遂だから見逃すか。


「ありがとうございます。あの人が来ると何かしら無くなるのです」


「あれま、要注意人物だったか。ならばわざと泳がせて警備に引渡しすれば良かったかな」


「ユウさん、その前にまた峰打ちするでしょ」


「そんな野蛮じゃないやい」


「嘘だ、絶対嘘だ」


「まあまあ、被害が防げただけでも結構です。これ、ハーブクッキーです。お礼という程ではありませんがどうぞ」


 二個目のアイテムはクッキーだ。これも旅の食糧になるな。


「だからぁ、金貨一枚にしろよぉ!」


「いえ、これは高級な蘭ですから金貨三枚。これ以上は無理です」


 客と店の人が何やら揉めている。確かにミニイベントが多い。私は杖を見えるように掲げながら二人の元へ近づいた。


「おやまあ、値段交渉でお困りですか?」


「げ……さっきの凶暴な剣士」


「確かに美しい蘭ですし、育てるには素人には難しいですよ。確かにこれは売値は金貨三枚にふさわしい価値がありますね。それとも何ですか? どこかで高く売りつけるつもりで不当に値引きしてるのですか?」


 手の平で杖をペチペチと叩き、にこやかに助け舟を出す。

 できるだけ営業スマイルにしたのだが、あとでリョウタに「すっごい邪悪な笑顔だった」と言われた。心外だ。また四十肩マッサージの刑にしてやる。


「い、いや、そんなつもりは」


 男の目が泳ぎだしたのと、しどろもどろになったあたり、カマかけは当たったようだ。こんなゲームにも転売ヤーが居るとは無性に腹が立ってきた。


「どうやら、図星のようだな」


 リョウタが素早くティモを連れて避難させている。私はそんなに邪気に満ちた顔をしているのか。


「ティモ君、念の為に避難しよう。あれ、ガチで怒っている」


「転売する人がそんなに憎いの?」


「うん、彼女の中では一番憎い部類に入る。僕、止めに入るわ、男の方が命が危ない」


「お主のような転売屋のせいで、私も推しのライブやサッカーチケット取りに苦労してるんだ! 転売ヤー滅ぶべしっ!  めーんっ! 胴っ! 小手ぇー!」


 手加減せねばならないが、だんだんムカついてきて止まらなくなってきた。思えば転売ヤーのせいで日本代表チケットも、私の大好きなライブも転売ヤーに何度苦しめられたことか。


 更に杖を振り上げた瞬間、リョウタにガチっと脇を固められた。力は弱いが彼のメタボ故の体重及び踏ん張りで動けない。


「離せ、リョウタ。転売ヤーは一人残らず滅ぼさないと」


「ユウさん、そのエネルギーは魔王倒すために温存してよ」


「やかましい! 遠くの魔王より目の前の転売ヤーだ!」


 私とリョウタのやり取りを呆然と見ていた転売ヤーはここぞとばかりに逃げ出した。


「こらー! 勝負はまだついてないぞ」


「ユウさん、勝負じゃなくリンチだよ」


 目の前で死闘もとい、争いがあったにも関わらず店員はほっとした顔で私に袋を差し出した。


「助かりました。あれはいつも無茶な値切りをするブラックリストの客なんです。これ、乾燥させた高級薬草です。お礼に差し上げます」


 この後も盗っ人を二名峰打ちにして、万引きを三人ほど捕まえたが、貰えるのは食品や薬草などの消耗品ばかりだ。


「なかなかいいアイテムは当たらないのう。消耗品には困らなくなったが」


(女神様の思惑通りだ。確かにイベントやアイテム入手と言えばそこらの警備員より働いている)


 リョウタは妙に感心しているようだ。剣士らしく治安を守っているように見えるのだろう。そう言えばリョウタにはイベント告知は無かったのかな?

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