第15話 ダンジョン探索最終日だけどやはり変

 浮いている。街を歩くと僕は明らかに浮いている。周りの人々の格好はいわゆる中世ヨーロッパ風の洋装ばかり。僕の隣には鎧姿の剣士が居るのに袈裟のお坊さんが歩くというシュールな図。確かに今までのローブより丈夫な布だし魔力も高くなったのを感じる。


 前の持ち主はかなり得の高いお坊さんだったのだろう。錫杖もさっき買った木製の杖と比べるとかなりの年季物だが、魔力が桁違いに高くなったのを感じる。それに金属製だから打撃には向いてるだろう。


 しかし、だがしかし、ダンジョンまでの道のりが長く感じるのは周りの奇異な視線のせいか。


「ママー! 変な人がいるー」


「あれは東の宗教の偉い人なのよ、変と言っちゃダメ」


 とりあえず、異教徒にも寛容な世界らしいのは助かった。そうでなければ防具屋に出た瞬間に殺されてもおかしくない。


「いやあ、似合うぞ。リョウタ。ま、ゲームのジョブに侍や忍者もあるから坊さんもあっておかしくないのじゃないか? 運営もお茶目なジョブを用意するなあ。ま、これでダンジョン優先権最終日は心置き無く打撃要員になれるか」


「ユウさん、最初から魔法使いとして当てにしてないでしょ」


「だって攻撃魔法覚えてないし、アンデッド系はまだ出そうにないしさ。さて、着いた。今日で稼げるだけ稼いで魔王再封印なり歪み事件の犯人を探さないとな。おはようございます。今日もお世話になります」


ユウさんが挨拶するとケッペルズさんがにこやかに挨拶を返してくれた。やはりユウさんの凶暴さよりダンジョン問題が解決した方が勝ったのかな。


「あ、リョウタさん達いらっしゃい。今日で優先権最終日ですね。ところでリョウタさんは宗旨替えしたのですか?」


「……いろいろ事情がありまして」


「おかげさまで五階までの整備が出来ました。ワープ魔法も使いまして、五階までは一気に降りられます」


「それは助かる。時間短縮に繋がるし」


 僕は安心した。それにスライム団子を見せられずに済む。あれを見てからきっとしばらくわらび餅類は当面食べられないと思ってたからだ。



「で、五階に降りてきたのはいいけれど……」


 僕は絶句した。今までとは違う乾いた空気に土の臭い。ダンジョンらしく迷路状の道。


 その中をゆったりと動くゴーレム達。数は少なそうだけど大きさは三メートルはある。


「ゴーレムはヤバい、絶対硬いよね。ユウさんの剣でも切れないのでは」


「リョウタ、落ち着け。物陰に隠れてよく観察するんだ」


 僕は言われた通りにユウさんと共に物陰から観察した。


 ゴーレム達はゆったりと動いて、歩き回っている。足音の大きさからしてかなりの重さだろう。

 しかし、よく見ると体は岩石では無さそうだ。湿り気はあるけど土は落ちない。


「岩石じゃなく粘土?」


「そう。いろんなゲームをやったけど、ゴーレムにも岩石タイプ、土タイプ、粘土タイプといろいろある。あれは粘土タイプだ。よく見ると表面が乾燥してヒビが入っている個体もある」


「さすがユウさん」


「粘土といえば瀬戸物だ」


 なんか雲行きが怪しい発言だ。何を企んでいるのだろう。


「ゴーレムの年齢は知らんが、かなりの時を生きているはずだ。つまりあれは熟成した粘土が乾いた状態」


 なんとなく、彼女の企みが読めてしまった。僕は慌ててワープ場所に彼女を引っ張る。


「リョウタも察しが良くなったな。じゃ、この炎魔法パックを試しに三個くらいをせーのっと」


 ザックからユウさんは炎魔法パックを三つ取り出すと一番近いゴーレムに投げた。その瞬間にワープで四階へ避難する。


「つまり、業火でゴーレムを瀬戸物にしようとした訳ね」


「そう。表面しか焼けないかもしれないが、瀬戸物状にすれば動きは封じられる。そうすれば自重で倒れて割れると見込んだのだが。それまでセイレーンを追っ払うか。リョウタの錫杖を借りるぞ。剣より音が響きそうだからな」


 そういうと彼女は歌い始めたセイレーンを錫杖の下の杖部分を岩で鳴らし「はい、失格!」と追っ払い始めた。

 やっぱりセイレーンは泣き出して水中に逃げていく。ユウさんはきっとセイレーンの歌唱力を妬んでの意地悪なんだろうが、切りつけてグルメにしようとするよりはマシだ。


 次々とセイレーンが泣き出して逃げる中、一人のセイレーンが抗議してきた。


「なんですの! あなたは偉そうに失格判定ばかり! そんなに厳しい判定ならあなたはさぞや歌が上手いのでしょうね」


「おう、もちろん。聞いて驚くなよ」


「せ、セイレーンさん逃げた方がいいです」


僕が警告するとユウさんがジト目で睨みつけてきた。


「リョウタ、貴様はどっちの味方なのだ。しかもさん付け」


「ユウさんの歌声は理解度が人間のそれを遥かに超えてます。セイレーンのあなたも多分歌が上手いのなら、音楽にこだわりあって聴覚も繊細なはず、人間には理解できないものがあなたに理解できるかどうか」


 しかし、僕の遠回しの警告も空しくセイレーンは動かなかった。


「私をそうやって追い出そうとしてもダメです。あなたの歌声を聴かせなさい」


「リョウタ、あとで覚えておけ。よーし、そこのセイレーン驚くなよ。えーと著作権に引っかからない歌は、と」


「なんで気にするのさ」


「そりゃ、ゲームの運営に注意されたくないから」


 そっか、ここをゲームと思ってるからか。変な所に気遣いするなあ。


「と、とにかくセイレーンさん、警告はしました。後は知りません」


 僕はアイテム屋でこっそり買った耳栓を付け、さらに袈裟の一部で耳を塞いだ。


『富士の高嶺に降る雪はー』


(あ、ホントに作者不詳の歌を選んだのね)


 ユウさんのデスボイスはこれだけ対策しても耳に響く。さすが、カラオケで十点台を叩き出しただけある。子どもの頃に歌手のオーディションに出ようとしたら両親に芸能界は危ないと全力で止められたと悔しそうに思い出話もしていた。危なかったのは芸能界の方だと僕は思う。


 当のセイレーンは顔を苦痛に歪め、耳と思われるヒレの当たりから血を流している。そのまま口から泡を吹いて倒れ、水中に落ちてしまった。様子を遠巻きに見ていた他のセイレーンも目眩を起こしているらしく苦悶の表情を浮かべている。


(あーあ、だから言ったのに)


「人に歌わせておいて、最後まで聴かないとは失礼な奴だ」


 当のユウさんは斜め上な理由で怒っている。


「ユ、ユウさん。そ、そろそろ炎が落ち着いたと思うから下に降りよう」


 僕は慌てて彼女の腕を引っ張り下へワープした。


 それ以来、セイレーンは女性の前には絶対に現れなくなったという噂が流れたが僕達のせいではない、と思いたい。

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