第30話 奥様、評判の的となってる(凶暴な意味で)

 ラッカサスの街に着いた。盆栽や観葉植物が特産というから緑あふれるのどかな街をイメージしていたが、塀で囲まれた上に頑丈な門があって、なんだか関所みたいだ。多分、盆栽盗難対策なのだろうが治安が悪そうな物々しい雰囲気を出している。


「たーのもー!」


「ユウさん、ここではそれは通じないよ。すみませーん! この町に入りたいのですが、通行手形でもあるのですか?」


「リョウタ、通行手形なんて言葉も通じないと思うぞ」


「そうだよなあ、時代劇が減って久しいし」


「止めろ、それ以上言うと年代がバレる。今は時代劇は絶滅危惧種だ。ここでは若いアバターでも会話でバレる」


(女神様の配慮で少し若返ってるのだけど、ユウさんはアバターと思い込んでたのね、だから驚かなかった訳か)


「リョウタ、何か変なこと考えてないか」


「い、いえ、何も」


 そんなやり取りをしているうちに門番がやってきた。ティモを見て一瞬、ビクッと引きつった顔をしている。これが差別と言うやつか。


「ま、魔族?! あ、いや、洗礼済なのか。済まない」


「なんだ? 私の連れに何か不満でもあるのか?」


 また銅貨を曲げてやろうかと思ったが、門番の答えは予想とは違った。


「いや、この街から魔族がいなくなってだいぶ経つからな。久しぶりに見たからビックリしただけだ」


「いない? 以前は沢山いたと聞いたぞ?」


「ああ、魔王が出てから王国軍に志願した魔族は帰ってこなかった。封印されてからはなんというか、人間との間にわだかまりというか、溝が出来てな。少しずつ居なくなった」


「やっぱりこの街もそうだったのだね」


 ティモが俯く。ハーフで洗礼済とはいえ仲間がいないのは寂しいものだ。


「え、でも、門番さん。この子みたく洗礼受けた人もいるのでしょ? そういう人達は居ないの?」


「居ることは居るが、少なくなったね。理由はよくわからんが居づらいのかもしれないな」


「このゲームもなかなか複雑な世界観だな」


「げえむ?」


 そっか、NPCにゲームなんて言っても無意味だ。


「とにかく、この町は植物の盗難防止のため、人の出入りは管理している。帳簿に名前を書いてくれ」


「ティモ、代筆を頼む。字は書けないから」


 良かった、先輩プレーヤーを仲間にしておいて。そうでなければこの先は入れず行き詰まるところだった。


「えーと、リョウタさんとユウさんと」


 ティモが声を出しながら書き込むと門番が驚いた顔をした。


「ゆ、ユウ?! あの噂の凄腕の女剣士ってあんたのことか!」


 なぬ? 私の噂はこんな街にも伝わっているのか。凄腕って、その通りだが。


「確か、凄腕だが、無抵抗の獣人を皆殺しにして、子供に本気で斬りかかるという容赦ない剣士と言うが本当か?」


 間違ってはいないが、気のせいか悪評のような気がする。


「子どもって僕のことだ……」


「いやあ、ちょっと大袈裟な噂ですね。獣人は討伐依頼での退治だから正当防衛ですし、子どもと言うのは山賊を倒した中に少年の山賊がいたから、それに噂の尾ひれがついたのでしょう」


 ナイスフォローだ、リョウタ。さすが我が夫。嘘も上手い。


「銅貨を曲げる怪力と聞いたが」


「それも違いますよ。ちょっと曲がっていた銅貨で支払ったことはあるけど」


 スラスラと嘘と詭弁をふるうリョウタ。さすが私の夫。いろいろと理解している。


「なんだ、噂ってアテにならないな。魔法攻撃しかできないスライムを切ったというのもガセか」


 門番が残念そうに言う。凄腕の噂だけは残って欲しいものだ。


「あ、それは本当です。サクサクと野菜を切るようにスライム切って鍛錬してましたから」


「なるほど、それなりの腕前があるのだな。あれは剣でも滑って刺せないから剣士一人だと倒せないんだよなぁ」


「まあ、全ての真実は知らない方がいいよね」


 ティモがボソッと言う。なんだ、知られたら困る不都合な真実でも私にあるとでもいうのか。


 さて、街を見物と行きたいが、まずは宿屋確保だ。門番についでに聞こう。


「ところで、宿屋はどこかいい所ないか?」


「あー、普段はそんな混んでないが、明日は植物市だから宿屋はどこもいっぱいだ」


 なんと、それは困った。かと言って、森のように野営すると市場の警備員につまみ出される。市場の売り物に焚き火が移ったら確実に罪人だ。


「あ、でも東通りの『ブレーメン』なら空いているかも。この子と同じ洗礼済の元魔族がやっているから、その……敬遠してしまう客も多いのでな」


 なかなか複雑な世界観だ。現実における人種差別を彷彿とさせる。が、空いているならそこへ向かおう。


 門番に教えられた道順通りに歩くとそれらしい看板が見えてきた。


「あったよ、あそこの看板だ」


 私は駆け足で宿の前に着いた。小綺麗な建物だが、看板の傷みなどからさびれているのがわかる。


「たーのもー!」


「ユウさん、だからその掛け声は通じないって。すみません、三人宿泊したいのですが」


 中から宿の主人と思われる中年男性が現れた。ティモと同じく薄紫色の肌、尖った耳、そして額には洗礼済の光る印。


「おや、洗礼済の魔族を見るのは久しぶりだね。それに人間の客も」


「うむ、私達は外国から来たからこの国の人種差別のことは知らん。それ以前にそんなものはナンセンスだと思うがな」


「そうですか。うちは一家揃って洗礼済の元魔族なので敬遠されたり、おっかなびっくりな態度を取られますが。皆さん貴方のような人だといいのですがね。部屋は空いてますよ、どうぞ」


「かたじけない」


「ユウさん、段々言葉が古風になってるよ」

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